「傍に、いて欲しい」

*『2人』の登場人物のお話です。

エンディング後です。本編読んだ前提の設定ですのでご了承ください。



 

 

「メリクリ〜息吹せんぱ〜いっ!」

「め、めりくり?」

寒い1224日、クリスマスイブの夜6時。そんなイベント時でもない様子である大学の和室に一人のめがねをかけていて、豊かな黒髪を結い上げた女性が三味線を抱えて座っていた。落ち着いたその空間をまるでぶちやぶるように元気の良い声が轟く。その主は茶色の髪の背の高い青年だった。

「な、なんなの宏史、そのテンション……」

息吹と呼ばれた女性が呆れかえった様子でそう言った。すると宏史と呼ばれた青年は両手を腰にあてて、もぉ〜っと子供のように膨れると、息を吸い込んだ。

「なんなのって先輩こそなんなの! だよ! 今日クリスマスイブですよ!? なのに和室で個人練習だなんて、季節感が無いっていうか20歳の女の子として失格!」

威勢の良い宏史をうっとうしがるように息吹は顔の前で右手をひらひらと動かした。

「あのね、私は家も仏教徒だし、クリスマスで盛り上がる気はそんなに無いわけ。まったく、日本人の宗教感覚はよくわからんもんだ」

「そういう根本的なことで否定しない!」

「こういう問題は根本的から解決するもんだ」

頑固一徹の息吹に宏史もムキになり食って掛かる。それでも息吹はなお冷めた様子だった。

「恋人の一大イベントっすよ〜」

「私には恋人なんていうけったいなものはいないのでね」

軽くあしらうようにそう言うと、息吹は三味線をかまえて、練習を再開させた。宏史はぼんやりとその様子を見ていた。

――綺麗、だなぁ……

宏史は静かに三味線を奏でる息吹にいつの間にか見惚れていた。息吹は見苦しくは無いがお世辞にも美人では無い。だが、周りの女の子と違いクリスマスなのにはしゃぎもせず、ただ静かに江戸時代より伝わる日本風情たっぷりな曲を奏でている息吹は俗世と離れたような気高さがあった。宏史はそんな息吹の静けさが気に入っていた。

「ふぅ……おい、宏史」

「へ?」

いつの間にか曲を通して弾き終わったらしく息吹が宏史の方を向いた。

「あんたは何しに来たわけ? クリスマスイブだ〜とかいうわりに和室なんか来て……」

「え、いや……」

息吹のもっともな問いかけに宏史が口ごもる。

「大体この日に練習しに来るうちの部員なんて私ぐらいかと思ってたんだけど……あんたも尺八吹きに来たんじゃないの?」

「いや、そ、そうじゃなくて」

宏史は首を横に振って否定するように振舞って、一息ついた。

「俺は、ただ!」

宏史は思い切ったように息吹の左手を強引に引き寄せて自分の方をまっすぐに向かせた。

「クリスマスイブには、息吹先輩といっしょにいたいなって思っただけ……で、でも先輩メール返ってこないし電話しても出ないから、和室で練習してるんだろうなと思ってここに来ただけ……です」

息吹は目をパチクリさせながら宏史を見ていた。目の前の後輩の顔は赤くなっていく。力が緩まった彼の手から左手を取り戻すと息吹は身の回りのものを片付けはじめた。

「先輩?」

「……出かける? クリスマスなんだし……」

息吹の嬉しい申し出に宏史の顔がパアッと輝いた。飼い犬が散歩に連れてってくれる飼い主を見るような表情だった。その様子に息吹が思わず笑う。

「じゃあ、行こうか」

 

 

 外はクリスマス一色。電飾の光の演出が美しい風景を醸し出しており、カップルの多い道は夢の場所のようになっていた。

「うわぁ〜イルミネーションとかすっごい凝ってますね! ね、先輩!」

「……寒い」

「…………」

外にいっしょに出かけたはいいものの、息吹のテンションは相変わらず低い。といっても彼女はもとよりこういう性格なので悪気があるわけではない、それは宏史もよくわかっているのだがそれでも寂しいものだった。

「息吹先輩、何か欲しいものありません?」

「欲しいもの?」

「はい、俺の財布が許す範囲なら買いますから」

「……後輩に買わせるわけには……」

 あくまで真面目な息吹に宏史が目の前で人差し指を横に振ってダメだしをする。

「俺は男なんで、買ってあげたいんです!」

「…………」

 宏史のどうしても引かなさそうな態度に溜め息をついて、考える。もう1回溜め息をついて答えようと口を開いた。

「……譜面台」

「へ?」

「譜面台だよ譜面台。木製の、組み立てられるやつ。私組み立て式じゃないのしか家に無いから」

「…………」

宏史は思わず無言で返してしまった。どこまでこの人は三味線のことで、和楽器のことで頭がいっぱいなんだろう。アクセサリーとかぬいぐるみとか香水とかそういう女の子らしい要求が彼女から来にくいことは何となく予想していたが彼女限定な実用品が欲しいと返ってくるとはさすがに思っていなかった。

「あっちに、和楽器屋さんがあったはずだし」

 息吹はそう言うと賑やかな通りを抜けて、静かな道へと入っていった。宏史はそれに従った。

 

 

「いらっしゃい」

 店に入ると気の良さそうなおじさんが出迎えた。和楽器が並べられた店内はとても落ち着いた雰囲気で和室で静かに三味線を奏でていた息吹のようだった。

「あ、これこれ、これがいいんだ」

 お目当ての譜面台を見つけ、息吹がそう言った。値段を見てみると2500円だった。もう少し高いものでも買う気でいたのでなんとなく拍子抜けしたような微妙な気が宏史の中でおこった。しかし息吹はそれがとても欲しそうだった。息吹が一番嬉しそうにするのは三味線が絡んだ時だ。彼女の喜ぶ表情が見たくなり、宏史は店主にそれを注文した。

「はいよ、まいどあり。それにしても2人とも若いのにクリスマスに和楽器店に来るなんて珍しいね」

店主が笑顔でそう言う。宏史は思わず苦笑してしまった。

「先輩は三味線命なんですよ」

「ははは、まあ、せっかくクリスマス、だしね」

 店主はそう言うと、緑色の包装紙で譜面台の入った箱を包みだした。

「彼女さんへのプレゼントってわけだろう? あまり愛想のある包装紙じゃないが一応、ね」

 店主が宏史の耳元でそう小声で言った。宏史は息吹を“彼女”と言われ恥ずかしいような嬉しいようなで赤面化していくのが自分でもわかる気がした。

「はい、御代はたしかに、メリークリスマス!」

「メリークリスマス店主さん!」

 宏史は譜面台を受け取ると息吹と共に店を後にした。

 

 

 雑踏と静かな道の間。賑やかな声が少し遠くで聞こえる感じが異空間に向かっているようでどこか不思議な気にさせた。

「息吹先輩、はい、プレゼント」

「ありがとう」

 息吹はプレゼントを受け取ると嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が見れて宏史も嬉しそうに笑う。息吹が何かに気付いたように顔を上げた。

「あ、私もなんかあげなきゃ、ね。宏史は何がいい? もう少し高いものでも買ってあげられるけど……」

 息吹の言葉に、宏史はあまり考え込むそぶりを見せなかった。何か決まっているのかなと思いながらも息吹は返答を待った。

「俺は……」

「え……?」

 宏史はゆっくりと息吹を抱きしめた。ふざけて抱きつかれたことは幾度かあった息吹だが、こうやって静かに抱きしめられたのは初めてだった。体温のあたたかさが伝わってくるのと同時に彼の鼓動がはやくうたれていることがわかる。

「傍に、いて欲しい……」

「え? な、何?」

「俺、息吹先輩に、傍にいて欲しいです」

 宏史はそう言って腕に、更に力を入れた。それでも腕の中にいる女性が痛がったりしないように注意しながら。

「ひ、宏史……」

「傍にいてくれませんか?」

「え、いや、その……」

「いてくれないと俺離しません」

「んなむちゃくちゃな……」

「だって俺本当に息吹先輩の傍にいたい!」

 宏史のだだっこのような要求に困った息吹だが、彼の想いの強さに心を打たれる。もとより、息吹は素直になれないものの、宏史に惹かれていた。こうして抱きしめられているのも心地よく感じる。

「私で、いいなら……」

 搾り出すような声だった。恥ずかしくて息吹は宏史の腕に顔を埋めて隠れるようにした。

「本当!?」

「あ、ああ、女に二言はない……」

 ややおかしな言い回しではあるがそんなことを気にするより宏史はとにかく嬉しかった。パアッと晴れやかな笑顔を見せていた。宏史は息吹から少し身体を離して、またゆっくり彼女の顔に自分の顔を近づけた……が。

「待て! おまえ! 私が先輩なんだから主導権をとるな!」

 息吹の蹴りが宏史の腹部にきまる。いきなりの痛みに宏史はうずくまって、恨みがましそうに息吹を見上げた。

「先輩! ムード大事にしましょうよ!」

「いきなりは無いだろう! セクハラだセクハラ!」

 免疫が無いのか顔を真っ赤にして息吹は言った。

「だって、息吹先輩可愛いから……」

「はぁ!? 私は二十歳の女だぞ! 可愛いなんて侮辱だ!」

 どこかずれた感覚の息吹に宏史は絶句した後笑った。いかにも彼女らしいというか、そこが宏史は愛しいと思ってもいるのだが、少しやりにくい点でもあるなと思った。

「あっちに行くぞ! ここにいると何されるかわかったもんじゃない!」

 息吹は捲くし立てるようにそう言うと、足早に賑やかな場所へと向かった。

「はぁ……どうなることやらねぇ」

宏史は頭を掻きながら強がりで頑固な、それでいて本当は寂しがりやな三味線命の先輩を目で追う。周りにいる女の子たちより明らかに扱いづらい相手だ。それは重々承知の上で好きになったのだ。

「まあ、いっか。傍にいられるんだし?」

 自問自答するように言う。

「待ってくださいよ〜息吹せんぱ〜い!」

 宏史はいつものように明るい笑顔を振りまいて一番好きな女の子のもとに走っていった。

 

 

おしまい♪


〜あとがき〜
 『2人』のエンディング後のお話でした。
甘い系? なんかパッとしね〜(ぇ)
『2人』は一人称でお送りしたので今回は三人称で書いてみました。
それにしても……
息吹と宏史はだめだわ、なんかこういうの書きにくい。というか宏史が書きにくい!!(爆)
本編だと息吹が宏史に強く惹かれている感じですが、宏史くん、結構息吹先輩大好きっ子です。
息吹は暴力系だっけな? 書いてるうちに鈴化してしまいました(汗)

 駄作〜ですが2005年度クリスマス作品にします(ぇー)
みなさんも良いクリスマスを!!

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