「運命の女神」
……だが、その幸福は続かなかった。
「……シェイド様?」
「何? インツー?」
「今、夜中ですよ?」
「そうみたいだね」
「ここ、私に与えられた部屋、ですよね?」
「そうだね」
「なんで私に覆いかぶさってるんですかあなたはぁっ!?」
私が大声とともにベッドで眠っていた私に乗っかっている戦場の女神をはねのける。
あはは、と私をからかうように笑って女神――シェイド様は華麗に着地する。
夜中で暗いとはいえ、月明かりのおかげで部屋はちゃんと見える。
ランプに灯をともし、私はロッドを手に取った。
「そんなに怒ることないじゃないかインツー。私と君の仲だろう?」
さも愉快そうに笑っている我が上司の姿が鼻につく。
栗色のサラサラした長い髪、色白で陶器のように美しい肌、可憐そうでいて、何者にも屈さない強さを宿しているエメラルドグリーンの瞳、整った鼻梁。
戦場でなくともその美しさは変わらない。
見た目が麗しいだけに一層腹ただしい。
「部下に夜這いかける騎士がいますかっ!?」
「まあまあ、おさえて。せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」
「笑ってる場合ですか! 犯罪なんですからね! この変態女装男!」
そう。戦場の女神と呼ばれている騎士様だが、彼女は、いや、彼は男だ。
女だと思わせた方が良いからだろうか、他に何か事情があるのだろうか。とにかく彼は普段女として生活している。
国民もいや、周辺諸国の人々もシェイド様は女性騎士だと誰もが思っているだろう。
この事実を知るものは騎士団の中でも少ない。私も従騎士のなってしばらくたって彼が男だと知った。
シェイド。随分男っぽい名前だなと初めて名を聞いた時に不思議に思ったものだったが、屈強な男に負けないように男のような名をつけたという話を疑いなく信じたものだった。
別に女装していても構わない。あの戦場での勇ましさ、部下をまとめあげる統率力。彼は尊敬できる騎士だ。
だが……。
「しょうがないじゃないか、君があんまり可愛いものだから」
「可愛くないっ! 自慢じゃないですけど生まれてこのかた一度もそういう風に言われたことはありませんっ!」
窓に映る自分を見ながらそう言う。
東方の血をひいたことが一目でわかる漆黒の髪は豊かすぎて重々しい。
シェイド様とほぼ同じぐらいの女性でいえば平均的な身長(シェイド様は背が低いことになるんだな)。
騎士とはいっても魔術師の私には逞しい筋肉もついていない。だが魔力を使うスタミナのためと兵舎では魔術師にもたくさん料理がふるまわれてしまうからか、丸顔、もうまん丸だ。興味を持たないからいけないのだが手入れをしていない顔のパーツは素で勝負だ。到底可愛いというものではない、と私は思う。
だが、この私の前にいる美貌の騎士様は私をひどくお気に入りらしい。
傍に仕えさせたのも彼の希望だったとか。
たしかに戦術の相性が良いのではあるが、何だか複雑だ。
「随分、嫌われてしまったかな」
シェイド様は、ちょっと寂しそうにそう言うと、ドアへと向かった。
「き、嫌いじゃないですけど……」
「まあ、君がその気になってくれたら……それまで待つよ」
シェイド様は、そう言い、手をひらひらと動かすと部屋を後にした。
私は、呆れたような、困ったようないろんな感情が混ざりつつも、身体を休めるため、眠りについた。
翌日。
オウペス国は王国ではあるものの、民主制が前提とされているこの国は平穏だ。
レンガ造りの建物がこの温かな街によく似合う。
太陽に照らされている時間は小さな子供たちが広場で遊び、大人は労働に汗水を垂らしながらも、笑顔が絶えない。
騎士を目指したり、学者になろうと志す若者は学院に行き、夢を追う。
私はこの国が、そしてこのセレナの街が大好きだ。
戦が無い平和な時は、私たち騎士は街の見回りなどが仕事だ。
私は声をかけてくる人々に笑顔で応対しながら、シェイド様と街を回る。
「シェイド様〜」
老若男女問わず、シェイド様は大人気。
騎士の鎧を纏うシェイド様は綺麗だ。その上自分たちを守ってくれる頼もしい騎士だ。
これが部下に夜な夜な忍び寄る変態野郎だなんて誰も思うまい。私はそう思った。
「裏通りも見て回らないとな」
「そうですね」
私たちは表通りや広場を回った後、裏路地へと入っていった。
空が明るくてもこの辺りは暗く、人通りが無く静かだ。
表通りの賑やかさが遠くで聞こえる感覚がする。
「や、やめてください」
か細く高い声がした。
緊迫した場面、それを察知し、私とシェイド様は足を速める。
店の裏と反対側の壁。そこに猫を抱いた、か弱そうな少年が、人相の悪い男性3人組に追い詰められるようにして立っていた。
「なあ坊や、ここの店が出しちまった問題、わかってないかなぁ?」
「ここの店主がうちの情報を騎士に漏らすもんだから仲間が検挙されちまったんだよな」
少年が猫をギュッと抱きしめる。その身体は恐怖で震えていた。
「……あの盗賊団の奴らか。インツー、行けるか?」
「もちろんです!」
私の返事と共に、シェイド様が男たちの下へと歩み寄った。
美しい表情には先程までとは違い厳しさが雑じっていた。
「少年一人に大の男3人、随分弱気なものだな、貴様らは」
「何……!」
男がシェイド様を睨むも、威勢が薄れる。この辺りにいてシェイド様の顔がわからない人もいない。
“戦場の女神”の実力を知らない人もいないだろう。
「どうした? 私の顔がそんなに怖いか? なら下がれ、臆病者どもが」
「何を! い、いくら貴様が名高き騎士様でもこっちは男3人だ! 女には負けるか!」
あ〜あ、シェイド様は男なんだけど。しかもごろつき3人じゃ敵いっこないのに……。
「インツー、この子を」
「了解しました!」
私は猫を抱いている少年の手を引き、男たちから離れる。
シェイド様は剣を抜き、盗賊たちと対峙していた。
「はぁっ!」
シェイド様がしかける。男の方は気迫負けしたのか、及び腰。
剣を受け止めたのは褒めてやりたいが、その剣はシェイド様により折られてしまっていた。
「うりゃあぁぁ――――っ!」
2人めがシェイド様に斬りかかる。
勢いは良かったものの、冷静な受け流しに合う。
「インツー!」
「はいっ!」
ロッドを構える。私の考えに反応するように先端についている蒼い石が光る。
「稲光よ、我が敵を貫け! ″サンダス!!″」
雷撃が男たちを攻撃する。急な衝撃に、男たちは声も無く倒れる。
私は胸を撫で下ろした。
「勝ったと思うな……!」
男の言葉に首を傾げる。
「お姉ちゃん上!」
少年の声に驚いて上を見る。
剣を持ったまま、屋根から降下してくる盗賊団の男が眼に入る。
私は少年を腕の中におさめ、かばうように身を屈めて目をギュッと瞑った。
「ぎゃあっ!」
耳に入った音は、私が斬られる音でもなく……男のうめき声だった。
「大丈夫か? インツー」
シェイド様が涼やかな顔で、剣を収めた。
男はというと、シェイド様の一撃を喰らい、倒れていた。
先程倒した男たちと共にシェイド様が縛り上げる。後は騎士団の砦にこいつらを突き出すのみだ。
「坊や、大丈夫かい?」
「はい、あ、あの、ありがとうございました!」
少年は、顔を赤らめて礼を言う。
まあ、美人だからしょうがないか……男だけど。
「よし、もう大丈夫だけどお店に戻りなさい。ここ、君の家だろう? ああ、通報を親御さんにしてもらえると助かる」
「はい! わかりました! シェイド様、魔法使いのお姉さん、ありがとうございました! では僕はこれで」
少年はペコッと頭を下げ、ドアを開け、店へと入っていった。猫も礼を言うように可愛く鳴いていた。
「馬鹿者! 少年の安全を完全に確保するまで気を抜くんじゃない!」
「申し訳ありません!」
シェイド様の厳しい目が私に向けられる。
男3人を倒したといってたしかに私は隙だらけになっていた。守らないといけない子を預かっているというのに、失態だ。
「……怪我がなくて、よかった」
シェイド様の声に安堵と優しさが込められていた。
部下を心配してくれ、助けてくれる上司。
やはり、シェイド様は立派な騎士だ。
「……え?」
気が付くと、シェイド様は、私を壁に追い詰めていた。
シェイド様の両手が壁につけられており、それに私は挟まれている。
「ん? 俺に惚れ直したか?」
「な、何でそうなるんですかっ!」
「ピンチを救う騎士、良いシチュエーションだからな」
「自分で言いますかそういうこと!」
シェイド様は獲物を手中に収めた肉食獣、そんな不敵な笑みを浮べる。
悔しいが、そんな表情でさえ彼は美しいと思う。
しかも、今はちゃんと男性に見える。
「そ、外で迫らないでください……」
「心配するな、こいつらは当分目は覚めないし、他のパトロール隊が到着するのも先のことだ。恥ずかしがるな」
「そうじゃなくて! っていうか何でそんなに自信満々なんですかあなたはっ!」
彼は自分の性別を理由あって偽ってるのでは無いのだろうか。
女の私に迫っているところなんて目撃されたらあらぬ誤解を招く。
いや、勤務中に部下に迫っているだけで倫理が問われる。
「ふむ。では、こいつらを引き渡してから部屋でじっくり……」
「この変態騎士がぁっ!!」
私が怒鳴るとまたけらけらと可笑しそうに笑って、私からようやく離れた。
もしかしたら私はからかわれているだけなのかもしれない。
問題のある上司だけど。
戦場での功績。普段からの努力。騎士団団員への気配り。民を守ろうという意志の強さ。それは誰もが認めると同様に私も認め、尊敬する。
隙を見ては迫られるし、ほぼ毎晩のように夜這いもかけられて困るけれど。力ずくで事に及ばれたわけではないし……。
それに。
さっきのようにピンチになれば必ず助けてくれる。
おとぎばなしに出てくるような颯爽と現れる騎士、彼はそのものかもしれない。
あの凛々しい姿には思わず鼓動が高鳴る。
「では、頼む」
「了解いたしました。シェイド様たちは砦にお戻りください。後は私たちが引き受けます故」
「うむ」
別のパトロール隊がかけつけ、男たちの身柄を渡す。
シェイド様が、私の方へと歩み寄る。
「では、戻ろう」
綺麗な笑顔が私を包む。
“戦場の女神”人は彼女を……彼をそう呼ぶ。
突拍子もない人、それが彼の本質だけど。
皆彼のことを、本当の彼を知らないから女神なんて呼べるんだ、そう思うこともあるけど。
追いつこうとしても追いつけない永遠の憧れ。
この人を見て騎士団に入ろうと決めた。この人を目標に日々がんばってきた。
私にとって、シェイド様はさしずめ“運命の女神”なのかもしれない……男だけど。
私は、美しき女神の男性の麗しい横顔を見ながら、そう思った。
〜あとがき〜
夢で見た設定のお話(ぇ)
最近変な夢多いんで(苦笑)
夢ではインツーは私で、シェイドは不思議系でおなじみのあの方でした(笑)
迫られてたのは私の願望!?(核爆)
まあ、そんな冗談はおいといて、夢の中の街並みがすごく西洋ファンタジーっぽかったですし、何となく突発的なSSファンタジーが書きたかったのでじゃあさっそく☆(何)
ラブコメファンタジーって感じで楽しく書かせていただきました♪