2人―第5話 「同じ苦しみと分かち合い〜恵那編」

 

 

 息吹ちゃんと話して、変な夢で自分の葛藤を思い知ってしばらくがたった。穏やかな日が過ぎ去っていっている。表面上だけど・・・・・・。

 

 

 サークルを切り上げてぶらぶらとしていた。寒さが身にしみる。もっと厚手の格好をすればよかったかな。今何時だろうと気になり、携帯を取り出す。腕時計をした方が便利そうだなとは思うものの、ピアノを弾く時には外してしまうからと時計をつけないのが癖になっている。衝動的だった。時間を見るだけのつもりだったけれど、私はアドレス帳を表示させ、ある人の番号を選択した。

「・・・・・・恵那?」

息吹ちゃんの声がした。あまり元気は無さそうだ。

「そう、恵那。息吹ちゃん、大丈夫? 声、元気なさそう・・・・・・」

「練習で疲れたんじゃないかな。気にしなくていい」

「嘘ばっかり」

「嘘って・・・・・・」

私が言ったことが図星というように息吹ちゃんの声には明らかな動揺がみてとれた。

「強がってるでしょ。なんとなくだけどわかるよ」

「そうだな」

「今帰りだよね? 時間ある?」

息吹ちゃんの元気の無さそうな声で今どうしてるのか気になった。

「まあ、予定もないし、暗いけれど時間も6時ぐらいだしな」

「じゃあさ、ちょっと話さない? どっかで」

私も事実元気があるわけでもない。なんとなく息吹ちゃんと話がしたくなったので誘ってみた。息吹ちゃんが場所として公園を指定してくる。場所は大体わかった。

「じゃあ、今からそこに行く」

「私も行くから」

電話をきって私は目的地に向かった。

 

 

 指定された公園まではおそらく息吹ちゃんの方がはやくつくだろう。そう思って私は駆け足で向かった。目を凝らしてみるとベンチに息吹ちゃんが座っているのが見えた。

「息吹ちゃん! ごめん待った?」

「いや、べつに」

待ったんだろうなと思った。息吹ちゃんは笑ってみせているが疲労の残っている笑顔だった。

「やっぱり、疲れてるね息吹ちゃん・・・・・・」

「そんなことは・・・・・・」

「私こっちに座ろうかな」

息吹ちゃんの反論をおさえるように私はそう言ってブランコに腰掛けた。息吹ちゃんの横には楽器があったし、向かい合って、すぐ隣では話したくない気分だったのが本音だ。

「どう? サークル楽しい?」

私は訊いてみた。世間話のような感じにもとれるけれど、息吹ちゃんが疲れてるとしたら確実にサークルがらみだろう、ある意味核心から入ってみた。息吹ちゃんは溜め息で答えた。

「・・・・・・辛い?」

「いや、べつにそういうわけじゃ・・・・・・」

「嘘ダメ」

あくまで否定する息吹ちゃんにぴしゃっと言う。自分に違和感があった。息吹ちゃんの勝気な性格と自分を隠す私だとこういう感じはなんか変かもと考えたから。でも、私が少し変わって、息吹ちゃんも変わってたのかもしれないなと思った。

「・・・・・・辛いかな。上手くいかない。がんばってるつもりなんだけど」

「つもりじゃなくてがんばっているよ息吹ちゃんは」

「そう・・・・・・」

フォローのような言葉を、でも本心を語る。息吹ちゃんは生気の抜けたような声でそう反応すると黙ってしまった。私も言葉を紡がず沈黙が訪れた。

「恵那は? どう?」

「ん〜、可もなく不可もなく・・・・・・」

「恵那こそ嘘・・・・・・」

私はあっけらかんとした感じに答えてみたものの今度は息吹ちゃんにさっきの私のような反応を返された。

「う〜ん、でもサークル自体は本当にそんな感じ。まあ、傷はそう簡単には癒えないってところなんだろうね」

ブランコをこいでみた。

「今更だってわかってるんだけど、ここに雄介くんがいたらなあって考えちゃうんだよね、我ながら未練がましいっていうか・・・・・・」

苦笑しながら言う。やっぱりなんかかっこ悪いな私。

「未練がましいなんていうなよ。それだけ、その、想ってたってわけで・・・・・・」

息吹ちゃんがフォローしてくれる。そこ、過去形じゃないんだぞというつっこみが出来るほど気力は私に残ってなかったみたい。

「よくさー」

また間が開いて息吹ちゃんが言葉を紡ぐ。私はブランコを止めた。

「人1人の力なんて世界では小さすぎて何もできないみたいなこと聞くけどさー・・・・・・人1人にとっては人1人の影響力って絶大だよな」

息吹ちゃんの声は震えているようだった。私はそっと息吹ちゃんの真後ろにいって、後ろから涙を拭った。

「息吹ちゃんって意外と・・・・・・泣き虫だよね」

「うるさい!」

息吹ちゃんがくるっと振り返る。顔が赤くして拗ねたように怒ってるのが子供っぽくて可笑しかった。私は笑った。

「あんただって泣いてるじゃんか」

笑って・・・・・・なかったみたいだった。泣いてる、涙を流してるわけじゃあないだろうけど目が潤んでるように視界がぼけてるなと他人事のように感覚を認識した。

「・・・・・・恵那といるの・・・・・・嫌だな」

「え?」

私不快感を与えてしまったのだろうか、表には出さないようにはしたもののかなり慌てた。

「なんか私弱くなる」

「そうなのかな?」

「ああ」

ああ、そういうことか、と少し安心してしまう。息吹ちゃんは目を擦っていた。

「いっしょにいる時間が長くてそれなりに付き合いが深くなっていくこと、昔はただそれがいいことだって思ってた」

「うん」

「でも付き合いがある程度ある人っていうのはお互いにだろうけど“期待”が生じる。助けてくれるんじゃないかとか、この人はこういう人だからきっとこうするに違いないとかね。周りの人、大体私に“強いくてしっかりしている子”を期待するから私強がるんだけど、恵那とじゃそうも・・・・・・ね。今までずっと、それを期待されてた」

息吹ちゃんは空をなんだか懐かしいものでも見るように見ていた。

「最初は三曲で必要とされてるって感じで嬉しかった。だから期待に応えようってがんばった。がんばってこれた。でも、期待に応えれば周りは更に他のことまで期待する。最近は無意識なんだろうけど、でもその期待が大きすぎる。もうそこまでできることは無理だし、もう限界・・・・・・」

「そんなに背負いこまなくても・・・・・・」

「わかってるんだけどね、私は不器用なんだよ」

息吹ちゃんは寂しげに微笑むと下を向いた。

「私ね、小さい頃から親友とかいなかった。親しい友達なんて一人も。仲良しきどっててもそれは上辺だけ。だから私は人を信用しない

できないしする気も無い」

息吹ちゃんがトーンの低い声で淡々と話した。下を向いているので表情はわからない。

「だから人への頼り方もわからない。頼れるのは自分だけ。自分に課せられた課題をこなすのは自分たった一人」

私は少し悲しくなった。息吹ちゃんは私と同じような考え方もするのだという驚きと同時にほとんど私といっしょの孤独感を抱えているんだってわかったから。

「だから弱いんだろうね。もう私は守りの体勢に入っちゃったんだよね。自分を守るのも自分だけ。でも、せめて自分の存在意義は欲しいって願う」

「存在意義?」

「私が、平生息吹っていう人間が存在している意味。この世に存在する価値の証・・・・・・親は例外だけど私は誰かに愛されたこともないから、何かをしてないとこの世にはいらない人間」

下を向いているものの身体のちょっとした震えや声の感じから息吹ちゃんの辛そうな感じがわかった。やっぱり・・・・・・悲しかった。

「だから周りの期待に全部応えないと、そういう人間じゃないと私は、生きてく価値なんてない・・・・・・そういう強迫観念。生きてく限りずっと繰り返されるんだろうね、この辛さも。人を信頼できればいいけどきっとそれは無理だから。もう諦めたこと・・・・・・」

「でも信じたいよ」

耐えられなくなったように私はそう言った。息吹ちゃんが顔を上げる。

「信じたいでしょ?」

自信なさ気な自分の声に少し苛立つ。

「周りが信じられなくて一人になって、でも寂しいから、本当は人を信じたいから辛くなって・・・・・・」

私は息吹ちゃんを見て話しているつもりだった。でも不思議なことに息吹ちゃんの姿を認識していないようなそんな錯覚にかられた。

「人を信じること、本当に諦めてたら、もう一生一人だって思ってたら、きっと人を好きになったりしないと思うから」

「私はべつに・・・・・・」

「ううん、そうわかるもの」

息吹ちゃんの反論をおしのける。どうしても、言いたいからとめないといった強情さもあった。

「私と同じ・・・・・・だから」

「え?」

息吹ちゃんが意外そうな顔をした。

「私も小さいころからそんな人付き合いだった。でも、いじめられたりはしたことない。それを避けるために自分の意見をずっと殺してた。それで自分を守ってた・・・・・・私は本当の友達が欲しかった。でも意見を殺す癖がある私にはそれは到底無理な話だった。上辺の付き合いになっちゃうからね」

息吹ちゃんと目が合う。話しかけているのに自分に言い聞かせているような錯覚がまたおこるようだった。

「でも、人間の性なのか、ただ私がそうなのかはわからないけど、信頼できる人を、信頼し合える人を求める・・・・・・好きな人に求めてるものもね、もちろん好きになってもらいたいなって思うけど、それよりずっと、自分をわかってほしいって、その上で信頼関係がつくれたらって夢見るの・・・・・・」

そう言って思わず溜め息が漏れた。

「無理・・・・・・だったけど・・・・・・」

「私も・・・・・・無理だった・・・・・・」

私がそう言うと息吹ちゃんも小さい声でそう言った。雄介くんに私の孤独感をわかってもらおうだなんてやっぱり無理難題だったのかな、私は目を閉じて苦笑した。

「ね、息吹ちゃんはもう人を信頼すること諦めたって言ったけど、やっぱり・・・・・・ううん、やめ」

「え?」

私が途中でやめると息吹ちゃんの気が抜けるような声がした。

「いくら私が息吹ちゃんと同じような考えで苦しんでても私は息吹ちゃんじゃない。だから私の意見に同意を求めるのも変な話なの」

「それは・・・・・・そうだな。私たちはなんにしろ他人だ」

息吹ちゃんの声のトーンのせいか“所詮他人だ、関係ない”と言われているような気がして寂しかった。

「そう、他人。違う存在」

「でも、でも恵那、あんたは他人だけど・・・・・・あんたのこと敵だなんて思わない。私たちは他人だから、違いがあるから気付けることもあるんだって・・・・・・そう思った」

息吹ちゃんがそっけない言い方でそう話した。でもそれはすごくあたたかく感じられた。

「他人だからぶつかることも共感できることもあるんだね、当たり前なのになんか今ようやくわかったって感じ」

呆れたような、ほっとしたような息吹ちゃんの言い方に私も安心した。息吹ちゃんは笑った。

「じゃあ、もう遅いし・・・・・・そろそろ帰ろう。今日話せてよかった」

「私も・・・・・・それじゃ」

私がそう言うと息吹ちゃんは手を振った。

 

「息吹ちゃん!」

こみ上げるものがあって、思わず振り返って息吹ちゃんを呼び止めた。

「え?」

「愚痴きくぐらいは私でもできるから! いつでも、あ、都合悪いときとか当然あるけど言ってね! 息吹ちゃんの話聞いたり、話聞いてもらうとなんだか暗くなるけどでも、前がすっきりする感じがするから!」

私は少し慌てたように“言いたいって時だけでいいから”と付け加えた。息吹ちゃんに気を使わせる発言になりかねないなと思ったから。

「恵那もな! じゃあ!」

息吹ちゃんがよく通るしっかりとした声で別れを告げた。

 

 

 あとちょっとあがいてみようかな、人を信じること諦めないでいこうかなって、自分に希望を持たせるように言い聞かせた・・・・・・