「何で怖いって言わないんです?」

 

あなたはいつも毅然としている

あなたはまっすぐ光を求めて立っている

あなたは例え自分に刃が向けられても泣きはしない

あなたは強い

あなたは泣き言を決して言わない

 

でも・・・・・・俺は・・・・・・

 

「だからこそ、俺はあなたが心配だ」

 

 キタリスに会うため、コロンへと船を走らせているなか、しとしとと雨が降る。キリンに与えられた、ハヤトとヘイナの提案で共にすることになった3人部屋の小さな窓から外をシオンは見ていた。遠い目をしているがボーっとしているわけではなく何かに浸っているように。

「あ〜あ、この天気じゃ外には出られないな」

ハヤトが窓の外を見ながらかったるそうにそう言った。

「そうだな。しかし、べつに移動は船でできるしいいのでは?」

シオンの後ろでハヤトとヘイナがのんびりと会話をしている。この2人には危機感というものはあるのだが、どうもこういう会話の中に戦争中、しかも劣勢な立場に立たされているという実感が消されてしまうような気がした。

「暇〜」

ハヤトがヘイナを揺さぶった。いざという時はお兄さん格のハヤトだがこういうのんびりしている時は大体ヘイナと役割が交代している。

「兵法の勉強か何かでもしたらどうだ?」

「え〜、それはキタリスっていう奴に頼みに行くんだし、まかせとけば?」

「気楽な奴だな・・・・・・」

「うるせ〜え〜! なあなあ、シオンも外なんかずっと見てねえでさ、何か時間つぶしでもしようぜ!」

ハヤトがヘイナをゆさぶる手を止めシオンの方を向く。

「え? ああ・・・・・・ちょっと出てきます。 ヘイナの言うとおり兵法の勉強をしては?」

「シオンもかよ〜! つれねえな!」

シオンはむくれるハヤトを微笑ましく思いながらも廊下に出た。ユウギリはどうしているだろうか、何となく気になって部屋を訪れた。

「ユウギリ殿、俺です。入ってもよろしいですか?」

「うん・・・・・・好きすれば?」

相変わらずのユウギリの態度に苦笑しながらもシオンは部屋へと入った。

「何か用?」

ユウギリはベッドに腰掛けたまま箏の譜本から視線を上げ、シオンを見た。

「いえ、べつに・・・・・・その譜面、雨の詩、ですね。 弾くところでした?」

「ううん・・・・・・いいや、この曲簡単な分そんなに好きじゃないし・・・・・・替手と合わせないと余計につまんないし」

「笛でしたら合わせられますよ?」

「いい・・・・・・眠くなっちゃった・・・・・・横になる」

ユウギリはそう言うと楽譜を机に置いてふとんを被り、顔をひょこっと出してシオンを睨むように見た。恨みの感情とかではないが、何か言いたそうだった。

「あ、出ていきましょうか?」

「・・・・・・笛、吹いて」

「はい、レイに教えてもらった曲ですね?」

ユウギリはこくんと頷いた。シオンは服に忍ばせておいた和楽器の横笛・・・・・・篠笛を取り出し、優しい旋律の曲を奏でた。アサヒがレイといっしょにつくった子守唄だった。その優しい音色はシオンが奏でる篠笛の音によくあっており、レイが教えたのだった。ユウギリは寝る様子もなくその曲を聴いていた。ひととおり吹き終えるとシオンは笑顔を向けながら笛を下ろした。

「眠いのではなかったのですか?」

シオンは優しく言った。ユウギリは雨の日は若干憂鬱になる。そのせいか少し甘えん坊になりやすかった。ユウギリはレイには素直に甘えるが、プライドというかシオンに直接的に甘えることはできないらしい。

「うん・・・・・・ね、シオンはさ、国出てきて良かったの?」

「何故ですか?」

「だって・・・・・・育った場所だし・・・・・・」

「そうですねぇ、でもユウギリ殿が行くところに行かなければならないですから」

「義務だもんね・・・・・・」

「いいえ、俺が自分に誓ったことですよ。何があろうともユウギリ殿を守ると・・・・・・命に代えたって」

シオンはユウギリの髪を撫でながらそう言った。優しい表情だったが真剣さがこもった声で言われユウギリは照れてしまったのかふとんを少し上げ、顔を半分隠した。

「ユウギリ殿は怖くないんですか? 戦いに身を投じて・・・・・・最悪死ぬことですらありえるこの戦いに・・・・・・」

「僕だって一人前の戦士だよ? 自分の死はそんなにこわくないって」

シオンは苦笑した。ユウギリは当然とばかりに答えた。ユウギリが戦士としての覚悟を決めていることもよくわかっている。譲れない理由のために戦うことを決めていることもよく知っている。ただ、『怖い』という感情を少しは持って欲しいなと思った。

「シオンの手・・・・・・あったかいなあ・・・・・・」

本当に眠くなってきたらしく、ユウギリはシオンの手をとってそのままぼんやりそう言いながら目を閉じた。シオンはその愛らしい様子に笑みをこぼしながらも段々哀しげな笑顔になった。

「何で怖いって言わないんです? 怖くないはずないでしょう・・・・・・? 俺の前でも弱音は言えませんか・・・・・・?」


『俺は怖いのに・・・・・・もしあなたが死んでしまったら俺は・・・・・・』


 シオンはそのままユウギリから手を取り戻すこともせず愛しい人の寝顔を哀しげな表情で見つめていた。

 


「ま! 魔物が!! 戦闘員全員甲板に急げ!!」

見張りの声が船内に響いた。ユウギリもしっかりと聞いたらしくすでにぱっちりと目を開けて、起き上がっていた。

「シオン、行くよ!」

「はい!」

 甲板には小型の魔物が多数あがっており、ハヤト、ヘイナ、キリン、カイン、アルトたちが駆除していた。

「数が多いな・・・・・・何か親玉でも・・・・・・?」

ヘイナが魔物を倒し、汗をぬぐいながらそう言った。

「親玉・・・・・・サトシ殿!」

キリンに名を呼ばれ、ユキやトウヤの横にいたサトシが頷き、詠唱を始めた。

「海に潜む魔物よ・・・・・・ルーンの長の名の下に・・・・・・我が前に姿を現せ!! 『破陰の光』!!」

サトシの魔術により大型の魔物が姿を現した。蒼い、水竜のように大きな、そして強い力を持っていることが一目でわかるような魔物だった。

「くっ! これは・・・・・・ヘイナ! ユウギリ! サトシ殿! マーラ! 魔法を頼む!!」

キリンが直接攻撃では歯が立ちそうにないと判断し、魔術の得意な4人に頼む。

「風よ! 我が前の敵を切り裂け! 『疾風の刃』!!」

「闇よ! 我が前の敵を消せ! 『闇の波動』!!」

ヘイナにつづき、マーラが高等魔術である闇の魔法を唱える。魔物の魔法への耐性もあってか消すことは不可能だったが、かなりのダメージを与えた。

「我と契約を結びし異界の者よ! 我に力を貸せ!! 出でよ! 雷獣『トール』!!」

ユウギリが詠唱し終わると大きな虎のような雷を帯びた召喚獣が現れ、魔物を攻撃する。雷属性に弱かったようで、魔物はみるみる力を失っていった。

「よっしゃあ!!」

ハヤトが喜びの声をあげる。ヘイナも安堵の息を漏らした。

「ユウギリさん! 危ない!!」

ユキが叫んだ。魔物が最期の力を振り絞って氷の光線を発射した。自分にとどめを刺したユウギリ一点に絞って・・・・・・。

「ユウギリ殿――――――――――――――!!」

ユウギリは頭が真っ白になった。ただ目に入ってきた情報は自分を目掛けて勢いよく発射された光線、そして、自分の名を叫びながら視界を覆ったシオンだけだった・・・・・・。

「シ、オ・・・・・・」

ドサッとシオンの体が崩れ落ちた。服もボロボロ、かなり出血していた。

「シオン! シオン!! やだっ!! 目あけろ!! シオン!!」

ユウギリが声を荒げた。いつもの様子からしてもかなり取り乱していることが明らかだった。

「シオン・・・・・・」

ユウギリはショックのせいかそのまま倒れこみ、気を失ってしまった。

 


「シオン・・・・・・」

「何ですか?」

ユウギリがその声に驚きガバッと起き上がる。目の前には包帯であちこちを巻いてはいるがいたって元気そうに笑顔を浮かべているシオンがいた。どうやら個室のようだということがわかった。それと、何故か自分はシオンの隣で眠っていたようだった・・・・・・しかもシオンはかなり余裕があるようでしっかりとユウギリに腕を回していた。

「な! な! な!!」

「はい?」

「何だ!? なんでおまえと寝て・・・・・・だっておまえ・・・・・・怪我・・・・・・」

ユウギリの慌てようにシオンは噴出したいのをこらえるように空いている方の手で口を覆った。

「ああ、けっこう痛かったですね。でも幸い魔法のエキスパートが揃ってましたからね。ヘイナとマーラ殿、サトシ殿に治癒魔法をかけてもらいました。まあ綺麗には治らなかったので包帯巻きにはされましたが」

「な・・・・・・」

「ヘイナが教えてくれましたよ。大分俺のために取り乱したとか」

「それは・・・・・・」

「しかも俺の体から離れようとしなかったようで、ハヤトが猛反対したそうですが、一緒に寝かせてくれたそうです」

「うう・・・・・・」

シオンは満面の笑顔だった。その端整な顔立ちに必殺の笑顔、普通の女性だったら卒倒してしまうやもしれない表情だったがユウギリには憎たらしくしか映らなかった。

「ユウギリ殿、怖くなかったですか? 自分に向かって光線がきて・・・・・・」

「怖くなんかなかった!」

ユウギリは怒ったようにそう言うと、シオンに擦り寄るように体をくっつけた。

「ユウギリ殿・・・・・・?」

「怖かった・・・・・・シオンが死んじゃうんじゃないかって・・・・・・僕・・・・・・僕・・・・・・自分が死ぬことはそんなに怖くないよ・・・・・・本当は怖いのかもしれないけど・・・・・・でも・・・・・・誰かを失うのはすごく怖い・・・・・・」

シオンは優しい笑みを浮かべながらユウギリの髪を撫でるように、愛しげに梳いた。

「俺も怖かったですよ。あなたが死んでしまったら俺は生きていけない・・・・・・」

「シオン・・・・・・」

「ユウギリ殿・・・・・・」

シオンはユウギリを抱きしめた。ユウギリも抵抗することもなく身体をシオンに預けていた。シオンはドアの方をチラッと見た。そちらに微笑むとユウギリに回した手の力を更に強めた。

 


「ふう・・・・・・面倒を見る必要はなさそうだな」

病人用の個室を離れ、キリンがそう言った。

「いいなあユウギリさん・・・・・・私もユキと・・・・・・」

キリンの横で看病用の道具を手に持ったままアルトが恍惚とした表情を浮かべていた。

「ふふっ・・・・・・それにしても、ハヤトが見たら嘆くだろうな」

 

 月も昇り、雨もやみ、海は穏やかになった。シオンはベッドから窓の外の綺麗な満月を眺めていた。腕の中にはぐっすりと眠っているユウギリのぬくもりがあった。ユウギリが『怖い』と言わないのが自分の生に執着していないように見えて、今までずっと不安だった。だが、ユウギリは自分の死よりシオンの死を『怖い』と言った。その言葉を聞いてやはり嬉しくなってしまった自分を隠せず、シオンは一人苦笑した。

「俺はあなたの護衛なんですがね・・・・・・」

そんな言葉もお構いなしというようにユウギリはシオンの体温のあたたかさに心地よさそうな表情で眠っていた。シオンはそのことに幸せを感じながら眠りについた・・・・・・。


〜あとがき〜
短文書いててシオンの話が少ないなと思い書いてみました。というか・・・あまっ!!ユウギリ!ユウギリ!!あんた誰!?乙女なユウギリを書いてみたいと思ったのですが・・・やりすぎたかも(笑)
シオンは実は和楽器できます。ユウギリは私の思想を反映している子でもありますので、好みも似てる・・・ということは和楽器ができない人には惚れない(苦笑)それにシオン篠笛か尺八あたりを吹いてくれそうな感じが・・・。書いてたらシオンへの好感度があがりました(笑)篠笛吹ける男の人かっこいいです!篠笛好き☆
あまいの書くの恥ずかしいんですけど、シオンとユウギリなら書けます。わりとこの2人のあまいの好きかもしれません。
本文に出てきた「雨の詩」って曲は本当にあります。習いたての時に弾きました。
キリン姐さんの意見に同感です(笑)ハヤトがあんな光景見たら泣きますよね・・・。でもこの2人は作者公認なので。
自己満足作品でした☆

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