『真珠1粒』

人にはいろいろな思い出がある

 覚えているものもある

 忘れてしまうものもある

 覚えてる中のひとつの思い出

 あなたと初めて会った時に言われた言葉

 きっと忘れられない

 だって自分の名前を誰かが呼ぶ度に思い出すもの

 あなたは覚えていないだろうけれど

きっと忘れない

 

 

 私はえい。学術に秀でた国、シュエシャオ国で生まれ育ち、もうすぐティエンシア大学2年生になろうという学生。今は1年生だけれど。そんな私が何をしているかというと……。
「ふぅ〜」
 石で造られた頑丈そうなつくりの音楽練習塔ことティエンシア大学4号館の入り口前に立って思わず溜め息を漏らす。今日は音楽サークルの集会なのだ。こういう会議に私みたいな1年生が来るというのも珍しいだろうけれど、正直うちのサークルの人はあまり頼りにならないからなぁ……。不安を煽るように練習塔は威厳あるように聳え立つ。兵舎の砦といったように見えるそれのてっぺんを、私は蒼い空ごと見上げた。
「うぅ、緊張するよぉ」
「あら、瑛ちゃん」

聞き覚えのある声に振り向く。そこには薄茶色のポニーテールがトレードマークの女性、ユミリアさんがいた。ユミリアさんは1つ上だけれど、専攻の1つが同じ音楽で、授業の関係で親しくさせてもらった先輩だ。背は私よりわりと低いけれど、優しげな笑みには面倒見の良いお姉さんという感じがした。
「瑛ちゃんも集会に出るの?」
「“も”ってユミリアさんも!?」
「うん、合唱部の看板背負ってやってきました」

私が犬ならしっぽを振っているというところだろうなと思った。ユミリアさんがいっしょなら心強い。
「じゃあ行こうか、私今回の集会知り合いいるからわりと安心だし」
「はい!」
 ユミリアさんについていって目的地の会議室まで行く。私の予想……というより希望は外れて女の子は少なめだったけれど。

 

 

「というわけでこういう集会の時リーダーをつとめさせてもらう、即興演奏研究会所属のカラノだ、よろしくな」

そう挨拶したのは肩までかかる金髪に蒼い目のかっこいいお兄さんだった。姿には見覚えがある。おそらく授業でだけれど、見かけたのが印象に残るほどカラノさんは華やかだった。

会議室の机は縦に長い、長方形の木製のもので、その周りに集った人が同じような木製のイスを並べて座っている。カラノさんは黒板のある側の真ん中に座っていた。いかにもリーダーの座る場所だなと思った。

「カラノ、見た目派手だけど気さくでいい奴だから。私哲学でもいっしょだからよく知ってるんだ」

「そうなんですか」

ユミリアさんの言葉を聞いて改めてカラノさんを見た。窓から差し込んだ光をあびているのがよく似合い、爽やかな笑顔には性格の良さが感じられた。頼りがいもありそうだし。

「リーダーと同じく即興演奏研究会に所属しています、グールと申します。リーダーは血気盛んなんで補佐、諌め訳をつとめたいかと思います」

「なんだよグール! 俺がお馬鹿な子みたいじゃないか!」

「そんなことは言ってませんよ」

カラノさんと親しげに黒髪のお兄さんが話をしている。いかにも真面目そうで、穏やかで丁寧な口調には優しそうな感じが滲み出ていた。声も低くていい声ってわけじゃあないけれど、落ち着きのある、耳障りのいい聞き取りやすい声だった。

「ほら、次!」

「え、あ、はい」

カラノさんに促されて立ち上がったのは栗色の長い髪の男の子だった。小柄で年上か同い年かは判断しにくい。でも落ち着いた感じの外見から年上かなと思った。

「ティエンシア管弦楽団のあかつきです……よろしくお願いします」

グールさんより少し声は高いけれど、この人、暁さんも優しい穏やかな声だった。落ち着いた感じの人が多いなぁと、私浮いてないかな!? と不安に思った。

「はい、じゃあ次、そこの子」

「あ、はい!」

カラノさんに指され、慌てて立ち上がった。机もわりと大きかったけれど、何人かが机の前にきっちり座れなかったというぐらい人数はわりといた。立ち上がったことでそれが意識され、余計に緊張してしまい心臓の音が聞こえそうだった。私はあがり性だし……。

「箏曲に所属している瑛です! ふとどきものの1年ですがよろし……」

「瑛ちゃん“ふつつか”だよ」

「え!? あ!」

ユミリアさんの小声の指摘に慌てると、周りの人たちが笑う。恥ずかしさで頭から湯気が出そうな感覚のまま、すとんと硬直したまま座った。

その後もそれぞれの紹介があって、集会は簡単に終わった。

「うえ〜ん、しょっぱなから恥かいた〜」

「落ち込まない、落ち込まない。初々しい感じが出ていいじゃない」

「よくない〜」

床にへたりこんだままうなだれる。石の床がひんやりと冷たい。こうべを垂らしたままの体勢でいると、視界に何本か足が入ってきた。

「ユミリアの友達だったんだ、この子」

「うん」

顔を上げてみるとカラノさんとグールさんが立っていた。カラノさんは好青年というよりいたずらっ子のような笑顔を浮べていた。

「つかみはOKってとこ?」

「言わないで〜」

頭を抱える。カラノさんにからかわれるのか私は……。

「瑛さんってリーベン族の方ですか?」

グールさんが穏やかな笑みを浮かべてそう尋ねてきた。とてもそれは安心感を与える笑顔だった。白い服装のせいか尊く神聖な印象さえ与えるような雰囲気だった。

「はい、シュエシャオ国民ですが父も母もリーベン族なので」

リーベン族とは、和国という国の民族のことをさす。シュエシャオはもとから多民族国家なのでリーベン族の国民がいたりもする。もとをたどれば和国の人間なんだろうけれど。

「そうなんですか。僕も母がリーベン族で、血は受け継いでいるんですよ、この黒髪に黒い目も母親譲りです」

黒髪、黒い目はリーベン族の一番わかりやすい特徴だ。そうはいうものの他の国でも黒髪、黒い目はいるんだけれど。

「あ、暁くん」

「はい、何でしょう?」

暁さんが立ち止まる。こうやって自分も立ってみると……さらに小さいなと思った。私よりも背は低そうだ。そしてさっきはそうは思わなかったがカラノさんとグールさんは結構背が高いようだった。私とグールさんとは頭1個分ぐらい離れていた。カラノさんはそれより少し低いけれど、長身な方だと思った。といってもずば抜けて高いってほどでもないんだけれど。

「暁くんもリーベン族の方では? 名前がそんな気がしました」

「え、ええ、まあ」

違和感があった。暁さんは栗色の髪に栗色の瞳だ。リーベン族なら、かなり珍しい人だなと思った。

「あ、じゃあ暁ってどう書くんですか?」

「明け方の意味の暁っていえばわかるかな?」

ああ! というふうにポンと手をたたく。我ながら古典的な反応だなと苦笑した。

「瑛さんは?」

「私、ですか。王に英雄の英です」

暁さんもわかったみたいでにこっと笑って頷いた。ほんわかした感じの笑顔で見るものがつられて笑うというような感じがした。

「美しい珠という意味だね」

「え?」

「真珠のことじゃないかなって思うんだ。うん、似合いそうだね」

「そうですか?」

「うん、白くてまん丸な……あ」

「…………」

私の周りに少しだけれど冷たい風が吹いた気がした。なんでかはわからないけれど私は怒ると風が周りにできるようだ。冷たい風と、私の表情が静かな怒りを浮かべているという表情にでもなっていたのだろうか、暁さんの表情は苦笑いのような失態を自覚したようなもので、構えていた。

「どうせ白むち〜な丸顔ですよ!!」

よく通る大声で言うと、暁さんの方に強めな風が吹いて髪が舞った。きつく閉じた目を開いて、その後が怖いとでもいうようにひたすら謝ってきた。許すしかないだろうというぐらい――怒涛の謝罪と称したくなるようなものだった。暁さんの印象に“謝り上手”というものが付け加えられた。

 

 

現在2年生の私はそんな過去のことを思い出しながら、シュエシャオ国家主席、ロキ理事長の打ち出した富国強兵政策の一環で訓練所の魔術訓練場にて本日の訓練メニューにとりかかっていた。訓練所は音楽練習塔と同じく石でできた建物だ。音楽練習塔より更に頑丈で、ちょっとした要塞といってもよさそうな物件だった。今は夕暮れ。訓練場は私、要するに術者側のいる場所は屋根があるが、所謂外の施設、弓術の訓練場とほぼ同じつくりだったので赤い夕日が見える。以前なら4限、5限が終わればまっすぐ帰れたのに、訓練なんて……そう思うからか、夕日が寂しげな感じに見えた。とっととメニューを終えて家に帰ろう、と炎の魔術を的に撃つため念をこめた。

「うはぁっ!」

「ピウッ!」

私の目の前でぼふっという間の抜けた音をたててオレンジの炎があがっただけだった。迫力ある炎ではなかったが、目の前だったので私の肩にのっていたまん丸になっている蒼い小鳥、聖獣のハナちゃんもびっくりした。くっそう、マッチより若干強力な火が出たぐらいじゃない! 考え事したのがまずかったかな……。

「瑛さん、また失敗??」

そう言って訓練場に入ってきたのは我が相棒となった暁さんだった。剣術の訓練メニューを終えたのか、少し疲れているようだった。周りにはあまり人がいないことに気付く。日が沈むこの時間には他の訓練生はメニューを終えているということに今更ながら悲しくなってきた。それは昼間授業あったからって、と思うと夕日が更に悲しげに思えてきた。

「詠唱に問題があるのかな? 僕、魔術詳しくないからよくわからないけど……魔術のお勉強不足とか?」

「う〜ん、魔術もどうしても召喚魔法の勢いでやっちゃうんですよ」

召喚魔法は直感型って感じだ。術者と召喚獣のいわば契約によって成り立つ魔法だからか呪文とかも自然に浮かんでくる。魔術はといえば扱うには勉強が必要なのだ。それが一番の問題なんだろうなぁ……。

「私って召喚魔法も魔術も失敗多いし、地味だし華ないし変な子」

自分の武器、箒“都の春みやこのはる”の柄の部分をいじりながら呟いた……といっても普通の声の大きさな気もする。その証拠に言葉に反応するように暁さんが首を傾げているのが目に入った。

「……瑛さんって充分目立つよ?」

「服装が珍しいからでしょう?」

「うーん、何ていうか……そうだ、これあげる」

「ふえ?」

手のひらに小さな丸いものがついたネックレスを渡された。これは……。

「真珠?」

「うん、高いものじゃないんだけれど、魔術のお守りなんだって。瑛さんには遅刻とかでいつも迷惑かけちゃってるし、あげようと思って」

暁さんが苦笑しながらそう言った。真珠は和国ではわりと安いって聞いたことがある。そのルートで手に入れたのかな。

「瑛さんってやっぱり最初会った時に言ったとおりだよね。真珠似合うと思う」

暁さんの言葉に思わずそのいつもと変わらないほんわかした笑顔をじっと見る。まさか暁さんがあの時のこと覚えているなんて完全に予想外だったから。

「真珠ってパッと見地味じゃない? ダイヤとかみたいな輝きとかがなくて」

暁さんは人でいえばカラノはダイヤっぽいねと付け加えた。

「宝石ってどれも輝きがすごいからか、真珠がその中にいると結構目立つ気がするんだよね」

「たしかに」

「個性的っていうか、他には無い輝きを持ってるんだと思う。瑛さんもそうだよ、きっと」

私は視線を真珠と暁さんと、交互に移していた。暁さんはそんな私を優しそうに微笑んで見守っていた。

「瑛さんは名前のとおり美しい珠こと真珠だよ。一粒の真珠、小さな存在かもしれない。でも存在感あるし、自分というものを貫いて一生懸命やってる姿は他の子より輝いてるよ」

いつもは私を振り回す暁さんだけれど、こうやって励ましてくれるところは、嬉しい言葉をくれるのはやっぱり1つお兄さんってとこなのかな。私は下を向いて暁さんに表情を見られないようにした。すごく照れて、恥ずかしいような、幸せなような、なんか変な顔をしてしまう気がしたから……。

「暁さん、ありがとうございます、これ、大事にします!」

私がそう言うと暁さんも満足そうに頷いた。今度は私も普通に笑顔を向けたはず。暁さんの明るい太陽みたいな笑顔が返ってきたし。いや、太陽というより朝日。見るものに希望を与えてくれるような不思議な笑顔、そんな気がした。

「真珠のキーワードは白い、丸い、一見地味、変わってるってとこかな!」

「…………」

「…………」

妙な間があるのを2人とも当然感じ取った。

「私は白くて丸くて、一見地味なわりに変わり者か……」

「え、あ、そういうわけじゃあ……」

風が私の周りに集る。これは魔力というものだったんだろうなと今では理解。自分でもなんとなくそんな気がしたが今の私はおそらくニヒルな笑みを浮べているんだろう。自分の表情なんて鏡見ないとわからないものだけれど、こうもひきつった暁さんの顔を見ていると容易に自分のものも想像できた。これがいわゆる反射というものだと、今日の心理の授業を復習してみたり。

「なんでそうあなたは一言多いんですかぁ――――っ!」

「わあぁぁぁ――――――――――――――――っ!」

巻き起こった風は暁さんを入り口のところまで軽く投げ飛ばした形になった。風で吹き飛ばす魔法がメニューだったら私ももう少し楽できるのに、と思って溜め息をついた。

とばされた先輩は小走りで腕組みの姿勢で立っている私のところに戻ってくると、私の左腕を両手で掴んだ。

「瑛さん、ご、ごめんなさい、本当にすみません、悪気はなかったんですよー?」

「悪気がないのは余計にタチが悪いですね」

「ごめんなさいっ! 本当にごめんなさいっ! 許してください瑛お嬢様ぁ―――――!」

暁さんの“怒涛の謝罪”攻撃がはじまった。上級生だというのに下級生の、しかも恋人とかそういうわけでもない女の子に半泣き状態で縋りつく姿は情けないというのを通り越して天晴れだ。

「ふ〜」

「ね、ね! 機嫌直してください! もうしませんから!」

「暁さんも、名前ぴったりですよね」

「え?」

私の言葉が予想外だったようで、きょとんとした表情に変わった。私もあの言葉を言われた時こんな顔をしたのかなと思った。

「夜明け。朝日が昇るその時間帯、希望に満ちた光景ですよね……暁さんは希望をくれる人だから、ぴったり」

私がそう言うと、暁さんは顔を赤くした。言われたことがないんだろうな。もっとも、夕日の所為かもしれないけれど。初めて見る表情に私は気を良くしたのかその後炎の魔術は一発で上手くいった。

 

 

翌日。訓練課題言い渡しのための、訓練場での朝礼……。

「こんな良い感じなのに……」

鳥の声が爽やかで少しひんやりした空気が清々しい。ランニングをしたらさぞ気持ちいい汗がかけるなというとても良い朝なのに。

「暁君はまた来ないみたいだね、瑛君たちにはこれを……」

当然のように、一番人気のない課題を言い渡された。私の機嫌は最悪のものとなった。

 

 

 「瑛さん本当にごめんなさいっ!」

 「暁って名前なら明け方ぐらいに起きなさいよこの……っ!」

 拳を握って、目を閉じて……カッと開ける。

 「遅刻魔ぁ――――――――――――!」

 うわぁ―――――っ! という暁さんの絶叫とともに、その小柄な身体は宙を舞った。

 

 

 瑛さんは真珠1粒なんてものじゃないよ、そんな言葉がどこかで聞こえたとか聞こえなかったとか……。


〜あとがき〜
合同企画、リレー小説『Geo Record』の設定を拝借して書きました。といってもこれは本編とは全然関係ないのです♪ 二次創作気分で書きました(苦笑) コメディ調に書きたかったんです。たぶん本編ではあまり遊べない気がするので。
瑛は私が担当しているキャラです。暁、カラノ、グール、ユミリアは瑛の章に出てくるサブキャラさんたちです。私的にはこの5人でもお話は全然書けそうなぐらい動かしやすい人たちです(笑)この子たちと絡んでると瑛でも遊べるんですけれどね。本編では瑛はもう少しおとなしい女の子のはずなんですが、私のなかではこれぐらいの、ちょっと乱暴な子なんですよね。風の暴発というのは本編では出ない設定かもしれません。それから本編の方が暁を大事にしてますね。でもこれぐらいふっとばしたいですが(何)
私の本名も“瑛子”なんですが“珠のように美しい子”という意味になるそうです(名前と当人があってなーい)水晶という意味もあるとか聞きましたが美しい珠って聞くと真珠を思い浮かべたのでこの話。
瑛以外にも暁たち4人を書くのも好きなのでまたこういう本編とはなんら関係のないお話を書くかもしれません。
ちなみに本編では明かされない可能性もある(瑛はともかく)ので披露をば☆ 
それぞれの担当楽器や戦闘ポジション(?)は……
瑛   →召喚士(魔術も学習中)武器は箒“都の春”――箏
暁   →剣士(小柄なため身軽)武器は剣“カノン” ――オーボエ
カラノ →剣士(剣術はかなり優秀)武器は剣“サニーソード”――ピアノ
グール→(遠距離から攻撃)武器はシュオトウ(投げることで伸び縮みする武器)“エフォート”――トランペット
ユミリア→弓戦士&魔術師 武器は弓矢“ハーモニー”――声楽、アルトパート

……モデルを色濃く残していたことを実感(今更!?)

瑛以外は本編であまり活躍できないかとは思いますが(いや、瑛もか/ぇ)……ぜひ本編もごらんください←宣伝♪

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