2人―第3話 「涙の理由〜息吹編」

 

 

「私はね、うちの大学の三曲研究会に入ってるの。私は一応箏もできるけど数が少ないし、私自身三味線が好きだからそっち担当なんだけど、箏とか尺八もいるサークルでね・・・・・・」

私は話を聞いてくれると言った恵那に胸の内を話すことにした・・・・・・。初歩的なところから入るなと我ながら思ったり・・・・・・。

「入ってしばらくするうちにね、私はこういう性格だからか学年のリーダーみたいになってたんだ。段々先輩とも接するうちに、サークルの中でも発言権の大きいタイプになってたみたい。小さいサークルだし、先輩たちも気さくだから・・・・・・上下関係の厳しくないほんわかとした雰囲気がうちの長所だしね・・・・・・」

私は今までの光景が浮かんでくるようだった。冗談を言っては些細なことで大笑いしている仲間と自分。先輩とのボケツッコミ。

「まあ、たった一人、そんな雰囲気が気に入らなかった人がいたんだよ」

今まで、楽しかった。このサークルで三味線弾いて、笑ってるのがただ・・・・・・楽しかった。

 

 

『えっと、新しい尺八のサークルを別につくったんですよ〜』

へらへらした笑顔で私の元先輩である草野が練習を終えてみんながくつろいでいる和室でそう言った。先輩と言っても私と同時に入部したのとしかも初心者だったせいか私より発言権が圧倒的に弱かったという印象は前からあった。そいつの言葉を私と同学年の友達、先輩で聞いていた。

『で、井川君もこっちに入る感じで・・・・・・顧問も見つけたし』

私も周りにいた仲間も怒りをむき出しにしないようにはしてた。別に新しいサークルを立ち上げるのは違反とかではない。でも今、キャンパスが都心の方に移転してしまって音楽系のサークルはほとんど人のいない古い方のキャンパスに残って大変なこの5月に何を言ってるんだと思った。しかも唯一入った1年生も勝手に連れてくんだと。部長に相談無しにつくってこの罪悪感の無い顔がムカついた。その場で殴りたいぐらいに。

 

 

「前から気には留めてた。1つ下の学年なのに、経験者だからって、同時入部だからって顔をたてないといけないんじゃないかとか・・・・・・本当にいろいろ無駄にしてたのかな」

 

 

『あの・・・・・・石川先輩、今いいですか?』

去年の10月だっただろうか・・・・・・。当時4年生の唯一の尺八奏者、石川先輩に私がそう言った。

『うん、いいよ〜何?』

『草野先輩のことなんですけど・・・・・・』

『うん』

『練習、やりにくそうなんですよね・・・・・・』

当時の私は当時箏担当だった草野が気がかりで先輩に相談した。

『学年じゃなくて今年入ったメンバーで“ひぐらし”やるじゃないですか。その中では唯一2年生で、私たちはみんな1年生でかたまっちゃって、それに夏休みに先輩が実家に長く戻ってる間に私たち仲良くなったっていうか・・・・・・1つにまとまってて・・・・・・』

『うんうん』

1年生同士だと私がまとめちゃってるんですよ。それで成り立っちゃって・・・・・・それに他の2年生の先輩たちだとまた去年からいたメンバーと草野先輩とで違うのかそれはそれで入りずらそうなのかなみたいな感じで・・・・・・だから自然と練習あんまりできない環境なのかなって・・・・・・どうしたらいいのかなと思って・・・・・・』

私がそう話すと石川先輩はう〜ん、と考えた。

『でも練習しないと後々困るしね。そこはさ、平生さん1年生だけど他の初心者の子にも教えたりしてるし、学年気にせず教えて大丈夫だと思うよ。2年生にも働きかけてもらえるようにすればいいと思うし』

先輩がそう返してくれたので私はにこっと笑って御礼を言ってから練習に戻った。その後現部長に“草野先輩の練習ちょっと時間があったら見てくれますか?”と頼んだり、全員での練習の時は私が見たりした。

 

 

「それなりに、気は配ってるつもりだった・・・・・・教えてる間はもしかしたら高圧的だったかもしれないけど・・・・・・定期演奏会直前で押し手があやふやだったりするのは気がかりで・・・・・・焦ってたし・・・・・・でも、私のやってきたこと回りくどい言い方とはいえ否定されるとは思わなかった」

私がそう言って溜め息をつくと、恵那が私のコップに紅茶を注いで私に手渡した。私はありがとうと言って飲んだ。

「息吹ちゃんが悪いとは思えないよ・・・・・・。もしかしたら自分が上に立ちたいタイプの人なら息吹ちゃんの存在は嫌に思うのかもしれないけど、それに言い過ぎたりしてたところはあったのかもしれないけど、息吹ちゃんの努力や心労・・・・・・それは表に見えなかったことかも・・・・・・でもそれが認められないようなレベルなら周りの友達もついてこないだろうし、先輩も信頼しないと思うよ」

恵那は優しく微笑みながらそう言ってくれた。少し、気分が和らいできた気がした。

「うん・・・・・・でも、なんでか辛い、憎い・・・・・・悲しいんだよね・・・・・・」

原因は・・・・・・

 

 

『ロックさんと仲悪いんじゃないかなとか思うんだよね、ウェルカムの時の態度だと。平生さんああだしさ』

―そんな覚えはありません! ロックさんとはよく話すし、険悪になったことはありません。音系議員とは仲良いもんね。

『上下関係がちゃんとなってるサークルがいいでしょう』

―あんたが先輩を私たち以上にたててたようにも思えなかったんだけど? リーダーにでもなりたかったわけ?

 

『息吹せんぱ〜い』

草野の怒りに燃えてたっていうのに、わけのわからないアイツ・・・・・・宏史が脳内に登場する。1年生で私の1コ下。明るい茶色の髪に長身で細いわりに妙に力があって初心者なのに尺八の音が綺麗に出て・・・・・・異様に私に馴れ馴れしい後輩・・・・・・。

『息吹せんぱ〜い! 六段やりましょーよー』

『わかった! わかったからくっつくな! 恥ずかしい!!』

宏史が和室に元気よく入ってきて三味線を練習していた私に後ろから抱きつく。正直重い・・・・・・。うえに息苦しいし恥ずかしい。

『息吹せんぱい照れてるの〜? かっわい〜』

『だ〜!! ふざけるな! とっとと練習するよ!!』

『は〜い』

私のペースを乱す人物第一位だった・・・・・・。いっしょにいた時間は短いのに不思議なぐらい思いでの走馬灯は次々と浮かび上がっていく。

『息吹先輩はさ、強いよね・・・・・・みんなのリーダーだし・・・・・・』

最後に聞いた宏史の声・・・・・・。何でか知らないけど何か言って欲しそうな・・・・・・いつもより少しトーンの低い声・・・・・・。

『これからもがんばってください・・・・・・』

今もはっきりと・・・・・・。

 

 

「息吹ちゃん? 大丈夫??」

恵那の声にハッとする。私は涙を流していた・・・・・・。

「う・・・・・・」

辛い・・・・・・大切なものを失ったから?

「やだ・・・・・・こんな・・・・・・」

「息吹ちゃん?」

「な、なんで・・・・・・言えなかった・・・・・・んだろ・・・・・・」

たった一言あの時言えば今こんなに辛くなかったかもしれない・・・・・・。

“行かないで”って・・・・・・。

「私・・・・・・私、ただがんばってただけだったのに、みんなより練習して、みんなの状態やスケジュールも把握して練習環境整えて、ただみんなの役にたてるようにって・・・・・・ただそれだけだったのに・・・・・・」

涙は止まらない。胸の一番奥の悔しさが溢れ出てくる。

「なんで・・・・・・」

悔しい・・・・・・言えた言葉が出なかったから?

「なんでみんな私が強いなんて言うの? 私は本当は脆いのに・・・・・・そんなこと言われたら弱いところ見せられない・・・・・・」

「息吹ちゃん・・・・・・」

「強がりたいわけじゃないのに・・・・・・」

苦しい・・・・・・理解されたいって願うから?

「押し付けないで・・・・・・」

憎い・・・・・・誰が?

「私はただ・・・・・・」

寂しい・・・・・・本当は独りだから・・・・・・。

 

 

 わかってしまった。本当の思い。恵那に話しただけ。草野への怒りなんて本当はどうでもよかったんだ・・・・・・ただそれはあの人は引き金だっただけ。涙の理由はわかった・・・・・・。

 

 この後私と恵那が問題に立ち向かっていくのはまだそこまで頭が回るわけでもなく・・・・・・・。