2人―第4話 「立ち向かう時〜恵那編」

 

 

 初めて会った女の子――息吹ちゃんの家に招いてもらって話をした日から3日たったんだっけ・・・・・・。私は今日のぶんの授業を終わらせて家に帰ってきた。帰ってきたのはお菓子の時間の3時ごろだったけれど、今はもう夕日が傾いている。私は自分の部屋から外の様子を伺うように窓を見つめた。

「変な・・・・・・感じだなぁ・・・・・・」

思わず思ったことを口に出す。思えば夕日が傾いている時間を、その光景を自室で見守るなんて最近全然無かった。いや、もっと前から・・・・・・サークル活動をはじめてからそんなことは無かった。

「練習日は毎日だったものね」

窓に手をついて下を向く。息吹ちゃんと話して自分の嫌な部分に気付いて少し暗くなったりもした。でも、想うのはいつでも・・・・・・。

「雄介くん」

いつもならこの時間は雄介くんとピアノの練習をしているはずだ。それが当たり前だった。こうして夕日を見ているのに違和感を感じるほどに。

 

 

 家のピアノで個人練習をしようと思った。ヴァイオリンの人が合わせてほしいと言ってくれた曲。楽譜を持ってピアノの前に座る。指を鍵盤に乗せて深呼吸、そして指を動かす。

「上手く・・・・・・いかないね」

指が軽やかに動いてくれない。ヴァイオリンと合わせてではないが、この曲は大学に入る前に弾いたことがあって、普段の私ならそれなりに弾けるはずの曲だった。でも、集中できないならそれも無理な話。

「どうしよ・・・・・・」

別にレポートの課題とかも出ていない。テストが近々あるわけでもない。おまけに今日はゼミもパワーポイントの使い方の説明だったため、パソコン関連の授業しかこなしてなくて復習する感じにもならない。今の私にやらなければいけないことなんてない。

「寝ようかな・・・・・・」

何も無いと、何かどんどん嫌なことを考えそうだったから私は自室へとまた戻った。ただ眠るだけ。時間をつぶすために寝るなんて変なのと苦笑する。でも、今は他に何かやるにしても何もできないと思った。それにちょっと眠い。ううん、結構眠い。ここのところ考え事だらけであまり寝てなかった。ちょうどいいからちょっとだけ横になろう。

 

 

――暗い

周りは暗かった。でも、自分ははっきり見える・・・・・・

「黒い?」

一面真っ黒なのだと考え直す。真っ暗なら自分もはっきり見えないはず。

『そこで何やってるの?』

聞いたことあるような声に振り返る。そこには・・・・・・

「・・・・・・わた、し?」

『そう見えるならそうじゃないのかな』

そこには鏡を見るような感じで、私と同じ姿をした女の子が立っていた。声が少し違う気がしたけどたしか自分で聞いている声とは違うとかいうことを聞いたことがあるから目の前の人物は私なのだろう。さしずめ私の影?

『変な顔して、最近ずっとそうだよね』

「変な顔してるかな?」

私がそう言うと影は皮肉そうに笑った。

『考えてるのに考えないふりしてごまかしてるつもり?』

影はいじわるそうな顔になった。私もこういう顔をするんだろうか・・・・・・。

「何言ってるの?」

『わかってるんじゃないの? それともまだごまかすつもり?』

言ってる意味がわからなかった。わからないと思い込んだ。

『そんなに“良い子”でいたいの?』

 

――良い子

 

「べ、別にそんなんじゃ!」

『じゃあなんでそんなにいつも自分の気持ちに嘘つくの?』

 

――いつもそうだった

 

「だって!」

『だって?』

「だって・・・・・・」

声に力が無くなる。だって私は良い子でないと・・・・・・。

 

「みんなに嫌われたくないもの・・・・・・」

私は小さい頃からおとなしい子だった。ちょっと周りの子よりピアノが上手だとは言われてたけど基本的に目立たない女の子だった。

「平穏にやっていきたいもの・・・・・・」

いつぐらいだっただろうか、目立つ子の中にはいじめられてしまう子がいた。自分の意見をはっきり言える子。でもそれが異端だと決め付けられた後はもう・・・・・・孤立するしかない。それは嫌だった。孤立するのは怖かった。

『恵那は自分の意見なんて持たないものね』

意見があっても言わない。常に周りに合わせてきた。多数派じゃないと嫌われる。問題を起こさない協調性のある良い子。そうあるように常に心がけてきた。誰からも“良い子”だと見られるように、人を悪く言わない、思わない。どんな被害を受けたって相手を責めてはいけない。私はただ従順であればいい。

「意見言って嫌われるぐらいなら・・・・・・」

『嫌でも受け止めるんでしょ?』

影の言葉に頷く。今までずっとそうだった。

『だから大事なものでも逃すことになるんだよね、いい加減気付けばいいのに』

影が呆れた表情で言う。

「何が言いたいの?」

『中学の部活入る時、ピアノがやりたいっていうのに周りの子が茶道部入るからって合わせたでしょ? 何で合わせる必要があるの?』

「だって仲間はずれになったら嫌じゃない!」

『部活違うぐらいでならないでしょ?』

「細心の注意を払うものなの!」

『本当の友達がそれで結局見つからなくて今だって孤独感でたまらないのに?』

「うるさい!!」

ムキになってる。自分でもわかった。たしかに部活のせいか、中学3年間は勉強とかは置いといて無駄に過ごしてしまった気がする。ただ周りに合わせて、楽しくなくても笑って・・・・・・ずっと演じていたのかもしれない。高校に入ってからも・・・・・・誰からも好かれる“お人好し”を演じてたのかもしれない。独りになりたくなかった。

 

――本当に私は独りじゃないっていえる?

 

――このままでいいの?

 

疑問を抱かなかったわけじゃない。でも私にはこうあることぐらいしかできなかった。それしか。きっとそんな思いが具現化したのが今目の前にいる影なんだろうと思った。

 

『反対もできない。お人好しを演じる。だから雄介くんにも何も言えなかった』

「それは・・・・・・」

『何で一番大事な気持ちも表に出さないの?』

「雄介くんが決めたことだもの。今更反対もなにも・・・・・・」

『説得しようと思ったらできたかもしれないでしょ?』

「私が反対して、それで無理して留まったりしたらそれこそ本意じゃないもの!」

『嘘ばっかりつかないで!!』

影が怒鳴るようにそう言った。でも怒ってるんじゃない。それは叫び、嘆きのようだった。

『周りを悪く思わないように言ったり、合わせたり、あなたは嘘ばっかり。本当は憎んだり恨んだりしてるのに。本当はやりたくもないことなのに、楽しくもないことなのにさもそうでないように振舞って!』

影は目に涙をためてそう言った。癇癪を起こしたような感じだった。

『結局辛い思いして後悔して! 気持ちを人に理解してもらう機会も逃すせいで結局孤立してなくても孤独で! そうやってずっとやってくつもりなの!?』

「それは・・・・・・」

『我慢してるのが大人だと思わないで! あなたは人が何かをやってくれないと自分では道を選ぶこともできないほんの幼子といっしょよ!!』

自分では何もできない・・・・・・事を起こすことはできない・・・・・・。だから当たり前に人に自分を理解なんてしてもらえない。それで結局孤独感を味わうことになる・・・・・・。

『もう、嫌だ・・・・・・我慢も』

影は頭を抱えた。耐え切れないとでも言うように。

『自分の考えぐらい言わせて! もう周りだって子供じゃないんだから、例え違う考えでもいいでしょ!! 分かり合えない人といっしょにいる義理なんてないでしょ!? それでもわかってくれる本当の仲間が欲しいもの!!』

――確かな願望・・・・・・

『私は楽しい時間を奪ってくあの人の彼女が憎い!! ムカつく!! いっそ殺してやりたい!! 人の気も知らないで!!!』

――やめてよ、そんな恐ろしい考え・・・・・・

『私は雄介くんが好きなだけなのに!! 世界で一番好きなんだっていうだけなのに!!!』

――それは、それは・・・・・・

 

 影は息をきらしてるようだった。思いっきり叫んだのだろう。

『黒い部屋・・・・・・』

影が細い声でそう言った。黒い部屋ってここのことかな。

『心の中を表してるんでしょうね・・・・・・』

「え?」

『黒い心を持ってるのは・・・・・・誰かしらね・・・・・・』

 

 

「恵那ちゃ〜ん、ごはんよ〜、降りてらっしゃい」

お母さんの呼ぶ声に目が覚める。夢だった・・・・・・。

「当たり前か。あんなこと現実に起きるはずが無い・・・・・・」

私はゆっくり起き上がって、階段を降りていった。

 

――黒い心

 

「憎しみや恨みを公言した影・・・・・・」

それはつまり私なのだけど、影が見せた涙は黒いというより純粋だった。

「私・・・・・・」

それを見てもまだ自分の気持ちを否定したり偽ったりする私。憎しみも恨みも内に溜め込んで、綺麗な気持ちをどこかに隠して・・・・・・。

「私、黒い子だね」

2段残したところで立ち止まる。

「素直じゃないからね・・・・・・」

人を憎んだり恨んだりするのはやっぱり悲しいと思う。でも、それを押し込めて苦しむ必要もさすがに無いかなと思った。それと・・・・・・。

「世界で一番好きなだけ・・・・・・か」

そんな一番大切な強い気持ちも、悲しみも、憎しみも、喜びも・・・・・・私に湧き上がるいろんな思い。それを今まで自分から外に出してあげなかった。我慢してた。それが限界だったのかも。だから影は・・・・・・本当の私は耐えれなくなったんだろう。自分で何とかしようともがんばらないで周りの空気にばかり頼ってきた私。これからもそうでいられるわけがない。自分で何とかしようと思わなければこの先いつか躓く。それは、なんとなくだけどわかる気がした。憎む心を持つ自分も黒いけれど、一番黒いのは何もかも周りに合わせてる自分。周りに合わせることで自分の責任じゃないと思える気がしてたんじゃないかって今は思う。

「これから・・・・・・」

これからは自分で考えて、自分で行動しないとだめ。いつまでも幼い子供のようでいるわけにはいかない。それじゃいつまでたっても本当の幸せも掴めないし、一生独りのままだから。

「これからあり方を変えていけば何か変わるかもしれない」

過去も人も変えることはできない。でも私は変われる。私が変わることで過去も無駄ではなかったと思えるかもしれないし、周りが変わることはあるかもしれない。これからは、私が主体なんだから・・・・・・。

 

 

 私の表情は凛としたものだったと思う。これからのあり方を結論づけたから。まだ傷は癒えない。それでも前に進もうと思った。それによって何かが起こるなんてことはまだわからなかった・・・・・・。