焚火たきび


 静かな森の夜。
 樹の覆い茂っていない場所、旅人の休息に使う場所にひとつ焚火があがっていた。
 パチパチと規則正しい音が焚火から聞こえてくる。
 その赤く、あたたかい灯を豊かな黒髪の少女が丸太に腰掛けて見ていた。
「シンジュ、どうした? 眠れぬのか?」
「シアオさん、いえ、平気です!」
 シンジュと呼ばれた少女は声の主である深緑のローブに身を包んだ小柄な青年――シアオを見る。
「……無理しちゃだめだよ? 箏曲そうきょくさん」
 シアオがシンジュの友人の真似をする。シンジュは一瞬ポカンとしてしまうが、苦笑した。
「もぉ、それやめてくださいよ、何か調子狂う……」
「やはり私がやると似ておるか?」
「ええ、もう見た目も声もいっしょですから」
 そう言っているシンジュは、シアオを見ながらももっと遠くを見ているようだった。遠い、遠すぎる彼女の故郷を見るように……。
「隣、良いか?」
「はい、どうぞ」
 シアオは返事を聞くと、彼女の横に腰掛けた。
 沈黙が流れる。2人とも焚火を見ている状態で黙ったままだった。
 それが気まずいのか、シンジュは手をもじもじさせていた。
「のう、シンジュ。焚火の、この炎は不思議なものだな」
「はい?」
 沈黙が破れたのはいいが、シアオの言葉の意がみ取れずシンジュは間の抜けた声をあげた。
「焚火を見ていると、様々なことを思い出す。遠い過去のことまで鮮明に思い出される気がするのだよ……お主も先程はそうだったのではないか?」
「そう、ですね……」
「故郷のことか?」
 シンジュはシアオの言葉にゆっくりと頷いた。
 彼女の故郷、それはこの世界ではなかった。
 彼女は地球という場所からどういうわけだかこの地へ飛んできてしまったのだ。
 賊に襲われそうだったところをシアオが助けた。それ以来何かの縁だと思い彼女を弟子とし、師弟のちぎりとして彼女に“シンジュ”と名を与え、面倒を見ることになった。
「辛いか?」
「……辛くないと言えば嘘になりますね」
 シンジュは平気だと嘘を言ったところでシアオには見抜かれる、そう思い正直に答えた。
「帰りたいって思いますし、みんなに会いたいって思います」
 シンジュは空を見上げた。
 遠い、遠い故郷を思うように、果てない空を見る。
「だから、そのためには……!?」
「……!」
 シンジュとシアオがただならぬ気配に背後を見る。
 2人とも息をひそめて、集中力を高めた。
「……なにか、来たか」
「グルさんじゃあないですよね?」
「この気配、お主とてわかっておるだろうに」
 シアオはそう言うとさやからレイピアを抜く。
 それに習うかのように、シンジュは樹に立てかけてあったこんを手に取った。
 2人の視線は不気味に動く緑に注がれる。
「来る!」
 シアオがそう叫ぶと、茂みから黒い獣の影が飛び出す。
 グルルル……と、額に宝石をつけた黒豹は殺気を纏っている。
 その殺気は動物が、自然と共に生きてきただけの動物ではおよそ放たないものだった。
「<くろ>の回し者か……まったく、静かな時間も過ごせぬ」
 シアオはそう小声で言うと、レイピアを顔の正面に掲げるように構え、目を閉じ、詠唱にとりかかった。
 隙ありとばかりに黒豹がシアオに飛び掛る。
 シアオの前に棍を突き出し、シンジュがそれを妨害する。
「狙ってくるところを間違えましたね黒の方。ここ、焚火ありますよ? さて、私は何の守人もりびとでしょうか」
 シンジュは挑戦的な笑みを浮かべ、黒豹と対峙した。
「来たれ我が赤き情熱のしもべ! ヤンヤン!」
 シンジュが呼びかけるように唱えると、焚火から<赤>の紋章が現れ、そこから真っ赤に燃えるようなたてがみを持った獅子が躍り出た。
「ヤンヤン、時間稼ぎをお願い!」
 シンジュがそう言うとヤンヤンは黒豹に飛び掛っては引き、間合いを取った。
 黒豹はシアオやシンジュのことは目に入らないかのようにヤンヤンに牙をむく。
 ヤンヤンの方は忠実に主人の命を達成しようと、大きい体に見合わない軽やかさで攻撃をかわしつづけた。
「風よ、我が敵をいましめよ!」
 シアオが目を開けると、一陣の風が吹き、黒豹へと襲い掛かる。
 獣はもがくが、風の鎖はとけることはない。
「さ、お主は自然に帰れ。その方が良い」
 シアオは静かにそう言い、黒豹の額に手をのばした。
「風よ、この者の呪いを払え」
 シアオの声に、風が集る。
 風は黒豹の額の宝石を取り去ると、止んでいった。
「さあ、戻るが良い」
 シアオは戒めを解く。
 黒豹はシアオ、シンジュ、ヤンヤンへと視線を移し、自分の身の安全を確認し終えると茂みの中に静かに帰って行った。
「<黒>も酷なことをしおる。自然の者を使うとはな」
 シアオが静かにではあるが、怒りを吐く。シンジュはそれに頷きながらヤンヤンを撫でていた。守人の使い魔は主に撫でられ気持ち良さそうに目を細めていた。
「しかし、お主の魔法の成長は目をみはるものがあるな。使い魔も手なずけておるし……」
「今日は焚火があったから……私は<赤>の守人ですもん。火が側にあれば力は強まるじゃないですか」
 シンジュがそう穏やかに答えながら、返還の方陣を描きヤンヤンを戻す。
「とっとと<黒>の奴らを倒してやらなきゃね! この世界のためにも、それに私自身のためにも! ね、シアオさん!」
 シンジュは決意と明るさの満ちた爽やかな笑顔を浮かべシアオを振り返った。
「ああ、そう……だな」
 シアオの表情には影があったが、シンジュはそれには気付かなかった。あくびをする彼女をシアオは寂しそうに見ていた。
「魔法を使って疲れたはず、もう寝た方が良い……」
「んー、そうですね……シアオさんも寝ます?」
「いや、私は少しここで空を見ている……グルのところへ行って眠れ」
「はい! じゃあおやすみなさいっ!」
 シンジュは会釈をするように軽く頭を下げ、その場を後にした。


 一人になったシアオは静かに丸太に腰掛けていた。
 シアオは年齢21歳と年若いが、前世の記憶があるため“賢者”と呼ばれ、俗世を離れたおごそかさを漂わせた青年だった。だが、焚火の灯に照らされた表情は寂しそうで、不安げで・・・・・・幼ささえ伺えるようだった。
 焚火を見ていると過去のことを思い出すと言ったシアオ。遠い昔のことまで思い出す。前世も含め……だが、今シアオが思い出しているのは少し前の、シンジュと出会いそれから起きたことばかりだった。
「シンジュ、お主は戻るのだろうな、あちらの世界へ……」
 異世界からやってきたシンジュ。自然にあるならば彼女は向こうの世界にいるべき女性だ。こちらの世界にいられるよう魔法への耐性をつけさせてその反動で外見が変わってしまったり、本来戦うことを知らなかったのに戦う術を身につけさせたり……自然が本来の姿であるように、が信条であるシアオが彼女をその道から外しているのは苦笑するしか無い。
「……私も寝るか、明日も早い」
 シアオはそう呟くと、焚火の始末をした。
「…………」
 火が消え、残った煙も消えていく。その様子がシアオの瞳にははかなく、また悲しく映った。
 どうしてもシンジュ――<赤>の守人――と結びついてしまう。<赤>の魔術が火をつかさどるからだろう。それに、シアオにとってシンジュは暖かい、それこそ暖をとる焚火のような存在だ。そのイメージもあったのだろう。
「シンジュ……」
 自然は本来の姿であるように……それでもシンジュにこちらの世界にいて欲しいと願う心をシアオは否定できなかった。
 シアオがそう願ってもおそらくシンジュは自分の前からいなくなってしまうだろう。今消えた焚火のように……。
 この世の7つの属性は自然を司る。自然には永遠など存在しない。それでも火は一番儚いような気がした。
「儚いからこそ、美しいのだろうな、自然も、命も、みな……」

――それは、わかってる、わかっているが……

 シアオは焚火の跡を見下ろして、その残骸に手をあて、目を閉じた。

――焚火よ、シンジュという名の焚火よ、どうか消えないで……

 風をまとった青年は静かに、そう祈った……。



〜あとがき〜
 内小説(サイトに載せていない)として書いている小説『虹色の力』で書かせていただきました♪
小説書くためのお勉強として自分に課している小説ですね。
設定ではシンジュは“箏曲さん”が異世界に飛ばされてシアオの魔術耐性の薬によって外見が変わっちゃった(おかげで美少女/笑)女の子です。シアオはそんな彼女の元の世界にいる友人にそっくりなんですよねー。最初にシアオが真似してるような話し方で小柄な青年、といえばあの人ですね(笑)
 シンジュとシアオは師弟というより兄妹というか、家族みたいな関係になってるんですよね。前世の記憶があるということで両親に気味悪がられて捨てられてしまったシアオは“家族”は遠いものだったので、妹のような(娘のような?)シンジュの存在というものが大きくて、離れてしまうのが寂しいのです。シンジュもシアオを大事に思っているのですが、この段階では元の世界に帰ることで頭がいっぱいで帰ったらシアオと離れるということに気付いていないんですよね。まあそういうすれ違いはいろいろドラマを生むといいますか(何)
 『虹色の力』は蒼より軽めな話で書き易いですね。主な登場人物と称してしまうと10人近くになってしまいますが主に描くのはシンジュとシアオ、あとグルぐらいかなと。シアオは書いてて楽しいですねー話し方が♪ こういう話し方するキャラは私はなぜか書いてると楽しくなります(笑)
 今こっちは3話目を書いていますが、内小説でもちゃんと完結させられるようがんばります☆
短文でまた登場するかもしれませんがその時はシンジュとシアオをよろしくお願いします♪

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