お題41「そんなに僕は頼りないですか?」   『三角戦記』の主人公3人娘の一人、瑛とその護衛暁のお話です


 
 聖守宮。  

 サンデルタ国の王宮であるこの城の美しさは国の誉でもある。  
 
 3階の回廊。この国の第一位皇位継承者である皇女の自室近くを勢い良く走る青年がいた。  

 落ち着いた茶色の髪、黄色人種であるサンデルタ国民にしては少し色黒の肌、小柄でほっそりとして身体に深い緑の和服はよく似合っていた。

 その青年の表情は心なしか焦っているような、困っているような、そんな印象を与えた。

 皇女の部屋の前を走るなど普通の青年であるなら注意されるであろうが、彼は特別だ。  

 身分が高いわけではないが、彼は皇女と共に行動する義務があるからだ。
 
 
 
 午前中の爽やかで清々しい光を招き入れている部屋。  

 その部屋の主の纏う色と同じく薄い桃色の装飾が多い部屋は、一目で女性の部屋であることがわかる。  

 部屋の主とはサンデルタ国皇女、瑛だ。  

 艶のある長めの黒髪に薄桃色と朱に彩られた和服がまだ年若い女性という雰囲気を出している。色白だがふっくらした体つきは健康そうだ。決して美少女とは言えないが、年齢のわりに幼い外見で愛嬌があり、可愛がられるタイプの女性である。  

 部屋に少し慌しいノックの音がした。

「姫様、暁です、入ってもよろしいでしょうか?」  

 彼女は最も信頼している者の声に安堵したような笑みを浮べた。

「どうぞ」

「姫様! そんなに僕は頼りないですか!?」  

 部屋に入るなりこの台詞。  

 瑛は首を傾げた。

「どうしました?」

「だ、だって姫様ぁ、あいつら俺のこと……」  

 暁がハッとして、口を押さえる。

「暁、大丈夫です。ここは私の自室なので公式の場とは扱われません。言葉に気をつける必要はありません」  

 暁は気を落ち着けるように深呼吸を繰り返した。  

 瑛はその様子にくすくすと笑う。  

 2人の関係は公式の場では主従。皇女瑛に仕える護衛、それが暁の身分だ。  

 だが、瑛と暁は私的には兄妹のように仲が良い。公式の場ではないところ、プライベートでは友達のように話す間柄だ。もっとも、瑛は誰にでも丁寧語だし、暁も丁寧に話す方なのであまり変化が無い様に思えるところもあるのだが(強いて言えば暁は一人称や下品な言葉を避けるということに注意しているようだ)。

「城にいる衛兵とかあと役人とかが話してるの、聞いちゃって……『あんな頼りない子供が未来の女王の護衛など恥だ』って。俺、姫様の護衛に相応しくないって……」  

 暁はそう言うと、しゅんとしょげたように肩を落とした。

「何故でしょう? 暁は護衛としてよく務めてくれていると思いますが……」

「でも、俺って元は楽団員だったじゃないですか。それに、孤児だし……」  

 暁は元から瑛の護衛としてこの城に招かれたのではない。それどころか兵士でも無かった。宮廷の催し物などで演奏を披露する笛吹きの楽団員として宮仕えをしていたのである。         

 音楽が大好きな瑛と年の近い楽団員である暁が仲良くなるのは自然なことだったようだ。  

 瑛が素直に話す様子を見て、王妃真は、暁に瑛の側役という役職を与えたのだった。  

 世話係の予定だったが、暁は武術にも魔術にも長けており、護衛の任もそつなく務め上げている。  

 そして、飾ることもなく、親身になって瑛の話を聞いてくれる暁は瑛にとって一番の理解者であった。

「そんなの関係ありません。有力貴族の子だろうが、身元の知れない人であろうがその人がどんな人かというのが一番重要です。少なくとも私はそう思います」  

 瑛は暁の手をとり、微笑んだ。

「暁は暁です。周りが何と言おうがそれは変わることがありません。私が暁を一番信頼して、最高の護衛だと思っているという事実だって誰にも変えられません」

「姫様……」

「暁はたしかに普段はふわ〜っとしているのでちょっと頼りないかもしれません。でも、いざっていう時一番頼りになるのは暁です」  

 瑛は屈み、暁を下から覗き込むように見上げた。

「言いたい輩には言わせておけば良いのです。その衛兵やら役人やら、私の思っていることにケチをつけるなど良い度胸です。不敬罪ということで、軽く私の自然龍でぶっとばしてさしあげましょう」

「それ軽くじゃないでしょう!?」  

 瑛のサラッと恐ろしいことを笑顔で言う、それはいつものことなのだが、ほおっておくとやりかねないので暁はきちんとツッコミを入れる。  

 ちなみに自然龍とは皇族のみが使用できる秘術だ。  

 自然――火、水、風、土、樹木……それと同調し、龍の姿となった自然の力を操る術。  

 瑛は皇族の中でもその術に長けていた。

「最近また技に磨きをかけたので試してみてもいいかなと」

「怖いことを言わないで下さい。どこまでが冗談か判別つきません」  

 さらにレベルを上げた瑛の術を喰らうなど衛兵はともかく役人には酷すぎる。  

 それにしても、またレベルを上げたのかこの方は、と暁は思った。

 並の兵士より実戦では強い皇女様なので、護衛の暁としても鍛錬に気が抜けないところである。

「…………」

「暁? どうかしましたか?」  

 瑛は暁がジッと自分を見ていることに気付く。

「姫様……背も伸びました?」

「え? ああ、そうですね、ほんのちょっとですが測ったら伸びてました」  

 嬉しそうに言う瑛に、暁は複雑そうな表情を浮べる。

「もう伸びなくていいのに……」

「いえ、せっかくなので伸びたいです、170cmぐらいに憧れます、あと9cmですね」

「もう充分ですって!」  

 暁が喚くように言う。  

 ちなみに彼の身長は158cm。瑛より小さい。一応暁は瑛より年上なのだが。

「姫様は術にこれ以上磨きをかけなくてもいいですし身長もそのままでいいんです! いや、むしろもっと縮んで頂いても……って、そうじゃなくて、姫様がめきめき成長されるとまた俺が護衛に相応しくないって言われちゃいます!」  

 力説(?)する暁に瑛がまた首を傾げる。

「姫様が強くなられるのも、いいことだとは思うんです、ただ……」

「ただ?」

「俺は男なんですから、女の子である姫様をちゃんと守りたいんです」  

 暁が自信なさ気に俯いて言う、すると、瑛はにっこりと微笑んだ。

「私は暁に守られてばかりです。たとえ、私が暁に実戦で勝てるぐらいになろうとそれは変わりません」

「え?」

「だって、暁がいなければ私は気が滅入って倒れてしまいます。貴族や豪族たちの政治戦略。決して綺麗ではない政。嫌気がさしても、暁がいつも支えてくれるから私はこうしていられるのです。いつも、精神的に守ってもらっているのですよ」

「姫様……」

「だから、暁、これからも私のこと、守ってくださいね?」  

 瑛がそう言うと、暁は右手を胸に当て、しっかりと主君の目を見た。

「はい! 暁=桜、今後も瑛皇女の護衛としてしっかりと働かせていただきます!」

「よろしくお願いします」  

 誓いをたてる暁を頼もしく思いながら、瑛も優雅に礼をした。

「でも、身長は……」

「身長は守る守られるにあまり関係は無いでしょう?」

「いえ、男のプライドとして……」

「?」  

 暁の言葉の意味がわからないとでも言うように瑛がまた首を傾げた。




「あんな者が姫君の護衛、とはな」

「へなへなとした頼りない小僧のくせに……」  



 謁見の間や国の要人を招きいれる客間や会議室、聖都守衛隊本部室など王宮の中でも重要な場所の多い中央宮の廊下はひときわ綺麗に磨かれ、床には自分の姿が映る。

 暁は耳にまた自分の陰口を入れてしまい、床に映る自分と目が合う。  

 後ろ盾も無い暁が、皇女、しかも未来の女王の護衛という身分につくことを快く思わない者は宮中にも少なくは無い。

「ひいぃっ!」

「あちちっ!」  

 暁が悲鳴のする方を振り返る。  

 そこには、先ほど自分の悪口を言っていた役人2人と笑顔を浮かべる少女が一人。

「申し訳ありません、思わず火が出てしまいました」

「お、皇女様……」

「何を怯えてらっしゃるんですか? 大丈夫ですよ、私がいくら機嫌を損ねてもあなた方如きに本気の技を繰り出したりしませんから」  

 皇女、瑛の不自然すぎる眩しい笑顔は役人たちを恐怖のどん底に陥れていた。

「姫様!」  

 暁が瑛の傍に駆け寄る。いくらなんでも王宮内で刑を執行など、優しい気性の瑛にさせることではない。

「おやめ下さい。姫様がそんなことをなさる必要は……」

「暁を悪く言うなんてどうしても許せなかったのです」  

 瑛は、苦笑しながら右手に集めていた火の力を収めていった。

「ですが、他でも無いあなたが言うなら、ここは収めましょう」

「姫様……」  

 瑛の怒りが収まったところで、役人たちは頭を深々と下げると、その場を足早に去った。

「頼りにしてますから、暁。これからも、ずっと……」  

 瑛は目を伏せた。その表情は憂いのある、とても寂しそうなものだった。

「瑛姫様! 菖蒲様が客間にいらっしゃっています!」  

 瑛が、声をかけてきた衛兵の方を向き、了解したと右手を静かに上げる。

「では、参りましょう。私は許婚に会わねばならないようです……」

「はい……」

「他の誰が何と言おうとも、私が頼るのはあなたですから……」

「はい、安心して下さい、お……僕は姫様のお傍にいつもいますから」  

 “僕に許されている限り”暁は、視線を下げ、その言葉を飲み込んだ。  

 菖蒲という瑛の婚約者の存在。それは、客間に向かう2人にとって重い存在であった。  

 暁は自分より少しだけ背の高い皇女を見、瑛が自分にかけてくれた言葉、自分のために怒ってくれた姿を思い出す。

 どんなに自分が頼りないと言われても、この姫君は自分を信頼してくれている。  

 どんなに周りに格の高い人がいても、この姫君は自分を頼ってくれる。  

 暁にはいつまで隣を歩く皇女の護衛に就いていられるかわからなかったが、その事実は彼にとって充分すぎるほど満足だった。




『そんなに僕は頼りないですか?』

『いいえ、暁は私にとって一番頼りになる人ですよ』  



 その信頼は2人の強い絆だった。  



 激動の時代に飲み込まれようともその絆は強く輝き続ける。  



 そこまではさすがにまだ2人とも知らない。


〜あとがき〜

 まだ三角戦記準備中の時に書いたお話です。
 なんとなく2人の話が書きたくなってしまったので書いちゃいました♪
 名前でもうわかると思いますがジオレコにいた瑛と暁を救済です(キャラ墓場に持って行きたくなかったのですー/ちなみにカラノ、グール、ユミリアもいます☆)
 救済ですが設定などいろいろ変わっています三角戦記の2人はとりあえずこういうキャラです。
 三角戦記始動の際には更に更に活躍してもらいます☆
 ちなみに暁が笛担当(篠笛!)なのは瑛ではなくえいの趣味です(笑)

1