酷い怪我だね
「お嬢様」
ヘリオス神聖国の中央神殿の奥に位置する巫女・神官たちの仕事部屋で書類を見ていた幼さの残る少女に長い黒髪の優しそうな神官の青年が声をかけた。
「レイ? 何?」
「お嬢様に護衛の方を・・・・・・」
「護衛なんていいよ。 僕巫女だけど自分の身くらい自分で守れるよ」
「でも明日は出張で慣れない土地に行くことになりますし・・・・・・ね、明日は私はいっしょに行けないので心配なんですよ・・・・・・ユウギリお嬢様になにかあったら・・・・・・」
レイの不安そうな表情に根負けしたのかユウギリという少女は護衛をつけられることに納得したようだった。
「シオンさん、入ってください」
レイがそう言うと、黒髪の背の高い少年と青年の間くらいの印象の人物が部屋に入ってきた。
「ユウギリ様、お初にお目にかかります。ここで働いている神官ギンの息子、シオンと申します。よろしくお願いします」
シオンは爽やかな笑顔を浮かべながらそう挨拶すると深々とお辞儀をした。
「うん・・・・・・よろしく」
ユウギリはレイの後ろに隠れるようにしてそう言った。
「お嬢様、駄目ですよ。 ちゃんと挨拶しなきゃ。 すみませんね、まだ幾分幼い子で恥ずかしいみたいなんですよ」
レイはユウギリの頭を撫でながらシオンに優しい笑みを浮かべながらそう謝った。
「いえ、かまいませんよ。ユウギリ様はたしか・・・・・・」
「12歳です、シオンさんより6つ下ですね」
「そうですか。それなのに天照神官長とはすごいですね」
シオンはレイの後ろから様子を伺うように自分を見ているユウギリと目を合わせるようにかがんで話しかけた。
「そ、そうでも・・・・・・ない・・・・・・」
ユウギリは恥ずかしかったのか顔を赤らめてレイの背中に顔をぴったりとくっつけて姿を隠すようにした。シオンはその愛らしい様子に笑みをこぼした。
「では、明日はよろしくお願いします。 なにぶん恥ずかしがりやなお嬢様ですが、仕事は一人でもできますし・・・・・・シオンさんはお嬢様の身の安全を守ってあげてください」
「はい、心得ています。おまかせください・・・・・・えっと・・・・・・あなたは」
「レイです。お嬢様の幼いころからの世話係をつとめています」
「そうですか・・・・・・では今日はこれで、明日ここに来ればよろしいのですよね?」
「はい、お願いします」
レイはユウギリを背中から前に出して、自分はシオンに頭を下げた。
次の日、早朝、まだ少し寒さも残る頃、ユウギリはレイに連れられ中央神殿へと向かった。シオンはすでに中央神殿の玄関に立っていた。
「シオンさん、おはようございます。 早いですね」
「ええ、初任務で緊張してしまって・・・・・・」
「そうですか、では・・・・・・お嬢様を頼みます」
「はい、しっかりと守らせていただきます」
レイとシオンがお辞儀を交わすと、馬車が到着し、ユウギリとシオン、それとユウギリの部下の神官たちが乗り込んだ。ユウギリは窓にべったりとくっつき、レイが見えなくなるまで手を一生懸命ふっていた。
目的地、ヘリオス神聖国のちょっと田舎の、田んぼや畑に囲まれた農村チャイに到着し、木造のやや古めの神殿にて、豊穣祭の準備をすすめた。ユウギリは若干12歳で見た目も幼いが、てきぱきと指示を出している姿は頼もしく感じられた。また村の人・・・・・・とくに信仰心のあついお年寄りの人たちに囲まれいろいろ受け答えしている姿もどこか大人びているように見えた。夕方になり、祭の準備は終わった。村人が用意したたくさんの手料理が並べられ、楽しそうな音楽が奏でられ、楽しい雰囲気が村を覆った。
「ユウギリ様、豊穣の祈りを・・・・・・」
「うん、わかった」
村長にそう言われ、ユウギリは扇を取り出し、村のシンボルである、大きな神木の前に正座をし、祈りを捧げた。村人たちも静かに祈りを共に捧げた。しばらくすると、静けさのなか、騒々しいほどの馬の足音が響いた。
「何!?」
ユウギリはただごとじゃない様子に大きな声をあげて音の方向を振り返った。
「ユウギリ様! 下がってください! 盗賊です!!」
シオンはユウギリの前に立ち、彼女を隠すようにした。
「僕はいいから! 村の人・・・・・・」
「大丈夫ですから・・・・・・俺はあなたを守るように言われてます・・・・・・」
ユウギリの部下たちに従い、村人は家に戻った。村の自警団の者たちだけが広場に残った。シオンはユウギリも室内に入れようとしたが、残ると言ってきかなかった。
「おらおら! 暢気に祭なんてやってんじゃねえ!!」
「金目のもん出しな!!」
十数人の盗賊団が馬に跨り、剣を乱暴に振り回しながらそう叫んだ。
「なあ、お頭、アレ・・・・・・」
盗賊団の一人がシオンの後ろでほうきを構えているユウギリを指差した。
「あの小娘見たことありますぜ、たしか・・・・・・」
「ああ、そうだ、神官の一番お偉いお嬢さんじゃねえか?」
「金になりそうだな、いっちょ襲撃すっか」
話し声が届き、ユウギリは身体を硬くした。シオンの表情にも一段と緊張がはしった。
「お嬢さんよ、痛い思いしたくなかったらおとなしく来てもらおうか」
「嫌だね!!」
後ろからよく通る声で叫んだユウギリにシオンは少し驚いたように彼女を振り返って見た。
「何を!?」
「僕がおとなしくついていくと思うの!? 本気でつれていきたいなら力づくでやってみれば!? 相手になってやる!!」
「ユウギリ様!!」
挑発するようなユウギリの言葉に冷や汗を垂らしながらシオンは叫んだ。
「かかれ!!」
盗賊団の頭の声でいっせいに部下たちが馬をはしらせた。自警団の人々が相手をするが、そこを通り抜けた何人かがユウギリたちに襲い掛かった。
「ユウギリ様には指一本触れさせません!!」
シオンはそう誓うように叫ぶと、投げナイフを手にとり、それを思いっきり投げ、盗賊たちを次々と片付けていった。
「風よ! 我が前の敵を吹き飛ばせ! 『突風』!!」
ユウギリが呪文をとなえ、盗賊団が吹き飛ばされる。村人たちが、一難さったかと安心した表情をうかべ、ユウギリも安堵の表情を浮かべた。
「ユウギリ様!!」
「!!?」
盗賊団の頭の後ろに控えた数人が弓をひく。その様子に気付き、シオンが飛び出した。ユウギリはその様子に驚き目を見開いた。シオンの身体には何本も矢が突き立っていたが、ナイフを投げ続け、盗賊団を壊滅させた。
「ユウ・・・・・・ギリ様・・・・・・おけ・・・・・・が・・・・・・は?」
必死に笑顔をつくってそう尋ねてきたシオンにユウギリは首を横に何回も振ることしかできなかった。
「よかっ・・・・・・た・・・・・・」
シオンは安心するとその場に倒れた。
「シオン! シオン!!」
戦いの後の広場でユウギリの声が響いていた・・・・・・。
「酷い怪我だね・・・・・・」
「ええ、でも何とか・・・・・・命に別状はありませんし、お嬢様も疲れているのでしょう? おやすみください」
シオンはうっすらとした意識のなか、そんな会話が耳に入った。この声はユウギリとレイだなとぼんやりと思った。
「うん・・・・・・でも・・・・・・」
「はい?」
「本当に酷い・・・・・・怪我・・・・・・なんで・・・・・・」
「仕事ですからね・・・・・・お嬢様、顔色が悪いです。休んでください」
「うん・・・・・・」
ユウギリは何回も振り返りながら部屋を出て行った。
「あの・・・・・・」
「あ、気が付きましたか?」
「ええ・・・・・・」
「酷い怪我でしたけど、神官総出で回復魔法をかけておきましたし、心配はいりませんよ」
レイはそう言いながら、濡れタオルを新しいものととりかえて、シオンの額にのせた。
「ユウギリ様は、なんともなかったですか?」
「ええ、ただあなたがあんまり酷い怪我だから心配してましたよ」
「そうですか・・・・・・でも俺が盾にならないといけない場面でしたので」
シオンは苦笑しながらそう言った。
「なんでそんなに必死になって自分をかばってくれたのだろうと不思議がってましたよ」
「そうですか・・・・・・仕事ですし・・・・・・あなたが悲しむと思ったから・・・・・・」
「え?」
予想していなかったことを言われ、レイは驚いてやや上ずった声を出した。
「初めてお会いして・・・・・・あなたたちは親子みたいだなって思ったんです・・・・・・もちろんあなたはまだお若いですし、そんなことないと思ってますが・・・・・・」
シオンは何かを思い出すかのような目をした。
「俺・・・・・・父の実の子供じゃないんです・・・・・・俺の両親は再婚して・・・・・・俺は母の連れ子でした。兄とも血のつながりはありません。それでも・・・・・・本当に仲の良い家族になれたんです・・・・・・父は俺を厳しく育てながらも可愛がってくれて、兄とはふざけあいながらもお互いを認める・・・・・・理想の家族」
シオンの表情は優しいものだった。レイも静かにその話を聞いていた。
「本当の父との折り合いは悪くて・・・・・・だから思ったんです、家族は血の問題じゃない、心の問題なんだって・・・・・・だから俺にはあなたたちは本当の親子に思えます・・・・・・親は子を心配します。 子になにか会った時は身を斬られる様な思いをするといいます・・・・・・ユウギリ様になにかあったらあなたに申し訳ないと思って・・・・・・」
「そうですか・・・・・・でもあなたに何かあったらギンさんに申し訳ないですが・・・・・・」
「それも・・・・・・そうですね」
シオンとレイは互いに穏やかに笑いあった。レイはシオンのひととなりを理解できた気がした。自分より2つ下だが、非常に落ち着いており、判断力も備わっている。それに、ユウギリをきちんと守ってくれる人物だと確信した。レイは、その後シオンにユウギリの護衛に正式になってくれるよう頼んだ。シオンはそれを快く受けた。
「ギンさん、すみません、勝手に息子さんにおねがいしてしまいました」
レイは仕事部屋にて、ロマンスグレーの髪の紳士、といった風貌の神官の男性、ギンにそう言った。
「いえいえ、もとより護衛となるよう育てた息子ですから。ユウギリ様ほど高貴な方の護衛ならいい就職先ですよ」
ギンは穏やかな笑顔をうかべながらそう答えた。
「それよりレイ殿、あちらの方のお話はしておきましたかな?」
「え、ええ・・・・・・いえ・・・・・・シオンさんにはしておきましたが・・・・・・お嬢様が・・・・・・」
「ふふ、そうでしょうなあ・・・・・・縁談など12歳のお嬢さんには早いですからな」
ギンはそう言いながら書類にペンを走らせた。すると・・・・・・。
「きさま〜!! 馴れ馴れしく触るな!!」
「ユウギリ様、なにをおっしゃるんですか未来の相手に・・・・・・」
「勝手に決まるな〜!! 僕は認めない!! 認めないからな!! それから様づけで呼ぶな!」
「では、ユウギリ殿・・・・・・手、つなぎましょうか」
「ふざけるな〜!!」
荘厳なつくりの中央神殿に響き渡る声にレイとギンは苦笑するしかなかった・・・・・・。
〜あとがき〜
彩名さま捧げ文で、ユウギリ・レイとシオンとの出会いのお話でした。
シオンがユウギリの護衛と正式になるまでのお話ですね。シオンのお父さんのギンさんとレイでそういう話が出ていたという設定です。実は縁談まで話が持ち上がっていたという(笑)
過去のお話でユウギリ12歳、シオン18歳、レイ20歳の時代です。
出会った当初はシオンはユウギリを様付けで呼んでいたという設定でした。最後の部分でユウギリが様付けを嫌がったようなのでユウギリは殿づけにおちつきました♪
シオンとレイの友情というよりはレイがシオンを信頼した時の話となってしまいましたが、彩名さま、こんな感じでよろしかったでしょうか?今後もシオンとレイを応援してやってくださいね☆