今日はクリスマス。都心の、デパートや大きなお店の多いこの場所は行きかう人でごった返している。
イルミネーションや飾り付け。それにいつも以上にうきうきした人たちで街は楽しそうだ。夕刻で、暗くなってきているのに、ここは明るい。
「ジングルベールジングルベールすっずが〜なる〜」
調子っぱずれの幼い女の子の歌声……とはいうものの、声の主はもう20歳、法律的に言えば大人だ。
僕は、その声に思わず笑ってしまう。
鈴さん。1つ下で、お互いそれぞれのサークルのとある役職についてるため、他サークルに所属しているものの、よく顔を合わせる。そして、現在は同じバンドで活動もしていて、すっかり仲間だ。
考え方など、きちんと年齢相応なところもたくさんあるのに、どうも顔立ちと声は小さい子のまま大きくなった、そんな感じがいつまでたってもする。
幼い声は近付いてくる。淡いベージュの袖などにリボンがついたロングコートと長い黒髪、足がほとんど隠してしまっているフレアのスカートが楽しげにゆれているのが、雑踏の中でもすぐ彼女を僕に見つけさせてくれる。
「鈴さん、こんにちは、ご機嫌ですね」
僕が声をかけると、鈴さんは驚いたような顔をしてからぱっと嬉しそうな笑顔になる。
柔らかそうな丸いほっぺたが寒さのせいかほんのり桃色に染まっているのがまた幼いようで可愛らしい。
「哲太さん、こんにちは!」
「鈴さん、おでかけですか?」
「クリスマスだから、親とかにお金貰ったんです。なので、ICレコーダーを買いに来たんです」
鈴さんがえへへ〜と言いながら、某電化製品店の紙袋を顔のあたりまで上げて、見せた。
「そうですか……デートとかはなさらないんですか?」
「デート? 私にそんなことする相手いませんよ」
鈴さんは苦笑する。
僕から見て、鈴さんは可愛いと思う。決してアイドルのような容姿でもないけれど、ちょっと他の女の子よりふっくらした感じだけど。丸っこくて、日本人形のような容姿、人懐っこい仔犬を思わせる性格はやはり可愛いんじゃないかと思う。僕には、里子さん同様鈴さんに彼氏がいないのが結構不思議だ。
「哲太さんはデートですか?」
「僕こそそんな相手いませんよ。僕は全然モテませんから。だから、こんな日にも本を買いに来るぐらいしか外に出ないんです」
僕がそう答えると、鈴さんがいぶかしげに僕を見上げる。
「哲太さんがモテないなんて変なの〜。あ、私クリスマスケーキ買わなきゃ!」
鈴さんが思い出したように、ハッと背伸びをすると、デパートの方へと引き返そうとした。
「あ、僕も行っていいですか?」
「え? はい、もちろん!」
鈴さんの了承を得たので、僕は彼女の後についていくことにした。
両親にクリスマスケーキを買おうと思ったはいいものの、正直どういうケーキがあるのかあんまり僕は詳しくないし、ちょうど良かったのだ。それに……。
「う〜ん」
鈴さんが、ショーウィンドウに顔をかなり接近させて唸った。
「決まりました?」
僕は定番はブッシュドノエルだと鈴さんに言われ、それを購入した。一方鈴さんは迷っている。
「ブッシュドノエルは子供のころ毎年それで、飽きちゃったんですよね〜」
「ショートケーキは? ここの人気だって書いてありますよ?」
「私、生クリーム苦手なんですよ」
鈴さんはそれだけ答えると、またショーウィンドウの中を凝視した。
それにしても、鈴さん、生クリーム嫌いなんだ……。なんか意外かも。
鈴さんは、どうやらチョコレートケーキにしようか紅茶のシフォンケーキにしようかで迷っているようだった。
鈴さんの他にも何人か悩んでいる女性がいて、その人たちの彼氏のような男の人がイライラしてたり、はやくしろよ〜と呆れている様子が目に入ってきた。でも、なんだか僕には迷ってる鈴さんを見てるだけでも全然イライラなんかしなかった。
「チョコレートケーキくださいっ!」
鈴さんが店員さんに注文する。ケーキを受け取った鈴さんはふんふんと鼻歌を歌ってにこにこ、機嫌良さそうにしていた。
鈴さんは見ているだけで飽きない。音連でもマスコット的存在だし、バンド――ミューフェスでもムードメーカーなところがある。僕と同じでついつい眺めてしまう人もいるはずだ。
「用事終了! 哲太さんは?」
「ええ、僕もこれで終わりです」
「じゃあ、帰りますか?」
鈴さんが首を傾げながら訊いてくる。なんだか、勿体ないような気がした。
「少し、行きたいところがあるんです。いっしょに行きませんか?」
僕がそう言うと、鈴さんは、また首を反対方向に傾げた。
「うわぁ〜、おっき〜い」
鈴さんは、大きなクリスマスツリーを見上げてそう言った。
テレビでも何回か見たクリスマスツリー。周りはカップルばかりだ。携帯で写メを撮っている人も多い。
べつに、こういうイルミネーションとか好きな方では無かったけど、何故か来たくなった。それにしても、クリスマスは堂々いちゃいちゃするんだなぁこの人たちは。そんな幸せそうな人たちが僕らしくもなく、妬ましくなったのか、僕は鈴さんに触れようと手を伸ばした。
「わっ!」
「頬、冷たいよ」
触れられたことか、いつもの丁寧語じゃない僕にか、びっくりしたようで、鈴さんは、目を丸くして、きょとんとしていた。余計に幼い顔になっている。
「哲太さんの手はあったかいんですね」
鈴さんは少し気恥ずかしそうにそう言った。
「うん、だからあっためてあげる」
僕はそう言うと、両手でそっと鈴さんの頬を包んだ。見た目通り柔らかい。冷たいのに、そのひんやりしたやわらかいものは、僕の心をあったかくしてくれるようだった。
鈴さんは、僕の白いロングコートの裾をちょっと掴んではいたが、その状況を享受していた。
周りから僕らはどう見えるのかな。恋人同士に見えるのだろうか。
鈴さんは僕にとって可愛い後輩で、鈴さんから見たら僕はただの1コ上の先輩なんだろうけど……。
でも、今日はちょっと恋人きどりでも許されるかな。
「鈴さん」
「はい」
「メリークリスマス、だね」
「はい、メリークリスマスです!」
〜あとがき〜
甘いのが書きたいクリスマス。
イメージが池袋か銀座かで迷いました。どっちでもいいです!
年齢的には池袋だけど、鈴と哲太さんは銀座にも表れそうだ! 大きい楽器屋さんあるし。
鈴は哲太さんが大好きなのに、まったく気づいていない鈍感哲太さん(苦笑)
哲太さんは、鈴のことは好きですが、特に恋愛感情は持ってない……はずという設定です。どう思っているかは読んでいる方に判断して頂きたいな〜と思っています。
好きっぽいですけどね!(爆)
凶暴な鈴が鈴っぽいんですけど、なんかこういう鈴も書いてて楽しかったです。2人を書いてるとなんか可愛い2人組にしたくなります。
メリークリスマス♪