5話『純愛ラブパニック』

 

 

 

 夜の新宿。昼間のイメージとはまた違う。そう思いながら、気弱な青年、白鳥 未来(しらとり みらい)は周りをきょろきょろと見渡しながら挙動不審気味に歩いていた。

 人の往来が少なめなところに出てきてしまい、心細さが格段に上がった時のことだった。

「何様だこのクサレキャバ嬢が! 俺の言うことが聞けねぇっていうのか!」

 未来は男の怒声に心臓が飛び出すかと思った。その怒声のおかげか、人の往来は皆無になっている。未来は恐る恐る声のする方を伺った。

 スーツ姿のごつい男が若い女性を怒鳴りつけている。女性はクラブで働く女性のようで格好は夜の蝶といった感じだが、俯いており、弱々しげだった。

「何とか言えよ! あぁ!?」

 男は女性の手首を乱暴に掴む。女性は恐怖に顔を歪めている。未来はまずい、と思った。

「何様はテメーだろうが!」

 男に負けず劣らずの荒い言葉で女の子ながら低めの声がした。するとほぼ同時に男が吹き飛ばされ、地面に倒れた。未来はあんぐりと口をあけた。男と女性の間に立ったのは、何とまっすぐな黒髪とふっくらした顔立ちが平安時代の姫君風ないかにもお嬢様といった容姿の女の子だった。後ろには端正な顔立ちをした青年と小柄で華奢な青年が控えていた。

「ここは大丈夫だから、君は中に入ろう」

 小柄な青年が、恐怖でまだがたがたと震える女性を店の中に連れていく。

「ってて……おい、何なんだよ、貴様らも店のもんか!?」

「まぁ、用心棒だなー。近頃客にお店の女の子が暴力振られて困ってるって相談受けて。あんたみたいなのを退治するのが俺たちの受けた依頼なんで」

 端正な顔立ちの青年がのんびりとした口調で言う。こんな堅気じゃないかもしれないような怖い男に平然とした態度で言うなんてすごいなと未来は思った。

「あ? 俺は客なんだよ。金払ってんだ。あいつらは客満足させる為に働いてんだろ? 俺の勝手だろうが!」

「あの人たちは奴隷じゃねーんだよ! たとえ客でも拒否する権利ってもんもあんだろーが! テメーみたいな偉そうにしやがって、人を平気で傷つける人間なんか糞だ!」

「なんだと!? この……」

 女の子の言葉に男が激昂する。

「テメー、まだここの人に迷惑かけるっつーんだったらな」

 女の子はゆっくりとした動作で店の前に置かれている看板を手にする。未来は目を疑った。その女の子は軽々と看板を持ちあげたのだ。この手の看板は決して軽くはない。女の子はほっそりとはしていない、だがそんな看板を持ちあげるような容姿には見えない。

「殴られてーか? 投げつけられてーか? 押し潰すようにするか?」

 よく見ると女の子の目は金色に光っており、彼女の周りに風が起こる。そして看板を頭上に持ち上げているその異様さに圧倒され、男は腰を抜かした。

「ひぃっ、ば、化け物……」

「何とでも言え」

 男は懸命な判断か、みっともない様子で立ち上がり、走って逃げだした。

「これに懲りたらもう二度と来るな!」

 女の子はそう叫びながら、看板を元あった場所に戻した。

「すみません、お嬢。俺、今回も何もしてない」

 青年が申し訳なさそうに女の子に声をかける。

「いいんですよ。隼人さんが傍にいるっていうのが心強いんですから」

 女の子の声は先ほどと別人かと思うような幼さを感じさせる可愛らしい声だった。隼人と呼ばれた青年に微笑みかけるその姿はお嬢様風の容姿に似つかわしかった。

「じゃあ、店の人呼んできましょう」

 隼人がそう言うと、ドアを開けて少し身体を店の中に入れて何か声をかけていた。すると、中から先ほど絡まれていた女性を中に連れて行った青年と共に、和服姿の落ち着いた色気のある女性が出てきた。

「あの男を追い払えたのですか?」

「ええ、もう大丈夫です」

 女性の問いかけに女の子が応える。

「それは助かりました。ありがとうございます。さすが、八千代ちゃんのとこの従業員さんですね」

「いえ! あ、八千代さんとお知り合いなんでしたっけ?」

「ええ、八千代ちゃんとは同い年なんだけど、以前八千代ちゃんの会社で働いてたの。お店を出すこと話したら出資までしてくれてね、未だに飲みに行ったりもするのよ。その時に事務所の話も聞いて、今回の件で相談にのってもらったの」

 女性はにっこりと笑顔で話す。八千代のことを信頼しているようだ。すると、ふと何かを思い出したような表情に変わる。

「そういえば……うちの子があの男の前に立ちはだかったのは女の子だったと言っていたのですが……貴女が?」

 女性の言葉に女の子と青年2人が微妙な笑みを浮かべる。

「ハッタリかますには予想できないような相手がいいんですよ、なのでこの子が。実際追い払ったのはこいつですよ」

 小柄な青年が隼人を指して言う。なんで嘘ついてるんだろう、と未来は少し不思議に思った。

「そう……でも本当に困っていたので助かりました。また何かあったらお願いします」

「はい! 依頼主様の悩み解決なら火弓解決屋事務所にお任せ下さい!」

 3人が笑顔で声を揃えて言う。“火弓解決屋事務所”その名前を未来は頭の中にインプットしていた。

 

 

 翌日、夜の6時。夜とはいえ、外は明るい。火弓解決屋事務所では、美人所長の火弓 八千代がいつも通りパソコン操作のデスクワーク、好青年秘書の土井 飛鳥はお茶を淹れていた。解決屋トリオの実は異能者のみずたまこと湖 珠姫、体力担当の美青年風野 隼人、頭脳担当の中性的な青年木原 紫苑の3人は先ほどまでおつかいの手伝いという依頼内容をこなすため外にいたこともあり、ソファに座ってぐったりしていた。

「外あちぃよ……マジもう無理」

「今年は異常気象だよね……熱中症の人数すごいみたいだし」

 暑さにやられて美形ぶりも少し崩れている隼人にやはり暑さには敵わないのか声からいつもの爽やかさが抜けている紫苑。珠姫も苦笑していた。

「はい、アイスティー淹れましたから、これで少しは元気出して下さい。あ、みずたまちゃんと隼人さんはシロップいりますよね」

 飛鳥が3人にガラスのコップに入ったアイスティーを出し、シロップとストローも出していると、すみませーんという女の子の声が響いた。

「おっと、お客様ですね。はーい、ただいま!」

 飛鳥はそのまま足早に玄関へと向かい、珠姫と同い年ぐらいの女の子と男の子を連れてきた。

「すみません、弟が悩み事あるみたいなんですけど、どうも煮え切らないのでついてきました、姉の白鳥 美優(しらとり みゆ)と申します。ほら、未来、しっかりなさい」

 美優はかなり小柄でほっそりとした女の子だが、弟の未来はといえば、男性の平均よりは身長もありそうだ。はきはきした美優と頼りなさげな未来はあまり姉弟には見えなかった。

「では白鳥……あ、ややこしいですよね。美優さん、未来さん、どうぞおかけください」

 珠姫がそう促すと、美優はすとんと、未来はおずおずといった様子で腰かけた。

「未来さんにお悩みがあるということですよね? どういった内容でしょうか?」

「えと……あの……」

 はっきり言いだせない未来を美優が肘で小突く。

「こ、恋の悩みです!」

 未来は目をぎゅっと瞑って言った。

「好きな方がいらっしゃるんですね?」

 珠姫の言葉に未来は頷く。

「向こうは、俺のことなんて知らないと思います。俺の一目惚れで……栗色のさらっとした感じの髪からは良い匂いがして、涼やかな顔立ちと何より佇まいが綺麗で……接客業やってる人ですけどお客さんに振りまく笑顔も素敵で……」

 未来は顔を赤くして、話す。珠姫はそんな未来を微笑ましいなぁと思って見ていた。

「相手の方のお名前はわかりますか?」

「はい、名前だけは……お店の人にきいたので。百合谷 凛(ゆりたに りん)さんっていうらしいです」

「へぇ、綺麗な名前っすね。俺、お嬢の名前もですけどちょっと中性的にさえ聴こえる響きの名前って好きっすね。女の子女の子してるよりこうしゃきっとした感じが」

 隼人がそう言うと、未来はきょとんとした。

「あの……百合谷さんは女の子じゃありませんよ?」

「へ?」

 珠姫、隼人、紫苑の3人が同時に間抜けな声を出す。

「あの、百合谷さんは……俺と同じ男ですけど」

 しーんという表現が正しい、そんな空気が事務所に流れた。珠姫はまず隼人に目をやる。隼人は珠姫の視線に気づいたようで、視線を合わせるが、目をパチパチと何度も瞬きをしていて、リアクションに困っているのが伝わってきた。続いて紫苑を見る、紫苑は驚いてはいないものの、溜息をつきそうなアンニュイな表情というべきか、目が半開きの状態になっていた。後ろを振り返って、飛鳥を見た。飛鳥は珠姫と視線がぶつかると、肩をすくませ、苦笑する。最後に八千代を見ると、一番冷静というより普段通りで、手をひらひらとさせてみせる、その様子は「まぁそんなこともあるよね」とでも言っているようだった。

「あの、やっぱり……変ですよね」

「いえ! 人を好きになるのに性別なんて関係ないですよ! ね!?」

 珠姫が必死に言う、隼人と紫苑は同意するように見せかけるも顔がひきつっていた。

「そうですかね……俺、姉貴にカミングアウトするのもだいぶ戸惑ったんで……」

 珠姫は、姉である美優はどう思っているのだろうと彼女に視線を移すと、意外にも普通……というより楽しそうな美優を確認した。

「なーに言ってるのよ! そう! 恋に性別なんて関係ないの!」

 楽しそうに見えたと思った珠姫の感想は間違っていないようだった。美優は活き活きとして語りだす。

「男同士の恋、むしろロマンスじゃない! 可憐な美貌を持つ青年に恋する気弱な男子大学生……姉として心配? 答えはNOよ! むしろバッチコイ!」

「え……美優さん?」

 美優の興奮ぶりに珠姫は目がテンになる。

「……すみません、俺、知らなかったんですけど、姉貴は生粋の腐女子のようでして」

 未来は溜息交じりに言う。珠姫たちは乾いた笑いを浮かべるしかリアクションがとれなかった。

「ま、まぁ事情はわかったよ。未来くんの片想いね……それで、僕たちは何をすれば未来くんの力になれるのかな?」

 紫苑が咳払いをし、冷静さを取り戻したように尋ねる。未来は少し視線を落として、組んだ両手をもじもじと動かした。

「あの……俺、この通り気弱なんで……大それたことはまだ考えてなくて……」

「大それたって何よ未来? もしかして押し倒しちゃうとか!? キャー!」

「姉貴はちょっと黙ってて!」

 未来は顔を真っ赤にしつつ、興奮して立ち上がりそうになった美優をソファに押し付けるように座らせる。

「あの、百合谷さんから、恋人とか好きな人がいるのかいないのか、どういう人がタイプなのかとか訊き出してほしいんです」

「なるほどね、なら僕の情報網を駆使して……」

「ネットとか情報屋とかなら邪道よ!」

 紫苑の言葉を遮ったのはまたもや美優だった。

「未来はね、貴方がたを信頼してここまで来たの。信頼できる貴方たちに直に情報を持ってきてもらいたいのよ」

「あ、はい……この前、新宿のお店の人を助けてるのを見て、その時ここの事務所の名前を言っていたのでインターネットで調べて来たんですけど……」

「その未来の気持ちは汲んであげて!」

 美優の勢いに珠姫たちは顔を見合わせる。

「ということは、私たちで百合谷さんのお店に行って、直接訊き出すのが望ましいということですよね?」

 珠姫の言葉に美優は満足そうに微笑む。

「そう! ちなみに百合谷さんのお店はあっちの世界の人の溜まり場って感じだけど。そこのバーテンやってんのよね?」

 美優の言葉に未来は想い人を思い出しているのか、顔を赤くしながら頷く。

「なーのーで、ここは私、白鳥 美優が百合谷 凛さんに一番訊き出しやすいやり方を提案するわ!」

 美優は拳を握り、力強い声で言う。目はらんらんと輝いており、非常に楽しそうだ。珠姫はそれをきょとんとした表情で見ているが、紫苑はどことなく嫌な予感がするといったような表情で見ていた。

「男性の同性愛者の溜まり場なので、ここは男に行ってもらうしかないわ!」

「はーい、隼人の出番だよー」

「選択権なし!?」

 最速隼人に押し付けようとした紫苑に隼人が反論の意思を伝えるべく睨む。

「まだよ。1人できた男にそんなこと訊かれたら、百合谷さん、その人に狙われてるって思ってしまうでしょ? だーかーら!」

 美優はとうとう立ちあがった。今度は未来も止める様子はなかった。

「貴方と貴方にカップルを装ってもらって、お店にお客として出向き、百合谷さんから情報を訊き出すのよ! そして善は急げよ! 今日決行よ!」

 美優の言葉に珠姫は相変わらずきょとんとしている。隼人は口をあんぐりと開け、紫苑は顔をひきつらせていた。何故なら、美優に“貴方と貴方”と指さされたのが隼人と紫苑だったからである。

「待って、待って美優さん……!」

「待たない。ええと、貴方たち名前は?」

「僕は紫苑でこいつは隼人だけど……とにかく待とう!」

 珍しく、紫苑は立ちあがって声を張って言う。いつも冷静沈着、涼やかな表情のイメージが強い紫苑なので、その様子は事務所メンバーにも新鮮だった。

「カップル装っての提案は、たしかに理屈としてはいいけど、別に僕と隼人って決めなくてもいいと思うなぁ、ほら、飛鳥くんなんてどう!?」

「ちょっ! 紫苑さん! 急に巻き込む気ですか!?」

 紫苑は思い切り飛鳥を指さして言う。巻き込まれそうになった飛鳥はこれまた声を張って抗議する。

「うーん、飛鳥さんねぇ……好青年が強すぎて、イマイチ向いてないのよ」

 美優の言葉に飛鳥は安堵の息を漏らし、胸を撫で下ろす。

「じゃ、じゃあ、みずたまちゃんを男装させるのはどうかな!?」

「……貴方だって見てわかるでしょ? この子、どう見たって男っぽい顔してないじゃないの。しかも、これは隠せないわよ絶対」

「わ! ちょ、美優さん!?」

 美優は珠姫の胸を鷲掴みにして言う。同性とはいえ、思いっきり掴まれている珠姫は困惑の声をあげ、顔を真っ赤に染め上げる。

「あら、ほんっとに大きいわね。あどけない顔してるのに巨乳、いいわねー、たまらんわ」

「美優さん、さすがにやめてあげてください! お嬢が困ってますから!」

 隼人は立ち上がり、遠慮がちに美優の腕を掴んで珠姫から離れさせる。

「よ、よし! じゃあ僕の知り合いにぴったりの、というかガチの両刀がいるからちょっと待ってて!」

 紫苑はかなり慌てたようにそう言うと、携帯電話を取り出し、素早く相手を呼び出す。コール音がする。紫苑にはそれがじれったく感じた。

『はーい! ミステリアスでキュートな情報屋、葵ちゃんでーす!』

「葵! 葵! 助けて! 緊急の依頼!」

『紫苑ちゃん、どうしたのぉ? そんなに慌てて、らしくないよぉ?』

「何でもいいから火弓解決屋事務所まで来て! お願い! ほっぺにキスぐらいならしてあげるから!」

『……ほんとにどうしたの紫苑ちゃん……完璧に混乱してるよぉ? 大丈夫?』

「あーもう! とにかく聞いて!」

 紫苑は美優に提案された内容を葵に伝える。かなり早口で、珠姫にも紫苑がかなり動揺していることが伝わってきた。

『つまりー、俺に隼人ちゃんとカップル装って任務遂行してほしいってこと?』

「そう! お願い! 代金は高めに設定してくれていいから! ついでに隼人なら食べてもいいよ! 僕が許可する!」

「こらー! 紫苑! おまえ何言ってやがる!!」

 紫苑の勝手な提案に隼人が食い下がる。

『うーん、隼人ちゃんは美味しそうだけどぉ……うーんとね……』

「何!? 足りないの!? わかった! 僕のお尻触らせてあげるから! 撫でまわしてもいいから!」

『……すごく魅力的な提案だけどぉ、紫苑ちゃん、とりあえず落ち着きなよぉ、君らしくないからぁ……。あのねぇ、俺今仕事で九州来てるのぉ、だから今から事務所に行くのも無理だしぃ、任務のお手伝いも無理なんだぁ、ごめんねぇ』

「えぇ!? どうして葵はそうタイミング悪いの!?」

『そんなこと言われてもぉ……それに、俺に身体触らせて平気っていうなら隼人ちゃんとカップルのフリぐらいできるでしょー? いいじゃない、隼人ちゃんハンサムだし』

「あ、葵の薄情者―! 高校生の時から僕のこと可愛いって、好みだって言ってきたのは嘘だったんだ! 僕は遊びだったんだね!? 他の男にとられてもかまわないわけだ!?」

『……紫苑ちゃん、ほんとに落ち着きな? ね? キャラ崩れてるよぉ? みずたまちゃんに引かれちゃうよぉ? いいの?』

 葵の指摘に、紫苑はハッとして珠姫を見やる。珠姫はというと、普段通りにしている。とりあえず自分の評価が下がっていないと思える状況に安心して深呼吸する。

『紫苑ちゃんのお願い聴いてあげられなくてごめんねぇ。ちゃんとお土産買ってってあげるからさぁ。お仕事だから、頑張って。あ、じゃあ俺、一仕事しに行くから、またねぇ!』

 通話が切れる。紫苑はげっそりとした表情で美優、未来たちに向き直った。

「……わかりました、やります」

 紫苑は完全に諦めた様子で言った。意気消沈、その言葉がぴったりはまる。

「それでいいのよ! 紫苑さん! 貴方は腐女子ウケするわ!」

 美優のテンションに紫苑はどんどん顔色を悪くする。もとから華奢で細いが、更にげっそりとした印象を抱かせそうな勢いだった。美優は紫苑の横に回り込む。

「ほれ!」

「わぁっ!」

「うわ!」

 紫苑は美優に押されぽーんと飛ばされる。飛ばされた先には隼人がおり、とっさに紫苑を受け止めた。

「っていうかさっきから隼人さんと紫苑さんのカップリングに萌えてたのよねー! うんうん、隼人さんが攻めで紫苑さんが受けね!」

 隼人は言われている内容がわからないようで首を傾げている。紫苑は顔を覆い、勘弁してくれと言いたげだった。

「はい、じゃあこれが百合谷さんのお店の名刺! 行ってらっしゃーい!」

 美優はテンション高く指令を出す。紫苑は隼人に支えられながらよろよろと立ち上がる。

「ほれ、これ持って行きな」

 八千代が机から小型の通信機を出す。以前も紫苑が珠姫や隼人と連絡を取る為に使っていた代物だ。

「はぁ、紫苑がなんか調子悪いから、今日は隼人がイヤホンはつけときなさい。2人とも、仕事だから。頼んだわよ」

 八千代に言われ、隼人は通信機を受け取り、紫苑の背中を押す。2人は共に事務所を後にした。

 

 

 夜の新宿。どことなく色めきだった風景に紫苑はどんどん俯き気味になって歩く。しかも目的地は新宿2丁目。紫苑にとっては異空間に行くような気持ちだった。

「おまえ、しっかりしろよ。仕事だろ?」

「……わかってるよ」

 紫苑は不貞腐れたように返事をした。

『隼人さん』

 イヤホンから珠姫の声がする。隼人は大好きな珠姫の声に反射的に嬉しそうな表情を浮かべる。

『ええと、美優さんからの指令で……紫苑さんの腰抱いて下さいだそうです』

「腰っすか? はい」

 隼人はさして抵抗もなく、珠姫から言われたとおりに、紫苑の腰に腕を回した。

「ちょっ! 隼人何す……!」

「あ? お嬢……というか美優さんからの指令。っつーかおまえほんっとほっせーな。ちゃんと食ってる?」

「うるさいな! こういう体質なんだよ! なんなんだよ、平然とした顔して……」

 紫苑は隼人にそう言った後も俯いて、ぶつぶつと何かを言っていた。隼人はというと、特に気にせず、紫苑の腰を抱いたまま、普通に歩いていた。

「なーんか、視線感じるなー」

「……君が忌々しいぐらいかっこいいからでしょ、どうせ」

「だーから、おまえだって嫌味ったらしい顔しなければ可愛いって」

「可愛いって言うな!」

 紫苑がそう叫ぶと、隼人のイヤホンから悲鳴……というより歓声が聴こえた。

「お嬢? どうしました?」

『あ、すみません。美優さんが萌えって叫んでます、2人ともグッジョブだそうですよ』

「グッジョブなら良かったです」

 珠姫の言葉に何の含みもなく、素直に褒められたと受け取ったように言う隼人を横目で見て、紫苑は右手で溜息をつきながら顔をおさえた。

「どした、疲れたか? んー、やっぱり見られてんなぁ、手振ってくる奴もいるけど、この辺ってフレンドリーな奴が多いのか?」

「……ねぇ、隼人」

「なんだ?」

「……君、いろいろ疎いとは思うんだ。別に馬鹿でも人生やっていけるとは思うし、僕みたいに情報収集が必要ってわけじゃなければ疎くてもいいと思うんだけど」

「何が言いたいんだよ?」

「……あんまり鈍感がすぎると、アブナイめに遭うから気をつけな? 君、男だけど見目が無駄にいいから、変な奴に押し倒されたりしないようにね?」

 紫苑の言葉に隼人は難しい顔をして首を傾げた。心底わからないようである。紫苑は溜息をまた落とすと、目線を上にあげた。

「あ、ここか、百合谷さんのお店」

「じゃ、入るか」

『隼人さん、紫苑さん』

 珠姫の声がし、隼人はイヤホンに集中する。

『美優さんから指令です。今まで腰抱いて歩いてるだけだっただろうけど、ちゃんと恋人っぽくするのよ! だ、そうです』

「こ、恋人……」

 隼人もさすがに表情を崩す。

「それは、お嬢命令と受け取ってよろしいですか?」

『そうですね……未来さんの依頼解決のためです、隼人さん、お願いします!』

「わかりました! 風野 隼人、お嬢の命令とあらば何でもします! 紫苑にゾッコン恋したつもりで頑張ります!」

 紫苑は心の中でやめろー! と絶叫したが、無意味だった。

「ほら、そんな顔しないで下さい。行きますよ」

 紫苑は背中にゾゾゾーッと何かが這い上がるようなものを感じた。隼人が大切なものでも見るような優しい目で自分を見てきたからだ。しかも声までもが優しい。

「は、隼人、君、役者なんだねぇ、知らなかったよ……っていうか何で敬語キャラになったの?」

「うるさいぞ、性悪キツネ男、俺は今からおまえをお嬢だと思って接するんだからな? お嬢のようにふるまえよ?」

 隼人は非常に優しい笑顔に優しい声だが、何故か言う内容だけは普段の紫苑に対するものだった。

「お嬢には俺は敬語だから、敬語で話す。よろしいですね?」

 紫苑は深呼吸をして、意を決したような表情を浮かべて、ドアを開けて隼人と共に店に入って行った。

 

 

「はーい、いらっしゃーい」

 店に入ると、飛鳥ぐらいの身長の高い男性が高い声を出して出迎える。格好は普通だが、仕草がくねくねとしていて、普通ではない雰囲気を出していた。紫苑は思わず顔をひきつらせる。

「あら、イイ男ねー、私の好きな俳優に超似てるわー、モーションかけちゃおうかしら!」

「あはは、ありがとうございます。でも俺にはこの人がいるんで」

 隼人は微妙に離れようとしていた紫苑を抱き寄せる。紫苑は心の中で、ぎゃーと叫んだが、何とか顔には出さないように頑張っていた。また、隼人も手がじとっとしており、平然としているように見えるが結構必死なのが伝わってきた。

「あら、羨ましい。やだ、でもたしかにかわいこちゃん。じゃあカウンターがいいかしらね?」

「はい、お願いします」

 男性に案内され、2人はバーカウンターに座らされる。紫苑は呼吸を整えながら周りを見渡した。外から見た印象より、店内は広く、落ち着いた雰囲気だった。奥には、接客用のソファがいくつもあるフロアがあり、いるのは男性ばかりだが、談笑して盛り上がっている。オネエ言葉の男性の声などがするが、予想していたものよりはいかがわしさなどは全くなく、少し安心した。

「凛ちゃん、あとはお願いね」

 男性はそう言うと、フロアの方へとまたくねくねした歩き方で戻って行った。すると、ひょいっといった様子で、カウンターの向こうにいきなり1人の青年が現れた。

「あ、驚かせてしまいましたか? すみません、ちょっと下の棚に入れていたものを取り出していたので……」

 青年はにっこりと微笑む。紫苑と同じく中性的ではあるが、決して女性と間違うほどではない。男性だとわかるのに、その笑顔からはマイナスイオンを感じられるのではないかと思うほどの癒しの笑顔だった。

「えっと……凛さんっていうの?」

「はい、俺は百合谷 凛といいます。こんな格好ですけどまぁ所謂バーテンですよ」

 凛は若草色の浴衣を身にまとっていた。さらっとした栗色の髪、隼人と並びそうな白い肌の儚げな雰囲気にその格好は非常に似合っていた。

「では、何をおつくりしましょうか?」

「アルコール弱いのでおまかせしてもいいかな?」

「あ、俺、甘いので」

 2人の言葉に返事をすると、凛は手早くカクテルをつくりだした。

「俺の勝手なイメージですけど……貴方にはスプモーニを。ちょっと女性向けっぽいですけど、甘いですから、どうぞ。で、貴方には照葉樹林。なんか落ち着いたイメージがあったので、アルコールはもちろん弱めですから、どうぞ」

 隼人の前に、サーモンピンクのカクテルが、紫苑の前には玉露のお茶のようなカクテルが置かれた。2人とも、カクテルにあまり詳しくないので少し物珍しそうに口に含む。

「わ、甘い、でもグレープフルーツかな? なんか爽やかで美味しいっすね」

「へぇ……お酒だっていうの忘れちゃいそう。なんかまったりしちゃうな」

 凛は満足そうに微笑む。隼人は何となく珠姫と飛鳥を足して2で割ったような人だなという印象を抱いた。

「お2人は恋人同士?」

「べ、べつに!」

「何言ってるんですか、恥ずかしがらないでくださいよ」

 隼人は優しい声を出しながら、紫苑の耳元に口を寄せる。

「おい、おまえ仕事だっつってんだろうが、そしてお嬢っぽくしろ、お嬢はもっと素直な方なんだから、そんなツンツンしてない」

「だって……」

「前、俺がお嬢とデートの依頼受けた時は、俺に仕事だ仕事だって言ってたくせに、なんなんだ? あー?」

 紫苑は何で隼人はこんなに優しい笑顔と声でこんな口がきけるのだろうと変なところで冷静に疑問を浮かべながらも渋々頷く。隼人はそれを確認すると離れた。

「お2人は付き合って長いんですか?」

「あ、いえ、俺たち出会ったのも今年に入ってなんです」

「そうなんですか。もう好きーって感じですか?」

「ええ、好きですよ」

――そりゃあ隼人はみずたまちゃん大好きだから。僕をみずたまちゃんに変換してるんだろうけど

「俺、馬鹿なんで頭良くて物知りなの尊敬しますよ、いつも冷静だし、ツンツンしてて意地の悪い感じするのになんだかんだいって優しいんすよね、すっげぇ信頼してますよ」

 紫苑は隼人の言葉に照葉樹林をグラスの中でだが吹き出してしまう。そして、しばらくむせていた。

「あはは、顔真っ赤にしちゃってますよ、照れちゃってるんですねー」

 凛にからかわれるように笑顔を向けられ、紫苑は完全に思考が停止していた。

「凛さんってどういう方が好きなんですか?」

「俺は、男らしい人がいいなー、ぐいぐい引っ張ってくれるぐらいの人がいい。今流行りの草食系男子とかは嫌だなぁ」

 凛がそう言うと、隼人のイヤホンにガタッという物音がした。

『わー! 未来さん、貧血ですか!?』

『未来、たかがタイプの話じゃないの! しっかりなさい!』

――ああ、未来くん、タイプからそれててショック受けてるんだなぁ

 隼人は事務所での光景を想像し、苦笑してしまう。

「好きな人とか恋人とかいないんすか?」

「えー? そんなの訊いてどうするつもりですかー?」

 凛は少し意地悪そうな笑みを浮かべる。

「いいじゃないですかー、教えて下さいよー」

「んー、そうだなぁ、俺、ラブラブーな光景見ちゃうと恋愛話盛り上がっちゃう方だからなー」

 凛がそう言いながら、隼人と紫苑の顔を交互に見やる。

「ここでキスしてくれたら教えてあげてもいいですよー」

 凛の提案にさすがに隼人も固まった。

「キ、キ、キス!? ここで!? 紫苑と!?」

「もちろん、お相手さんと。あ、ほっぺやおでこにチューは認めないですよ? ちゃーんとマウストゥマウスじゃないとだめですよー?」

 隼人が眉間に皺を寄せて、紫苑の方に身体の向きを変える。紫苑はというと、物凄い勢いで首を横に振っていた。

「しないんだったら教えられないなぁー」

 凛は頬杖をついて、明らかに楽しんで2人の様子を見ていた。

「紫苑……」

 隼人が紫苑の両肩に手を置き、じっと紫苑の目を見る。

「隼人?」

 隼人は頷くような動作をすると、紫苑に顔を近づけてきた。

「わ、わ、わ!」

 紫苑は咄嗟に隼人の顔を抑える。

「ねぇ、隼人、本気で何考えてんの君!? 僕たち男同士なんだよ? っていうか本当無理、本気でやめて? ねぇ」

「うっせぇな、仕事だよ仕事! 俺だって誰が好き好んでするかボケ! 依頼解決の為だ! っつーかお嬢の為だ! とっとと覚悟決めやがれこの性悪キツネ男!」

 あくまで小声でやりとりをする2人。紫苑はちらりと凛を見るが、凛は依然として楽しそうな表情を崩していない。

「紫苑……いいな?」

 隼人は自分の顔を抑えていた紫苑の手を掴みどける。

「隼人、お願い、お願いだから、やめて……」

 紫苑は悲壮な声で懇願し、涙目で首を横に振る。

「○β×※△☆@Σ!!?」

 隼人は紫苑の両頬を包み、目を閉じて口づけた。紫苑は目をこれでもかというほど見開いて完璧に硬直していた。隼人が離れるまで、実際はほんの少しの時間だったが、紫苑にはやたら長く感じられる時間だった。

「ふふ、恋人も好きな人もいないですよ。それに好みも曖昧、本当は好きになった人が好みっていうタイプですから、俺」

 凛の言葉が遠くに聴こえた紫苑だった。

 

 

「おーつかれさまでしたー! ふふ、情報収集もできたし、何より萌え萌えだわー、私、三次元でも萌えるわぁ、ほら、未来。次は告白よ! 頑張るのよ!」

 美優は大変満足そうに満開の笑顔を浮かべると、八千代に謝礼を出し、ぼんやりとしたままの未来を引きずって火弓解決屋事務所を後にした。

「紫苑さん、あの、大丈夫ですか?」

 珠姫は定位置に座りながらも、膝を抱えて顔をその膝にくっつけている紫苑におずおずと声をかける。紫苑の周りには完璧に落ち込みのオーラが漂っていた。

「あの、隼人さん、紫苑さんは……」

「こいつ、ずっとこうです。もう帰ってくるの大変でしたよ……俺もどうすればいいか」

 隼人はというと、大して気落ちもしたようでもなく、ただ紫苑を背負って帰ってきたので疲れている様子だった。

「もう……僕……お婿に行けない……」

「って行く気なんですか? お嫁さん貰うんじゃなくて」

 飛鳥が苦笑気味にツッコむも紫苑はぶつぶつと何か言っているだけで明確な反応は返さなかった。

「まーったく、キスの1つや2つで何そこまで落ち込んでんのよ! 童貞じゃあるまいし!」

 八千代が豪快にそう言ってのけると、紫苑のぶつぶつは止まった。だが、更にずーんとした空気が充満したようだった。

「何その反応!? まさかのガチチェリーですか!?」

 八千代の大きなリアクションにも紫苑は顔をあげない。すると、思い出したように隼人が「あ」と言う。

「俺もキス初めてでした」

「え? あんた……28よね?」

「はい」

28でファーストキスってどんだけよ!? しかもあんたその顔で!」

 世界の終わりのように落ち込んでいる紫苑に珍しくリアクションの大きい八千代。飛鳥はなんだか今日は珍しいことが起きるなぁと思いながら見ていた。

「紫苑、いい加減立ち直れよ。相手俺なんだから、男同士だろ? 数に入れなきゃいい。俺もカウントしない」

「男同士でもキスはキスだよ……僕だって初めてだったのに……やめてって言ったのに」

 紫苑はさめざめと泣き出した。

「隼人はその気にならなくてキスしたことないだけでしょ? どうせ僕なんか非モテだよ、それで28までキスしたことなかったんだよ、あげくファーストキスが美形は美形でも男だよ……もうヤダ……」

「紫苑さん、そんなことないですよ、紫苑さんだって充分魅力的ですよ、素敵な男性ですよ。非モテっていうなら、私だって21ですけどキスしたことないですよ?」

 珠姫がしゃがんで、ソファの上で体育座りをしている紫苑を見上げて優しく話しかけた。紫苑がやっと顔をあげた……と思った瞬間、珠姫を強引に抱き寄せた。

「みずたまちゃん、僕が可哀想って思うなら消毒して」

「消毒って?」

「僕とキスして」

「ふぇっ!? や、ま、落ち着きましょう紫苑さん! 私ですよ!? もっと、素敵な女性見つけてください、その時に本当のファーストキスを……」

「嫌だ、今すぐみずたまちゃんとキスしたい。むしろその先までお願いしま……」

 紫苑が珠姫を自分の腕の中に閉じ込め、問答無用で迫っていると、その明晰な頭脳を思い切り叩くパコンという音が響く。

「紫苑、いい加減落ち着け。私は自分の事務所でセクハラを見逃すわけにはいかないのよ」

 辞書で紫苑の後頭部を叩いたのは八千代だった。

「そうだぞ! 落ち着けよ! どさくさに紛れてお嬢に不埒なことしようとしやがって! お、俺だってできるものならお嬢に消毒してほしいぐらいだよ!」

 紫苑の珠姫を拘束する腕が緩まったところで、隼人が珠姫を救出する。

「うぅ、どうせみずたまちゃんも僕とするより断然隼人としたいって思ってるんだ……どうせ僕なんか、僕なんか……」

「うーわー、うぜー」

 八千代が辞書で自分の肩をぽんぽんと叩きながら盛大に溜息をつき、飛鳥が呆れた表情を浮かべる。ちなみにうぜーの発言は八千代と飛鳥のユニゾンである。一方、珠姫はというと困惑した様子で隼人と紫苑をちらちらと見る。

「はぁ……今回は何も手伝えず申し訳なかったです……消毒になるか微妙ですけど……」

 珠姫はそう言いながら、紫苑にチュッと、戻ってきて隼人にもチュッと可愛らしい音をたてて、頬にキスをした。

「これで、機嫌直して下さい……」

 珠姫は顔を真っ赤にして俯きながら言う。隼人と紫苑はキスされた頬に手を添え、恋する乙女のように頬をほんのり紅く染めた。

――ほっぺたとはいえ、お嬢に、お嬢にキスしてもらっちゃった!

――みずたまちゃんの……柔らかいんだなぁ……

 隼人と紫苑は完璧に頬を緩ませ、デレデレした表情を浮かべていた。事務所に蔓延していた――主に紫苑がまき散らしていた――じめじめ空気も晴れ渡り、八千代と飛鳥は目を見合わせてやれやれといったように笑った。

「まーったく、イイ年こいて、こと恋愛に関してはお子様なんだから」

「いいじゃないですか、可愛らしくて」

 夜遅くだが灯りのついた火弓解決屋事務所。きゃいきゃいと賑やかな事務所メンバーの声がしていた。

 

 

「ゆ、百合谷 凛さん! 俺、白鳥 未来っていいます! 貴方が好きです! 俺、一生懸命貴方の好みになれるよう頑張ります! 俺と付き合って下さい!」

 翌日、未来は凛が勤めている店の前で思い切って凛に告白した。

「よし、言えたわ!」

「未来くん、頑張って! 僕の犠牲を無駄にしないで!」

「犠牲って……俺だって被害者だぞ……」

 美優から連絡を受け、珠姫、隼人、紫苑の3人は未来の告白を見守ることにし、ついてきている。電信柱の後ろに4人も顔を出しているという非常にシュールな光景かつ凛と未来には見えていないようだが、他の人には丸見えで、なんだこいつらという視線を投げられていた。

「んー、未来くん、俺君のこと知らないし、付き合うっていうのは難しいなぁ」

 凛の言葉に未来が、そして電信柱で見守るメンバーががっくり項垂れる。

「だからさ、友達からはじめようよ。お互い、よく知ろう」

「それって……」

「お互いよく知ったうえで付き合うか決めたいの。君、真面目そうだし、俺も遊びで応えたくないから。まずは連絡先教えて?」

 凛が携帯を出して未来に微笑みかける。未来は、告白が成就したわけではないが、希望の光がさしたことに嬉しそうに笑う。

「ふぅ、恋人にはなれなかったけど、まずは第一歩だね、大きな前進だ」

「よかったっすね。やっぱり想い、伝えて正解でしたね」

「未来さん、これから頑張って!」

 珠姫たちはガッツポーズをして、喜ぶ。美優はそんな3人をにやにやと見つめる。

「隼人さんと紫苑さんは男に目覚めたりしないの? 昨日のあっつーいキスで!」

「……やめてよ、トラウマなんだから」

「男に興味はない、というか1人以外に興味はない」

 隼人と紫苑は二日酔いにでもなったかのような表情で細い声でそう言った。

「ま、いつまでも片思いしてないで、しっかり言いなさいよ、自分の気持ち」

 美優の言葉に隼人と紫苑は顔を見合わせてから、珠姫を見る。珠姫はそんな2人の視線に何でしょうといったように微笑む。

「これはこれで面白いか。ふふ、腐女子はねー、べつにノーマルも美味しく頂けるのよ?」

 美優がそう言いながら弟へ視線をやる。未来は、凛に手を振り、連絡先を交換した携帯を大切そうに胸に抱いていた。

「恋せよ乙女、青年たちって感じね。今日もありがとう解決屋のみなさん! じゃあ私は未来と帰るわ! またね!」

 美優は元気な笑顔でそう言うと、手を振って未来に駆け寄った。

「未来さんのこれからはどうなるか全く未知数ですが、今回も任務完了、依頼解決ですね!」

「そうっすね! 未来くんもなんだか嬉しそうでしたし、頑張った甲斐ありです」

 すると、ブーブーというバイブ音がし、紫苑が携帯を取り出し、通話ボタンを押す。

「はい、紫苑です」

『お疲れ、解決屋トリオ。また新たな依頼よ、というわけで暑いなかだけど早く事務所に戻ってきなさーい! 以上!』

 八千代はそれだけ言うと、電話を切った。紫苑は昨日の取り乱した紫苑とは別人のいつも通りの涼やかな表情を浮かべて2人を見る。

「さて、今日も悩める依頼主様のお悩み解決、頑張ろうか」

「はいっ!」

「よっしゃ!」

 夏の暑さにも負けず、珠姫、隼人、紫苑の3人は清々しい気分で走り出した。

 

 

火弓解決屋事務所。今日も依頼主の悩みを解決する為に奔走します。