7話『日常はいつもデッドヒート』

 

 

 

「なぁ! ここって、悩み何でも解決してくれるんだろ!?」

 9月に入ったばかり、しかしまだまだ暑い夕方、火弓解決屋事務所の玄関のドアを勢い良く開けて入ってきた制服姿の少年は威勢の良い声でそう言った。

 突如現れた少年に、みずたまこと湖 珠姫、体力担当の美形の風野 隼人、頭脳担当の中性的な木原 紫苑、秘書の長身な好青年の土井 飛鳥、勝気な美人所長の火弓 八千代はぽかんとした表情を浮かべていた。

「では……依頼主様ということですよね……?」

 最初に対応したのは飛鳥だった。いつもの笑顔は戸惑いの表情になっていたが、飛鳥らしく優しく少年に尋ねた。少年は頷く。

「ああ、解決を依頼したい」

 少年はあどけなさを残しているものの、声は甲高さもなく、聴きとりやすい隼人や紫苑や飛鳥と同じぐらい綺麗な声質だった。また背も飛鳥よりは低いが長身で、何より美形と言って良かった。茶色がかったサラサラした髪に隼人ほどではないが色は白めで、スラッとした身体つき。顔立ちは目元が涼やかなキリッとした顔立ちだった。少女漫画に出てきそうな美少年と言える。

「では、こちらにどうぞ」

 飛鳥はすっかりいつものような笑顔を浮かべると、お客様用のソファーを勧めた。珠姫、隼人、紫苑もきちんと座り、応対の姿勢となった。

「えっと……お名前と、依頼内容をお伺いしてもいいですか?」

「俺は飯塚 宏人(いいづか ひろと)、宏人って呼んでくれりゃあいい……解決してもらいたいのは」

 珠姫に尋ねられた宏人は、名前は威勢良く答えたが、依頼内容を言うのに少し恥ずかしそうに俯いた。だが、勇気を振り絞ったように頷いて、珠姫たちの前に1枚の写真を出した。

「こいつを俺に惚れさせてくれ!」

 その写真には1人の女の子が映っていた。

 

 

「ねぇ、4組の飯塚くんってかっこいいよね」

「ああ、そりゃ学校一のイケメンだもの。でもあいつ狙うのはやめときなよ」

「そりゃ……まぁね……中学の頃から噂にはきいてたけど……」

 宏人の噂をしていた女子生徒たちが深く溜息をついた。

「ほら、またはじまったよ」

 バタバタとかなり激しい足音が迫って来る。

「いい加減にしろよ宏人! 毎日毎日しつこいんだよ!」

 廊下をかなりの速さで走りながら、スカートも長いままの真面目にセーラー服を着て、黒いフレームの眼鏡におさげ髪と絵に描いたような文学少女といった女子生徒が叫ぶように言う。

「おまえこそいい加減に俺と付き合えよ!」

 後続に宏人がこれまた大声を出しながら少女に向かって叫ぶ。お互いに息を切らしながら、教室1個分離れた位置で睨みあう。

「ボクはおまえと付き合う気なんてないんだよ! 何度言えばわかるんだよ!」

「5年以上追いかけてる俺の身にもなれ!」

「そんだけ追っかけられてるボクの身にもなれよ!」

 いかにも文学少女な人物は、おとなしそうな外見に似合わず、可愛らしい声だが、男言葉でしかもかなり通る声の持ち主だった。

「俺の何が不満なんだよ! 容姿だって勉強だって運動だって男らしさにだって自信あるぞ!」

「何もかもが不満だ! パーフェクト男を自負するならちゃんとお似合いな可愛い女の子とでも付き合えよ!」

「俺は平原 美鈴(ひらはら みすず)にしか興味ないんだよ!」

「迷惑だ!」

 美鈴は一段と大きな声で叫んだ。

「いい加減にしてくれ。ボクは迷惑なんだ。これ以上ボクにつきまとわないでくれ」

 美鈴は声のトーンを落として、真面目な様子でそう言うと、宏人に背を向けて、歩き出した。宏人は美鈴を追いかけることができず、その後ろ姿を見つめているだけだった。

 

 

「平原 美鈴さん。同じ高校の違うクラスにいる女の子で、小学生の時から一緒、ってことだね?」

 紫苑が宏人に確認するように言うと、宏人は頷いた。

「ああ、小学4年生の時のクラスメートで……それからずっと同じ学校」

「小学4年の時から、その……追っかけてるわけだね?」

 宏人は少し恥ずかしそうに顔を赤らめて、頷いた。

「相当好きなんだねぇ……」

「ああ、世界で1番好きだ」

 宏人は顔を赤くしながらもはっきりとそう言った。その言葉に珠姫や隼人は微笑む。

「じゃあ、宏人クンの望みはこの平原さんと両想いになることか」

 隼人の言葉に宏人は何度も首を縦に振った。黙っていればクールそうな美少年なのに、その動作はやたらに純朴で子供っぽかった。

「まぁ、こればかりは実際は難しいと思うけどね……」

 紫苑が苦笑気味に言う。

「人の気持ちを動かせるほど僕らも凄い能力があるわけじゃないし……ずっと追いかけてるのに振り向いてもらえてないっていう事実があるわけだし……」

 紫苑のもっともな指摘に宏人は俯く。

「わかってる……わかってるけど、どうしても好きなんだ。俺1人じゃだめっていうのもわかってるから……お願いにきた」

 宏人の言葉に珠姫たちはお互いの顔を見合わせて頷き合う。

「宏人さん。私たちにできることは限られてると思いますけど、貴方の想いが成就できるようできる限りのことはさせて頂きます。ただ、確約はできないのでご了承頂けますか?」

 珠姫の言葉に宏人は目を見てしっかりと頷いた。

「よし、じゃあ依頼受理だね」

 話を聴いていた八千代が立ち上がる。

「では宏人様。うちの湖 珠姫、風野 隼人、木原 紫苑の3名が依頼解決の為に尽力致します。我が解決屋では依頼主様の満足いく結果が得られましたら報酬を後払いで頂いていますので、ご安心下さい」

 八千代は珠姫たちを指して紹介するように言いながら説明する。宏人は了承するように頼んだと短く言うと、頭を下げて、事務所を後にした。

「依頼受けちゃったけど難しそうな内容だねぇ」

 八千代は頭の後ろで手を組んで、少し気の抜けたような声でそう言った。

「人の気持ちなんてそう簡単に動かせないし」

 紫苑は頬杖をついて溜息交じりに言う。

「たしかにねー、動かせてたら紫苑はそんなに苦労してないもんねー」

 八千代がからかうようにそう言うと、紫苑は顔を赤くさせた。それを不思議そうに珠姫が覗きこみ、紫苑は更に顔を真っ赤にさせる。

「紫苑さん、大丈夫ですか? ゆでだこみたいになってますよ?」

「だ、大丈夫、大丈夫だよ、みずたまちゃん。あ、そんなに顔近いと僕、あのほら」

 珠姫が心配そうに熱を測るように顔を近づける。紫苑は硬直して、湯気が出そうなほどの真っ赤な顔で慌てていた。

「お嬢、こいつの熱なら俺が測りますよ」

 助け舟を出すかのように隼人が紫苑の額に手をのせる。

「なんなんだよ駄犬! いきなり出てきて!」

 紫苑は子供っぽくむくれていた。

「なんで怒る? 俺は良かれと思って……」

「それはそれでピンチもおいしくいただける的な……」

「紫苑……おまえ言ってることよくわからねぇ」

「汲み取れよ馬鹿!」

「なんだと!?」

「2人とも何でいがみ合ってるかわからないですけどやめてください!」

 珠姫が困惑しながら隼人と紫苑の間に割って入る。日常茶飯事の光景だった。

「ま、そういうわけだから隼人も紫苑ももどかしい片想いの気持ちはわかってあげられるでしょ?」

 八千代がそう言うと、紫苑は顔を赤くしたまま俯き、隼人は苦笑する。

「では頑張ってあげないとですね。隼人さんも紫苑さんも好きな女の子に振り向いてもらえたら嬉しいっていう気持ちもすごくわかるでしょうからね」

 飛鳥の言葉に隼人ま素直に、紫苑は照れたように頷く。八千代もその様子に笑っている。珠姫だけがよくわからないというような表情をしていた。

「とりあえず、引き受けたからにはやらないとね。まずは平原さんのことを調べないとだめかな」

 紫苑が咳払いをして座り直し、愛用の薄型のノートパソコンを取り出す。珠姫と隼人も定位置に座った。

「あの様子からすれば宏人くんに訊けば大抵のことはわかるだろうけど」

 紫苑がパソコンに美鈴の年齢や学校名、クラスや部活など宏人から聞いた情報を打ち込む。

「性格や思考パターンまではともかく、実際に平原さんが宏人くんをどう思ってるかが肝心になるからね」

 紫苑がパソコンを操作しながら、珠姫に目線を合わせる。

「みずたまちゃん、ちょっとやってほしいことがあるんだけど……制服着て学校に生徒に変装しての潜入は、頼めるかなぁ……?」

 紫苑は遠慮がちに珠姫に尋ねた。

「はい、今はまだ大学は夏休みですし、大丈夫ですよ」

 笑顔で応える珠姫に紫苑は安堵したように息をつく。前回、潜入の話で珠姫の童顔というコンプレックスを刺激してしまい、あげく日が落ちていた為、嵐女に豹変されそうになるという冷や汗な経験から、紫苑は遠慮がちに頼んだのであった。

「じゃあみずたまちゃんのサイズで制服仕入れるから」

 紫苑がまたパソコンを操作した時に、隼人が怪訝そうな表情を浮かべた。それに珠姫が気付く。

「隼人さん、どうしました?」

「いや……おい、紫苑。おまえ、なんでお嬢のサイズ知ってるんだ?」

 隼人の言葉に紫苑の手が止まる。表情も強張っていた。

「え、あ、ほら。標準的なサイズだよ」

 珠姫が失礼しますと言いながらパソコンの画面を覗く。

「身長とスリーサイズ……合ってますね……」

 珠姫までも怪訝そうな様子で言う。外は暑いとはいえ、事務所内は涼しいというのに紫苑は汗をかいていた。

「合ってるんだ、僕の勘も大したもの……」

「紫苑さん、正直に言って下さい」

「……葵から……聞いた」

「それは、何となく聞いたんですか、それとも、取引しましたか?」

 紫苑は珠姫の顔が見てられなくなり、両手で顔を覆った。

「みずたまちゃん、ごめん、軽蔑しないで……」

 紫苑のらしくない様子に珠姫は溜息と漏らして、苦笑気味に微笑んだ。

「もう、そんなこと私に直接訊いてくれれば普通に教えますから」

 2人の様子に隼人も笑う。

「ちゃんと意思疎通するって意外と難しいっすね。宏人クンもそんな感じなのかな」

「そうですね。平原さんがどう考えてるかは宏人さんは全くわかってなさそうですから。私が責任を持って、聞き出せるように頑張りますよ!」

 珠姫は隼人を振り返り、ふっくらした手で握り拳をつくってまかせてくださいといったような表情で笑ってみせた。

 

 

 日も高い正午を過ぎた頃、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴る。賑やかな声が校舎や校庭にする。

「平原さんは5組のはずなんだけどなぁ……」

 セーラー服を着た真面目そうな女子高生にしか見えない見事に紛れこんでいる本当は大学3年生の珠姫は廊下から15組の教室を覗き込んだ後、首を傾げながら呟いた。

「誰かお探しですか?」

 教室前でぼんやりしている様子の珠姫に同じような真面目そうな女子生徒が声をかけてくる。

「あ、はい。平原 美鈴さんを探してるんですけど」

「平原さんは、昼休みは教室にはいないですね」

「学食とかですかね?」

 珠姫がそう尋ねると女子生徒はうーんと言った。

「学食にはいないと思います。賑やかなところにはいないというか……平原さん、ご存じだとは思いますけど、4組の飯塚くんから逃げてるから自由時間は極力目立たないところにいるみたいで……」

 女子生徒は苦笑気味にそう言った。

1人でいるんですか?」

「そうですね……浮いてるって感じでもないですし、みんなに嫌われてるとか全然ないんですよ。話してみればわりと面白い子ですし、正直に言えば人気者になれそうな子だと思います……でも、飯塚くんのことでだいぶ塞ぎこむことが多いみたいで……」

 女子生徒はクラスメイトらしき他の女子生徒に呼ばれ、珠姫に軽く頭を下げると教室に入って行った。

1人になれそうなところにいるのかな……」

 珠姫はそう呟きながら、人気のなさそうな場所を探すことにした。

 

 

 外はやはり8月ほどではないものの暑い。珠姫は緑の芝生に覆われた中庭には人気は全くなかった。大きな木の陰になっている場所にちょこんとセーラー服におさげ髪の女の子が座っていて、おにぎりを1人寂しく食べていた。木陰は比較的涼しく感じられた。

「平原さん……?」

 珠姫がそう声掛けると、女の子……美鈴はゆっくりと振り返った。

「どちら様?」

「あ、2年生の湖 珠姫です」

 珠姫はとっさにそう答えた。実際二十歳超えて女子高生に扮装しているので年上に見えるだろうという判断でのことだったが、客観的に見れば、本当に高校1年生の美鈴と珠姫は同い年ぐらいにしか見えなかった。

「すみません、あの平原さんとお話してみたいなって探しちゃいました」

 珠姫は美鈴の隣にゆっくり腰を降ろす。

「何でボクなんかと話したいって?」

「えっと……いつも男の子と激しい追っかけあいっこしてるから……どんな子なのかなぁって」

 珠姫がそう言うと、美鈴は俯く。

「ああ、宏人の奴との……やっぱり、目立ちますよね、毎日のようにあんなことしてたら」

「宏人さんのことは嫌いなんですか?」

「何でそう思います?」

「いや、あんなにかっこいい子に熱烈に好きだって言われてるのにずっと逃げてるみたいだから……」

 珠姫がそう言うと、美鈴は手にしていたおにぎりを一気に押し込めるように食べた。頬がぱんぱんに膨らんで、リスのような様子に珠姫は笑いそうになるが、ぐっと我慢した。おにぎりを飲み込んだ美鈴は不機嫌そうに胸元に垂れてきたおさげ髪を背中へと跳ね飛ばすように移動させた。

「もちろん嫌いです。だから好きだ好きだ言われるのもすごい迷惑してます」

「どういうところが嫌いですか?」

 珠姫がそう尋ねると、美鈴は珠姫をちらりと見やり、空を見上げた。

「ボクを好きなところが嫌いです」

「え……?」

 美鈴は遠い目をしていた。

「宏人は……見た目もすごくかっこいいです。小学生の時から断トツでかっこよかったです。昔から背も高くて。運動神経も良くて、頭もすごく良いんです。ずっと学年1位で。高校だってもっと難しいところに簡単に行ける奴なんです。なのにボクのこと追っかけてここまで来て……」

「ここの高校だってそんなにレベルは低くないじゃないですか」

「そうですけど、あいつは模試でも本当に上位にいて。ボクなんかせいぜい学校内で普通よりちょっと成績が良いぐらいだからレベル全然違うんですよ」

 美鈴は珠姫と会話はしているが、心ここにあらずといったような表情だった。

「そんな奴だから当然モテます。小学生の時から学校一モテました。そんな奴がボクを好きなんですよ、意味がわからない」

「意味わからなくないですよ。平原さんがいいなって思ったってことで……」

「あんなかっこいい奴に好きだって言われるのって羨ましいとか恵まれてるって思いますか?」

 美鈴は視線を珠姫と合わせる。急に質問をされた珠姫は意表をつかれ、黙ってその目を見返していた。

「小学生の時、はじめてあいつに好きだって言われました。まだ10歳だったし、恋愛のこととかさっぱりわからなくて。でもあいつもそうなんでしょうね。まだ付き合ってくれとかそういう具体的なことは言われなかったです」

「ただ、気持ちを告げられたってことですか?」

 珠姫の言葉に美鈴は頷く。

「宏人のことは口げんかよくするけど、友達として好きでした。好きだって言われた後も普通に言い合いしたり……そう言う日が続いてました。でも、高学年になると女の子って生意気にも恋愛ごとにも関心持つようになるんですよね」

「そう……ですね、私はあんまりよくわからない方でしたけど、そうでしたね」

「宏人のこと好きな女の子からしたらボクはムカつく存在だったんでしょうね。そういう子たちが徒党を組んで、ボクをいじめだしたんです」

 美鈴は当時のことを思い出したのか、膝を抱えて、俯き、表情が珠姫から読み取れないような体制をとった。

「それまでも、悪口言われたりする経験はあったんですけどね……本格的ないじめっていうのはそれがはじめてだったかな」

「いじめって……暴力とかもありました?」

「いえ、表立ってやるようないじめじゃなくて、陰口聴こえるように叩いたり、本当に陰湿ないじめ。そんなの気にする方が馬鹿だってわかってますけど、やっぱり嫌でした、辛かったです。中学までは結構酷かったし……今も宏人と同じクラスの子には若干……」

 美鈴の声のトーンは沈んだものだった。珠姫は声をかけられず、ただ美鈴の話を聴いていた。

「ボクがいじめられるのは宏人のせいでした。段々、宏人が憎くなってきたんです。宏人がボクを好きだとか言いさえしなければこんな目に遭わずに済むのに……」

「そのこと……宏人さんは……」

「知らないでしょうね。女の子たちは基本宏人に好きになってほしいわけですから、少なくとも宏人の前では良い子にしてましたし」

「もしかして……それが原因でずっと宏人さんの好意を受け入れられないんですか?」

 珠姫の言葉に今度は美鈴がうっと詰まったような表情になる。目を閉じて、息を漏らし、ゆっくりと立ち上がった。

「ボクは宏人とは付き合わない。宏人が諦めるまで逃げるから」

 もう教室に戻ります、美鈴はそう言うと、その場を後にした。ざぁっという風が芝や木々を撫でる音の中、珠姫は美鈴の寂しそうな後ろ姿を見送った。

 

 

「……というわけか」

 事務所の定位置のソファーにて珠姫の報告を聴いた紫苑はその内容をパソコンに入力し終わると、腕組みをして背もたれに身体を預けた。

「すみません、本当は平原さんを宏人さんとのことをこう……前向きな気持ちにさせるよう誘導できたらよかったんですけど……」

「いや、僕がみずたまちゃんに頼んだのはあくまで平原さんの現在の気持ちを聞き出してほしいってことだったし。それができれば苦労しないから」

 不甲斐ない、といった様子の珠姫に紫苑は優しく言った。

「なーんか世の中上手くいかないーって感じっすね」

 隼人が首をコテンと傾げた状態でそう言う。珠姫も紫苑も同意するように小さく頷いた。

「平原さんの話からは、宏人クンの好意によっていじめられて距離置きたがったみたいっすけど……宏人クン自体が嫌いとかそういうことはあんまり思ってないって感じがしますしね」

「それは私も聴いて思いました。そういった弊害が無ければ宏人さんのこと前向きに考える余地だってあったのかな……って」

 隼人と珠姫の言葉を聴きながら、紫苑は宏人に依頼された時に渡された美鈴の写真を取り出し、見て考えていた。

「ねぇ……みずたまちゃん」

 紫苑に呼ばれ、珠姫はなんでしょうと紫苑を振り返る。紫苑はそっと珠姫の手を自分の両手で優しく包んだ。

「僕、みずたまちゃんが好きなんだ。恋人として付き合ってくれない?」

「うへっ!?」

 紫苑の突然の言葉に珠姫は目を見開いて素っ頓狂な声をあげ、隼人もあんぐりと口を開けて紫苑を見る。

「し、し、紫苑さん!? 突然何ですか!?」

「うーん、やっぱりそういう戸惑い100%な反応になるよねぇ」

 紫苑は突然ごめんね、と言いながら珠姫の手からやんわりとした動作で両手を離した。

「一応……訊くけど、みずたまちゃん。人としてだよ、仲間として僕のことは好きでいてくれてるよね?」

「あ、はい、もちろんです」

「隼人のこともそう思ってるよね?」

「はい」

 紫苑は隼人と視線を合わせて言った。隼人は目をぱちくりとさせて紫苑を見返していた。

「じゃあ、あくまでも仮に、仮にだよ。僕と隼人がみずたまちゃんに恋愛感情を寄せていたとしたら……あ、本当に仮にだから」

 仮にを連発する紫苑にソファーの後ろで飛鳥がにやにやと笑う。紫苑はそんな飛鳥をキッと睨みつけてから珠姫に視線をやる。

「それを突然さっきみたいに言われたらどうかな?」

 紫苑の問いかけに珠姫はうーんと考え込む。

「頭が真っ白でパニックでしょうね……嬉しいとは思います。隼人さんも紫苑さんも魅力的な男性ですから……。でも、何で私なんか……とか、いつからなのかな……とか疑問がいっぱい湧いてきて、それを考えてるうちにパニックに陥りそうです」

「きっとそんな感じなんじゃないかな」

 紫苑は先ほど見ていた例の美鈴の写真をテーブルに置く。

「すごく失礼なこと言うようだけど、平原さんって誰が見ても可愛いとか美人っていう感じじゃないよね。それに平原さん自身、自分に自信があるタイプじゃないみたいだよね」

「そうですね……」

「みずたまちゃんも自分のこと可愛いとか思ってないよね?」

「はい」

「お嬢は可愛いですよ! 他の女よりよっぽど魅力的です!」

 隼人が握り拳をかたくつくって、力説するように言った。珠姫は勢いに思わず圧される。

「うん、僕もみずたまちゃんは可愛いと思うけど……ね、みずたまちゃんそういう怪訝そうな顔するでしょ、僕らがそう言うと」

 紫苑の指摘通り珠姫は隼人と紫苑の言葉に不服そうな顔をしていた。

「平原さんも同じなんだよ、きっと。宏人くんの気持ちが理解できない。人は未知のものに惹かれる人もいるけど大抵の人は怖がる。怖いものが追っかけてきたら……逃げるよね」

 紫苑は隼人とまた目線を合わせた。2人とも何となく通ずるものがあるのか苦笑する。

「宏人くんには平原さんにわかってもらわなきゃいけないことがある」

 紫苑はそう言いながら華麗なるブラインドタッチでパソコンに文字を入力していく。

「じゃないと、2人に進展はないよ」

 紫苑は軽やかにエンターキーを叩いた。

 

 

 宏人と美鈴が通う高校から少し離れた位置にある公園。同じ高校の生徒がたまっている時もあるが、今はセーラー服姿の美鈴がベンチに1人で座っているだけだった。入口に制服姿の宏人がやってくる。

「宏人何だよ、どうしても伝えときたいこと、ボクにわかってもらいたいことって……」

「おまえこそ、どうしても訊き出したいことがあるって……」

 2人はお互いの言っている内容に首を傾げる。

「ごめん、2人を呼び出したのは僕だよ」

 公園の奥から出て来たのは、爽やかな声で宏人たちに声をかけた紫苑、それに珠姫と隼人だった。

「解決屋の……」

「宏人クン、君の一途な想いは、俺は良いことだと思う。1人の人をまっすぐにただ愛せるのは素敵なことだと思う……でも、今の君のしていることはただ気持ちを平原さんにぶつけてるだけで……ちょっと一方的すぎるのかもしれない」

 隼人の指摘に宏人は少し不服そうな顔をした。

「僕は人を好きになるのに明確な理由を持つ必要があるなんて思ってないよ。でもね、好きになるにはきっかけっていうものがあったと思うんだ。僕もやっぱりある。宏人くんにも……あるでしょ?」

 紫苑が優しくそう言うと、宏人は一度俯き、それから美鈴の目をまっすぐ見た。

「美鈴、覚えてるか? 小学4年生の時のクラス集会のこと……」

「え……?」

 宏人は懐かしそうに目を細めて、話し始めた。

 

 

「じゃあ、今日の放課後は学級会で決めたクラス集会のキックベース大会をします!」

 少しウェーブがかったロングヘアーの明るい雰囲気の女性教師がそう高らかに言い、クラスの生徒を引き連れ、教室を出る。先生もクラスメイトも楽しそうだ。次々と席を立って教室を出ていく生徒たちを、動かずぼんやりと見ている少年がいた。他の生徒たちとは容姿からして異質ともいえる少年……当時小学4年生の宏人だった。

――俺は……いいや。別に授業じゃないんだから……

 宏人は協調性のないそんな考えを頭に浮かべ、本を取り出して席に座ったまま読んでいた。

 

 

 ガラッ、教室のドアが開けられた。宏人はゆっくりと顔を上げ、ドアを見る。そこにはおさげ髪でいつもしている眼鏡を外した少女……当時小学4年生の美鈴が立っていた。

「飯塚くん、どうしたの? もう1試合終わっちゃったよ」

 美鈴は頭に疑問符を浮かべて宏人に近づいてくる。

「集会なんてめんどくさい。キックベースなんてしたくもないし」

「どうして? みんなでやったら楽しいじゃない。それに飯塚くん、体育もすごく得意だし、活躍できるじゃん」

「みんなでっていうのが嫌なんだよ」

 宏人は読んでいた本を大きな音をたてて閉じると、美鈴に聴こえるように盛大な溜息を漏らした。

「なんでいつも人と何かしなきゃいけないんだよ」

「そりゃあ……1人じゃできないことがいっぱいあるからじゃないの?」

「そんなの1人でできないことに問題があるだろ」

「でも、団体競技とか絶対1人でできないことなんてたくさんあるよ? それにみんなと仲良く何かをするのは楽しい……」

「そりゃあ、おまえはそうなんだろうな! 人と仲良くできて、楽しく笑えて、そりゃ楽しいだろうよ!」

 宏人は目を閉じて、腕組みをしてそう言い捨てた。

「俺なんて、べつにこういう風に生まれてきたかったわけでもないけど、この見た目のせいで特別扱いされるか悪く言われるか……どいつもこいつも……めんどくせぇ、俺は1人でいいんだよ、おまえみたいに簡単に人と仲良くなれる奴は楽しくやってればいい、所詮俺は……」

 宏人がそう言っていると、突然左頬に激しい衝撃が与えられた。宏人は目を見開き、左頬に手を添える。痛みというより驚きが強かった。

「さっきから何だよ、黙って聴いてりゃ1人で勝手なことばっかり言って……」

 宏人の左頬をひっぱたいた美鈴はじんじんする右手を引っ込めた。

「ボクだって……簡単に人の輪に入れるわけじゃない。去年はあたったクラスが悪かったのか友達なんて全然できなかったし……悪く言われたりしたこともあったよ。だから、正直に言えば、ボクから仲良くなろうって近寄るの……こわいよ」

 美鈴は少し身体を震わせていた。

「でもそれじゃ悲しいもん! 友達と仲良くなって笑い合って、楽しく過ごしたいって思うもん! 飯塚くんはそういうことちらっとも思ったことないの?」

 宏人は、目に涙をためて一生懸命な様子で訴えるように話してくる美鈴をただただ見ていた。

「思うだけじゃ、無理なんだよ。待ってるだけじゃ無理なんだよ。だから、ボクだって怖いけど……頑張るの……今回の集会のチームでリーダーに立候補したのも……みんなと仲良くなれるよう頑張ってみようかなって思ったから……」

 美鈴は涙がこぼれないように、目にたまった涙を、袖で乱暴に拭う。

「せめてチームの子と仲良くなるのが今日のボクの目標……だから飯塚くんとも仲良くなりたいって思ったの……なのに、試合終わっても飯塚くんいないし……」

 美鈴は少し戸惑いがちな様子で宏人の前に手を差し出した。

「飯塚くん……飯塚くんはたしかに初めて見た時、綺麗な子だなぁって思ったし頭も運動神経もすごく良いみたいで、ボクみたいなのとは全然違うなぁって思ったよ。でもね、同じクラスになったクラスメイトなの。能力とかすごく高くても、同じクラスにいる小学生っていうのはボクと同じでしょ? それにスーパーマンとかじゃないから絶対1人じゃできないことだってあるよね?」

 美鈴は目を赤くしていたが、笑ってみせた。

「仲良くしようよ。うん、ボク、飯塚くんと仲良くしたい。ダメかな?」

 宏人はそんな美鈴から視線を逸らす。その様子に少し美鈴は寂しそうな顔をした。

「……宏人」

「え?」

「俺の名前、下の名前だよ。宏人。そう呼べ。飯塚くんじゃなんとなく距離感あるだろ」

 そっぽを向いて言う宏人の頬は叩かれた衝撃が原因ではない赤みがさしていた。

「うん、宏人! ボクは美鈴だよ! じゃあ、今からでも試合に出ようよ!」

 美鈴は宏人の手をとり、足早に教室から連れ出す。宏人はむずむずするような感覚を初めて味わっていた。

 

 

「あんなに、まっすぐ俺に話しかけてきてくれた奴……おまえが初めてだった」

 宏人はふわりと笑った。美鈴はあまり見たことのない宏人の表情にドキッとする。

「あれから、俺も人となんとか関われるようになった。中心にいるようなタイプにはなれなかったけど……それなりに友達とかできて、楽しく学校生活送れるようになった。頑張ろうって思えた。おまえがいたから」

 宏人は表情を真剣なものに変えて、まっすぐな視線を美鈴に向ける。美鈴も視線をそらさず宏人を見ていた。

「だからおまえにずっと傍にいてほしいんだよ! おまえじゃなきゃだめなんだよ! どんな美人でも才女でも意味がない。俺には、どうしても美鈴が必要なんだよ!」

 宏人の真剣な告白に、美鈴は胸打たれていた。少し視線を下げがちな様子で宏人を見る。

「宏人……ボクみたいな冴えない奴を連れて歩いてたら笑われるよ?」

「笑いたい奴には笑わせておけ。おまえの魅力がわかんねぇ奴なんてただの馬鹿だ」

「ボク……宏人のこと好きな子から何かされるかも……」

「そんなことさせない。今まで、何もしてやれなかったけど。ちゃんとおまえのこと守るから」

 美鈴は地面に視線を落としたり、宏人をちらっと見るという動作を何度も繰り返し、自分に言い聞かせるように頷いてから宏人をまっすぐ見た。

「……わかった。ボクの負けだよ。宏人と……付き合う」

 その言葉を聴くと、宏人は顔をぱぁっと明るくさせ、美鈴に抱きついた。

「わ、わ」

「嬉しい、俺、すっげぇ嬉しい!」

 美鈴はしょうがないなといったような苦笑気味の笑顔を浮かべて、宏人の背中を叩いてやった。

「ごめん、5年もただただ逃げて……」

「俺も、困らせてばかりでごめんな……」

 心底嬉しそうな宏人に恥ずかしそうだが優しい笑顔を浮かべている美鈴、そんな2人を見て、珠姫たち3人は微笑ましげに笑っていた。

「宏人さん、平原さん。どうかずっと仲良く一緒にいてくださいね」

 珠姫の言葉に宏人は、美鈴を抱きしめる力を緩め、3人に向き直った。

「うん、ありがとう。本当にありがとう、解決屋の3人さん」

「よし、じゃあ今回も……」

「依頼解決! 任務完了!」

 珠姫たちは声を揃えて言った。公園には優しい笑顔が溢れていた。

 

 

 翌日、部活帰りの宏人は日が落ちてからの下校になったが、律儀に美鈴はそんな宏人を待っており、2人は一緒に下校した。初々しいカップルらしく、ぎこちなく手をつないでいる様子は非常に微笑ましかった。

「あ、俺の家まで来ちゃったけど……送って行く」

「いいよ、そんなに離れても無いし。家族に見られたら冷やかされそうでやだ」

 美鈴の様子に宏人は笑う。

「そっか……じゃあ、また明日……朝も一緒に登校しような」

「うん、わかった。じゃあ、また明日ね」

 宏人が家に入るのを見送り、美鈴は自分の家へと歩き出す。照れくさそうな様子も非常に微笑ましいが、そんな美鈴を快く思わない人間もいた。美鈴の背中に小石がぶつけられる。

「いたっ……」

 美鈴が振り返るとスカートを短くしている、美鈴と同じセーラー服を着ているはずなのに随分印象の違う女子生徒たちが4人ほど立っていた。

「平原さん、調子に乗らないでよね?」

 女子生徒の名前までは美鈴はわからなかったが、宏人のクラスメイトの女子生徒たちであることはわかった。

「ちょっと痛い目見ないとわからないのかなぁ……?」

 女子生徒たちの雰囲気に美鈴は冷や汗を垂らして、後ずさりする。

「痛い目見ないとわからねぇのはてめぇらだろ」

美鈴の後ろから荒い言葉遣いでそう言いながら現れたのは機嫌の悪そうな珠姫だった。美鈴は珠姫の様子に驚く。

「え、あの……」

「平原さんは心配しなくていいですから。ここは私にまかせて」

 珠姫は以前会った時と同じ口調で言うが、声は低く、同じ人物には見えないと美鈴は思った。

「はぁ、年下の女に手を下すのはさすがにイイ気はしねぇけど……てめぇらみたいに数人で1人を寄ってたかってどうにかしようとする奴……虫唾が走るんだよ!」

 珠姫はそう叫ぶと、近くにあったレンガを女子生徒の顔の横あたりをめがけて勢いよく投げた。ヒュっという風切り音がし、耳元をレンガが通過した女子生徒はひっと声をあげ、腰を抜かした。

「てめぇら、平原さんに何かしたら、こうしてやるからな」

 珠姫は更にもう1個レンガを手に取ると、お菓子を割るかのように簡単にレンガを真っ二つに割った。

「す、すみませんでした!」

 残りの女子生徒は一目散に逃げ出し、腰を抜かしていた女子生徒も身体を引きずるように珠姫の目から逃れた。

「あ、あの……湖さん?」

「はい、どうしました?」

 珠姫はにっこり笑って、いつもの幼さの残る声で美鈴に向き直る。あまりの豹変ぶりに美鈴はどうしたらいいか戸惑っているようだった。

「あの、え、湖さんって……」

「あ、もしかして驚かせました? ふふ、ああすれば結構な脅しになるかなぁって。ま、一種の手品ですよ。内緒ですよ?」

 珠姫は悪戯っぽく言ってみせる。根が素直な美鈴は、手品もできるんですねと、納得してしまう。

「何か困ったことがあったら相談して下さいね」

 珠姫はそう言って、最近八千代に手渡された火弓解決屋事務所の名刺を美鈴に渡すと、ロングスカートと長い黒髪を優雅に風に揺らして、元来た方向へと帰って行った。

 

 

「あの! 困ったことがあったらと言われたのでやってきました!」

 1週間後、火弓解決屋事務所にやってきたのはセーラー服姿の美鈴だった。

 

 

 高校の廊下を、本来はしてはいけないのに全速力で走り、バタバタと激しい足音をさせている生徒が2人いた。

「美鈴! なんで逃げるんだよ! キスしようとしただけじゃないか!」

「学校でそんなことしようとするな助平!」

「助平ってなんだよ、おい、美鈴! 好きなんだ! 愛してるぞー!」

「叫ぶな馬鹿ぁ―!」

 息をきらしながら、美鈴は叫ぶ。そして走り続けた。

 

 

「あいつの……宏人の愛情表現がエスカレートするんです……あいつの暴走、止めてくれませんか?」

 美鈴の依頼に、珠姫、隼人、紫苑は微妙な表情で目を見合わせる。飛鳥も苦笑して八千代を見た。

「ふーむ。さて、どうするね?」

 八千代は少しからかうような様子で珠姫たちに問いかけた。

「あはは……これは前途多難です……」

 珠姫は珍しく依頼主の依頼内容に苦笑した。

 

 

火弓解決屋事務所。今日も依頼主の悩みを解決する為に奔走します。