2人―第1話 「2人の出会い〜恵那編」

 

 

 梅雨の季節なのに珍しく晴れて綺麗な夕日が顔を覗かせている。穏やかな空、私の心もこの空のように澄み渡っていればいいのに・・・・・・。空を見上げたいのに無意識のように下を向いてしまう。足取りは重い。この前までは浮かれてたのに・・・・・・恋なんて生まれて初めてだったから、舞い上がってたんだと思う。大学で、授業を受けて、サークルでピアノを弾いて、あの人といっしょに曲をつくりあげていくのが楽しかった、ただそれだけで良かったのに・・・・・・。

 

『ごめん、俺サークルやめることにしたんだ』

練習室のピアノを丁寧に拭いている私にあの人が突然言った。

『え? どうして??』

私は驚いて、目をパチクリさせながら尋ねた。背が女の子にしては高い私と男の子にしては小さいあの人とは目線の高さを変えないまま話す。

『恵那と2人でピアノ合わせるのが俺の基本的な部活動だよね』

『うん』

『彼女が・・・・・・嫌がってて・・・・・・』

彼女がいることは知ってた。それでも、好きだって気持ちは変わらないから、ただ見てるだけでいい、お友達なだけでいいって思ってたの・・・・・・。

『ごめん、演奏会用に1曲もう完成まで合わせたのに・・・・・・』

『私と合わせるのがだめなんでしょう? 他の男の子の部員と合わせれば? ピアノ同士じゃなくてもギターとのグループもあるし・・・・・・』

『だめなんだ。俺練習ばっかりしてたっていうのもあって、このサークルにいること自体やめてほしいって言われて・・・・・・』

『私たち仲間っていうのは変わらないよね?』

泣きそうな声で私が尋ねるとあの人は困った顔をした。

『わからない。もう連絡も取れなくなると思う。俺たち校舎も違うし』

あの人は理学部だから私の所属する文学部、それとこの練習室があるキャンパスからは随分遠くで生活していることになる。

『もう・・・・・・会えないの?』

『悲観しないでよ。恵那には新しい出会いがいっぱい待ってるよ』

あと・・・・・・何話したのか覚えてない。それが・・・・・・私の楽しい、幸せな毎日を奪っていく出来事だった。

 

 

 とぼとぼと歩く。曲がり角にさしかかっても目線は下を向いたまま。

 

「わあっ!!」

「ひゃあ!!」

 

誰かとぶつかって転ぶ。声からして相手は女の子だろう。さっきから叫び声が近づいてるなとは思ってたけどぶつかるとは・・・・・・。

「ごめん! 大丈・・・・・・夫??」

衝突した相手の女の子が心配そうに手を差し伸べてきた。

「ご、ごめん! どっかうったの? 痛いの??」

焦ったように女の子が尋ねてくる。女の子は背は平均くらいの、メガネをかけていて、長くて豊かな黒髪をポニーテールに結った元気そうな女の子だった。ブラウスにベスト、ロングのタイトスカートを穿いたその子はどこか勝気そうに見えた。

「いえ・・・・・・べつに・・・・・・あなたこそ、叫びながら走ってどうしたんですか??」

私がそう尋ねると、女の子は顔を少し赤らめた。

「ちょっと・・・・・・ムカついたことがあったもので・・・・・・そういうあなたはそんな・・・・・・泣いてどうしたの?」

「いえ、悲しいことがあったので・・・・・・」

私はとっさに答えた。“なんでもない”って言おうとしたのに・・・・・・。その子は考えこむように一瞬下を向くと、私の目を見た。

「悲しいことね、誰かに話した方がさ、気が楽だと思うよ」

「話せる人いないです・・・・・・」

またとっさに答えてしまった。“そうですね”とでも言えばよかったのに・・・・・・。どうも人に気を使わせないようにする嘘が私はつけないみたいだった。

「なんだったらうち来る? しばらく両親家空けてるから一人暮らし状態だし、よってくくらい全然問題ないよ、私でよかったら話聞くけど?」

その子はそう言いながら私を立たせて、埃を払ってくれた。優しい頼れそうな子だなって思った。

「いいんですか?」

「いいよ。なんか違うこと考えたいし私も」

あ、また・・・・・・もう! こういうときは“お気遣いだけで結構ですので”って言って下がらなきゃいけないのに!! なんか相手の子に申し訳ないって気持ちが私の心を支配した。

 

「あんた名前は?」

「私? 恵那・・・・・・池 恵那」

尋ねられて答える。もうこうなったら全部正直で通すしかなさそう。

「じゃあ恵那って呼ぶね。私は息吹。平生 息吹、普通に息吹でいいわ」

息吹ちゃんはそう言いながら手を差し出した。握手? かなぁ・・・・・・。息吹ちゃんの様子を伺いながら、握手をかわした。

 

 

 これが私と息吹ちゃんとの出会い。

私は悲しみ。息吹ちゃんは怒り。

対照的に見えて、私たちの抱えてる根本的な問題は同じだったってことになるんだけど・・・・・・鈍感な私がそれに気付くのは先のことになる。