2人―第2話 「せつない想い〜息吹編」
夕日に照らされた大学から走ってきた道のりを少し戻る。恵那という大学も別だという面識のかけらさえなかったような女の子を家に招待することとなった。道端で泣いてるっていうのも気になったし、今の自分をごまかすのに協力してもらう感じで。恵那は遠慮がちに私の後をついてきていた。
「ここが私の家、さ、あがって。綺麗になんてしてないけど」
私がいつもどおり乱暴にくつを脱いで先にあがる。恵那はくつをちゃんと丁寧に揃えていた。女の子らしいことだ・・・・・・というか私ががさつすぎるだけか。と笑い飛ばす・・・・・・って笑い飛ばしちゃだめだろと自分でつっこみを入れておいた。見習わないとな。
「お邪魔します」
「こっちがリビングだから、そこ座ってて、お茶入れる」
私がそう言うと恵那は素直にそれに従った。で、お茶入れるなんて言ったけど私に入れられるわけがない。ちなみに自慢じゃないけど家事なんて全然できない。スカート穿いて、三味線が得意で、髪も長くて、プロフィール上女の子らしそうだけど私はどちらかというと男の子っぽいとこがあるからなぁ・・・・・・なんてことを考えながら、冷蔵庫からペットボトルの登場〜とミルクティーのペットボトルと食器棚からガラスのコップを取り出す。
「はい、とりあえず紅茶。クッキーとかなくてごめんね」
「いえ、いいですよ!」
恵那が一生懸命手を振ってそう言った。そういえば・・・・・・。
「恵那って大学2年生だよね?」
「はい」
「なんで私に丁寧語??」
「初対面だし・・・・・・」
それも・・・・・・そうか。ああ、私ってどうも高圧的なところがあるからなぁ。そんなところが今の私の抱えるはめになった問題を起こしてしまったのかもしれないけど。直すに直せないもんだな。
「気使わないでよ、私はこの調子で話すけど?」
「あ、じゃあ私も・・・・・・うん、こんな感じ??」
「ん、まあ話しやすいようにね。で、恵那はなんで泣いてたのさ?」
私がそう言いながら座ると、恵那は視線を落とした。
「好きな人が遠くへ行ってしまうの」
恵那は悲しそうなかぼそい声でそう言った。
「好きな人・・・・・・ねぇ」
「なんで好きになったなんて今思えば変なんですよ! 全然好みと違うんだもの! 私黒髪で背が自分より10cm以上高くて、頭のいい人って言ってたのに・・・・・・あの人背私より2cm小さいし、茶髪だし、成績も良くないし・・・・・・全然好みじゃないはずだったのに・・・・・・」
恵那が苦笑いしながらそう一気にまくしたてるように言うと、せつなそうな表情をした。
「でも、ピアノの練習一生懸命で、本当に音楽が好きな人で・・・・・・優しくて・・・・・・曲をいっしょにつくりあげていくなかでいつのまにか・・・・・・」
「好きになってたんだ」
私がそう言うと恵那は深々と頷いた。なんか、音楽に一生懸命な人がいいなっていうのはわかるかも。
「彼女さんがいらっしゃるし、私多くを望もうとは思わなかった。でも、彼女さんはあの人がサークルの活動ばっかになるのが辛かったみたいで、あの人にやめてくれって・・・・・・」
「はぁ? 随分勝手な彼女だね。趣味にまでケチつけるってんだ」
「でも・・・・・・日曜や休日まで練習に行って、しかもいっしょに練習してる相手が女だったら嫌だと思うの・・・・・・」
そういうものなのかな・・・・・・私はいくら好きな人だからって三味線やめろって言われたってやめないけど。
「息吹ちゃんは好きな人は?」
「いないよ。あんなやつ知らない!」
恵那が頭の上にはてなマークを浮かべたような表情で私を見る。い、いないってば! プロフィールにもいないって感じにしてあったし!! ・・・・・・ってまた私わけわからないよつっこみの仕方。
「いないから・・・・・・」
私はそう言いながら、三曲に今年入部した新入生の尺八担当の後輩の残像を消した。
「でもサークルやめるだけでしょ? 遠くへは行かないんじゃ・・・・・・」
「あ、私は文学部で、あの人は理学部なの。だから校舎も離れてて・・・・・・サークルがなければ私たち顔を合わせることはないと思う・・・・・・」
恵那は、また泣き出しそうな顔になった。そっか、失恋云々じゃなくて、それが何より悲しいわけか・・・・・・。仲間が仲間じゃなくなること。私もそれは今抱えてることだからわかる、少しは・・・・・・わかる。私が紅茶をつぎにいくと、恵那は涙をぽろぽろとこぼしていた。私にはそれが羨ましくさえ感じた、私は弱いところを誰かに見せるなんてできない。親にも、先輩にも、友達にも・・・・・・ましてや宏史になんて・・・・・・。
『宏史、あんたは草野先輩について行くわけ?』
私は尺八を持ったまま和室の玄関で立ったままの後輩、宏史に怒りのこもった声でそう尋ねた。
『うん、誘われたし、俺が尺八はじめたきっかけって草野先輩だし・・・・・・』
『あっそ、私はあの人とはもう関わり無いから。三曲で活動して、今までどおり三味線に集中するから。くれぐれも音系のみんなやうちに迷惑かけるようなことしないでよ』
表情を悟られないように障子の方を向いてそう言った。
『息吹先輩はさ、強いよね、みんなのリーダーだし・・・・・・』
『だからなにさ』
『これからも、がんばってください・・・・・・』
いつも敬語を使わない無礼な後輩の宏史がちゃんと丁寧語を話したことに驚きながら、私は和室を去る宏史の背中を見ていた。止めることはなかった。そんなの私がすることじゃない・・・・・・。
「息吹ちゃん、大丈夫?」
「わあ!!」
背後にいつのまにかいた恵那に思わず驚きの声をあげた。こうやって立って並ぶと恵那は背が高かった。10cmちかくは違うかもしれないと思った。
「お茶私が入れておくね、それから・・・・・・」
恵那が慣れた手つきで紅茶をつぎたす。ペットボトルからつぐだけなのに私よりちゃんと入れてるって感じだった。
「息吹ちゃんも辛そうよ? そういうときは話した方が楽だから、話しちゃって?」
「な、なんで・・・・・・」
「大学もなにも関連性のない私になら弱いところ見せても大丈夫かなって・・・・・・」
鈍感そうな恵那に心の一部を読まれたみたいで驚いたけど・・・・・・。
この時の私はこの初対面の女の子に全てをぶちまけたい気持ちになってたわけで・・・・・・。