2人―第3話 「涙の理由〜恵那編」
「私はね、うちの大学の三曲研究会に入ってるの。私は一応箏もできるけど数が少ないし、私自身三味線が好きだからそっち担当なんだけど、箏とか尺八もいるサークルでね・・・・・・」
テーブルに向かい合って座ると息吹ちゃんが話し始めてくれた。
「入ってしばらくするうちにね、私はこういう性格だからか学年のリーダーみたいになってたんだ。段々先輩とも接するうちに、サークルの中でも発言権の大きいタイプになってたみたい。小さいサークルだし、先輩たちも気さくだから・・・・・・上下関係の厳しくないほんわかとした雰囲気がうちの長所だしね・・・・・・」
息吹ちゃんの表情は優しかった。サークルが好きなんだなっていうことが見てる側にすぐわかるような、そんな表情だった。
「まあ、たった一人、そんな雰囲気が気に入らなかった人がいたんだよ」
息吹ちゃんが俯く。前髪で息吹ちゃんの表情はわかりにくかった。
息吹ちゃんの話によると息吹ちゃんの1つ上の先輩“草野さん”って人がいきなり尺八のサークルをつくって、当然それは三曲のみんなには申し訳ないって気持ちのはずなのにそんなとこもなくて、勝手に後輩まで連れてって・・・・・・すごい迷惑な話だなっていうのがやっぱり同じ音楽系のサークルで活動している私には伝わった。
「前から気には留めてた。1つ下の学年なのに、経験者だからって、同時入部だからって顔をたてないといけないんじゃないかとか・・・・・・本当にいろいろ無駄にしてたのかな」
息吹ちゃんは遠い目でそう言った。
息吹ちゃんは1年の頃“草野さん”が輪に入りにくいんじゃないかとか気にして4年の先輩に相談してたことを話してくれた。やっぱりリーダーになる人だからなのか周りの状態を気にするんだなと感心した。
「それなりに、気は配ってるつもりだった・・・・・・教えてる間はもしかしたら高圧的だったかもしれないけど・・・・・・定期演奏会直前で押し手があやふやだったりするのは気がかりで・・・・・・焦ってたし・・・・・・でも、私のやってきたこと回りくどい言い方とはいえ否定されるとは思わなかった」
息吹ちゃんが溜め息をつく。ここまで一気に話してくれたし、いろいろ思うこともあると思った。私は何かできるわけでもなくて・・・・・・もどかしくて、とりあえず一息ついてもらおうと紅茶を注いで息吹ちゃんに渡した。それを息吹ちゃんが飲む。
「息吹ちゃんが悪いとは思えないよ・・・・・・。もしかしたら自分が上に立ちたいタイプの人なら息吹ちゃんの存在は嫌に思うのかもしれないけど、それに言い過ぎたりしてたところはあったのかもしれないけど、息吹ちゃんの努力や心労・・・・・・それは表に見えなかったことかも・・・・・・でもそれが認められないようなレベルなら周りの友達もついてこないだろうし、先輩も信頼しないと思うよ」
私は思ったことを素直に告げた。フォローとかじゃない。こういう時に思っても無い慰めの言葉は逆効果だし、息吹ちゃんには思ったことをきちんと言いたかった。
「うん・・・・・・でも、なんでか辛い、憎い・・・・・・悲しいんだよね・・・・・・」
息吹ちゃんはそう言った。やっぱり寂しそうに見えた・・・・・・。
息吹ちゃんは何かを思い出しているようだった。ムスッとした怖い顔が、苦笑気味に変わる。少し恥ずかしそうにも見えた。その後、すごく悲しそうな顔になって・・・・・・息吹ちゃんは・・・・・・涙を目に溜めて、流した。
「息吹ちゃん? 大丈夫??」
「う・・・・・・」
息吹ちゃん自身も泣いていることに驚いているみたいだった。普段泣かないタイプなのかもしれない。
「やだ・・・・・・こんな・・・・・・」
「息吹ちゃん?」
「な、なんで・・・・・・言えなかった・・・・・・んだろ・・・・・・」
息吹ちゃんは何かに気付いたようなそんな感じだった。
「私・・・・・・私、ただがんばってただけだったのに、みんなより練習して、みんなの状態やスケジュールも把握して練習環境整えて、ただみんなの役にたてるようにって・・・・・・ただそれだけだったのに・・・・・・」
息吹ちゃんの涙が頬を伝って床に落ちる。私はハンカチを差し出したけど息吹ちゃんは周りが見えないのかそれに気付かない様子だった。
「なんで・・・・・・」
自分に尋ねるようにそう小さな声で息吹ちゃんが呟く。
「なんでみんな私が強いなんて言うの? 私は本当は脆いのに・・・・・・そんなこと言われたら弱いところ見せられない・・・・・・」
「息吹ちゃん・・・・・・」
「強がりたいわけじゃないのに・・・・・・」
『恵那、いいの?』
―よくない
『仕方ないよ・・・・・・雄介くんも、彼女さんも間違ったこと言ってるわけじゃないもの。人それぞれだもの』
―本心じゃないくせに
『恵那・・・・・・偉いね、私だったら彼女八つ裂きにしてやりたいとか思っちゃうよ・・・・・・』
―本当は私だって八つ裂きにしてやりたい
『偉くないよ』
―ただの嘘つきだもの
「押し付けないで・・・・・・」
『恵那は優しいから』
―みんなに優しくなんてできないよ・・・・・・他でもないあなただから
『何言ってるの〜普通でしょ?』
―嘘つき・・・・・・雄介くんに気に入られたいからのくせに
『恵那は本当に練習熱心だよね』
―それはあなたといっしょだから・・・・・・
『ピアノが好きなだけ』
―それもあるけど・・・・・・本当はあなたといっしょにいたいだけ・・・・・・
「私はただ・・・・・・」
『私たち仲間っていうのは変わらないよね?』
―たったひとつのつながり・・・・・・唯一の希望・・・・・・
『わからない。もう連絡も取れなくなると思う。俺たち校舎も違うし』
―お願い・・・・・・奪っていかないで・・・・・・
『もう・・・・・・会えないの?』
―最後の願い・・・・・・
『悲観しないでよ。恵那には新しい出会いがいっぱい待ってるよ』
―やめてよ・・・・・・私は一人・・・・・・独りなんだよ・・・・・・
息吹ちゃんの話を聞いて、泣いている息吹ちゃんの心からの嘆きの言葉を聞いて、私はずっと隠そうとしていた自分の気持ちに気付く。黒い、裏の自分。押し込めようとしていたもう1人の私・・・・・・。
この後私と息吹ちゃんがそれぞれ立ち向かうべき相手と対峙することになるなんてまだ私には気づきようもなく・・・・・・。