「それで、何話してたんだっけ?」


 

 夜の海に満月が輝く。キリンの海賊船でコロンを目指す中、現在の不安定なセレーネ連合を率いる1人・・・・・・黒髪の少年、ルーンの長サトシは甲板でその月を眺めていた。相変わらずその表情は少年には見えなかった。

「サトシ殿、どうかされたか?」

先の魔物との戦いで怪我を負ったシオンの様子を見て戻ってきたキリンが声をかけた。

「いや・・・・・・キリン殿、シオン殿の様子は?」

「大丈夫だ。 かなり余裕のようでな、ユウギリといちゃいちゃしていたよ」

キリンはくすっと笑みを浮かべながらそう言うと、サトシも安心したように微笑んだ。

「サトシ殿、夜の海は冷える。部屋に戻られた方がいい」

「そう・・・・・・だな。どうも眠れなくなって・・・・・・落ち着かないという方が正しいだろうか」

「そうか・・・・・・私もだ。よければ酒場にでも行かないか? もちろんサトシ殿にはジュースを出すから」

「そうだな、そうさせてもらおう」

 

 キリンの後に付いて行き、階段を降り、キリンの部下たちがいつも盛り上がっている酒場へと到着した。部下たちはキリンの姿を見ると礼儀正しく挨拶をした。キリンもそれを頼りがいのありそうな笑顔で応対する。ある一点を見ると、ハヤトがくだをまいている様子が見えた。

「あ! キリン様! お疲れ様です」

「ああ、ヘイナ・・・・・・ハヤト?」

「キリン様〜、ユウギリはどこ行ったんですかぁ?? まぁさぁか〜まだシオンのところじゃないですよねぇ〜??」

ハヤトはすっかり酔っているようでしゃべり方も若干おかしかった。

「だとしたらどうするんだ?」

「だとしたらぁ〜? ヤバイじゃないですか!? だって、年頃の女の子が男の部屋にこんな時間にいたら〜!! 手出されるに決まってんじゃないですか〜!」

「ハヤト、シオンはそんなことをする男ではないと思うが・・・・・・」

「ああいう奴に限って鬼畜なんだよぉ〜!!」

ハヤトは半泣き状態になった。ヘイナは困り果ててキリンに救いの目を向けてきたが、キリンは面白がっているようで手を貸す仕草は見られなかった。サトシはさすがに酔っ払っている大人の対処の仕方はわからないらしく、キリンの後ろでハヤトの様子をただ見守っていた。その様子は年相応に子供らしかった。

「まあまあ、大丈夫だ、ユウギリは強いから」

ハヤトを宥めると、キリンはその場を離れ、少し落ち着いた場所へと移動した。

「ふふっ、すまないな。礼儀をわきまえた義賊と言われているが結局は海賊だからな」

「いや・・・・・・別に」

サトシは出されたオレンジジュースを飲みながら、キョトンとした表情をした。

「元気が無さそうだな、今日はとくに」

「ああ・・・・・・」

サトシはコップを置くと幼さの感じられない目をキリンに向けた。

「セレーネがこの状態だからな・・・・・・キタリス殿を仲間にしたところで何か変わるのだろうか・・・・・・」

「いや、それはわからない・・・・・・だが私たちにはまだあがくことができるからな」

「そうだな・・・・・・今いる仲間の中でも兵力の確認と、部隊編成を考えなければならないか」

「ああ、今不安になっても仕方がない。できることをしなければ・・・・・・」

キリンとサトシは大き目のテーブルに紙を広げて、今いる仲間で部隊の編成をした。中心となるのはキリンの、右翼にハヤト、左翼にヘイナをつけた海上戦士団で構成された部隊。次はサトシを中心としたルーンの召喚士部隊。それにワオンの戦士たちで構成された部隊。少し小さめではあるがユウギリを中心とした特殊部隊、ここにはシオンやユキなど遠方からの攻撃をすることができるメンバーを加え、マーラのような魔術師も含まれたやや雑多だが追撃を得意とした部隊を設置した。最後の1部隊はカインやアルトに任せたラリファの生き残り部隊。トウヤを中心に戦闘を得意としていない者には後方支援の役目を任せることにした。正直待機組をつくれるほどセレーネに余裕はなかった。

「こんな・・・・・・ものか・・・・・・ルーンは平気なのだろうか・・・・・・こんな時にと思われるだろうが自分の故郷が一番心配になってしまうものだな」

「そうだな・・・・・・私は故郷を捨てた者だからセレーネを中心に考えることもできるが・・・・・・それでもここの、私の仲間を第一に考えるやもしれん」

「キリン殿の故郷はたしか・・・・・・」

「ヘリオスだ」

キリンは視線を落として言った。彼女がヘリオス出身だという事実はごく一部の人間しか知らない。ヘリオス出身の人間がセレーネ連合に加盟している団体のリーダーの役目を負うのは好ましくないとされている。

「随分昔の話だがな・・・・・・私には大国の貴族の娘なんて似合わないさ・・・・・・アサヒにもよく言われていた。お嬢様らしくないって・・・・・・」

「たしかに、キリン殿がお嬢様らしくという図は浮かばないな」

「言ってくれるな、サトシ殿」

「いや、こうして堂々と構えているキリン殿の方がいいと思う。 私がキリン殿と初めて会ったときにはそういう女性だったから」

サトシは幼いころ・・・・・・自分が次のルーンの長であると告げられ、挨拶にちょうどやってきたキリンに初めて出会った日のことを思い出した。同じくキリンもサトシを初めて見たときのことを思い出していた。

「サトシ殿も昔からそんな感じだったな・・・・・・サトシ殿はいつも私に長として相談にのってくれるよう頼んでいたな・・・・・・『私に長として欠けているものは何だ?』・・・・・・と」

「そうだな・・・・・・」

「私は、あなたは立派な長であると思う・・・・・・責任感もあり、実力もある。民を第一に考え、民の声に耳を傾ける・・・・・・カリスマ性だってある・・・・・・ただ」

「ただ?」

「あなたは子供らしくなさすぎる・・・・・・」

「え?」

サトシはキリンの目を不思議そうに見た。その目は普段の様子からすれば幼かったが普通の子供とはやはり違った。

「長は・・・・・・子供らしい方がよいのか?」

「そうではない・・・・・・言い方を変えればあなたは気張りすぎている。最近はまあ状況が状況だから仕方がないといえば仕方がない・・・・・・私は昔からあなたを知っているからなんとなくわかる。今のあなたは精神的にかなり参っている。おそらく他の者は気が付いていないかもしれんが・・・・・・今に倒れるぞ」

サトシは視線をおろし、ジュースを少し飲むと溜め息をついた。

「そうかもしれない・・・・・・でも私がしっかりしないと・・・・・・私はルーンの長なのだから」

「あなたはまだ11歳だ」

「年齢に甘えることなど・・・・・・私には許されない」

サトシの声はしっかりしたものではなかった。目は床の方を向いていたが遠くを見ているようだった。

「本来なら祖父の後を父が継いでいた。しかし戦で私が生まれて間もないころ父は倒れた。 祖父もさることながら父も優れた召喚士だった・・・・・・その父が倒れたことで民は不安だった・・・・・・祖父もそう遠くないころに天寿を全うすることを悟っていたのだろう。 私に召喚士として知っておくべき知識、戦士としての心構えを叩き込んだ。 私はそれを辛いとは思っても苦しい、嫌だとは思わなかった・・・・・・それがルーンのためになるのであれば・・・・・・」

「サトシ殿・・・・・・」

「祖父も息をひきとると・・・・・・民の不安もさらに高まった。 本当に幼い、幼児の域を脱していない私が長になることを皆不安に思っていた。だから私は子供であることを捨てた。そのためには“まだ子供なんだから”という甘えは許されなかった・・・・・・許せなかった・・・・・・」

サトシはふっと顔を上げると弱々しい目をキリンに向けた。

「私だって・・・・・・時々思う、子供でいたかったと・・・・・・年齢的には今だって子供で通る。 しかしそれはルーンの長として決して美徳ではない・・・・・・こんな・・・・・・非常事態に私は決して子供であってはならない。だから・・・・・・気を張ってでも・・・・・・」

キリンは、グラスを静かに置くとサトシの小さな手にそっと自分の手をそえてやった。

「サトシ殿・・・・・・たしかに長は民に不安を与えてはならない。 そのために子供でいられないのも我慢しなくてはならないかもしれない。しかし、長であるといえ人間だ。“生きとし生けるものとしての権利”を持ってはいけないということはないはずだ。少なくとも私やトウヤ殿、ユキ殿など・・・・・・ルーンの民ではない者の前では子供であってもよいのではないか? セレーネが連合という形をとっているのはお互いに助け合えるように・・・・・・だ。サトシ殿のことは私たち外の者たちがサポートする、だから思い詰める必要はない。あなたは少しくらい子供でいてもいいはずだ」

キリンは少し横を向いて小さめの声で“22になってもあんな奴もいる”と酒に酔って相棒に愚痴こぼしまくって勝手に泣き喚いている青年を指差した。それを聞くとサトシは思わず笑ってしまった。

「・・・・・・そうやって素直に笑うことは子供というわけではない。 あなたはもっと笑えばいい。笑うことで張り詰めていた心は少し楽になるから」

キリンの優しげな声にサトシはにっこりと微笑みながら頷いた。

「そうだな・・・・・・それで、何話してたんだっけ?」

「あ、ああ、部隊編成のことでいくつか・・・・・・」

ちょっと子供っぽい表情と言葉遣いのサトシをポカンと見ていたキリンだったが、すぐにまた長としての顔に戻り作戦会議へと進行した。キリンは作戦をたてながらも、サトシのように子供であることを捨てなければならないような子供がいない世界になることを強く願ったのだった・・・・・・。

 


〜あとがき〜
ちょっと前に書いたキリン姐さんとサトシのシリアス話です。動きがない話しだし・・・ということで保存状態になってたんですが、テストということで更新もできないしということで引っ張り出してきました(え?)キリン姐さんの姐さんっぷりとサトシのせつない感じが出ていれば幸いです。サトシは個人的に台詞書くの楽しいんですよね♪あと、この話は時間軸でいくと「何で怖いって言わないんです?」のすぐ後です。ハヤトはそのせいで愚痴ってるんですよ。ヘイナは絡まれて大変です(笑)ハヤトは酒癖がちょっと悪いかな・・・。ユウギリとシオンはあのままぐっすり寝てます。シオンはべつに鬼畜ではないです。これは完全にハヤトの妄想なんで(笑)
キリン姐さんとサトシにはこういう感じでクールにかっこよく活躍していただきたいです☆

1