「勇者と魔王」
――俺、勇者になる! 勇者になって魔王を倒すんだ!
真っ赤な髪をポニーテールに結った姿が印象的な少年、サガは幼い頃からそう言い続けたものだった。
穏やかな農村の、ごく普通の家に生まれたサガは平和に暮らしていた。時折旅人から聞く、厄災の話。魔王が国を荒らす。人々を脅かす魔王の存在……。
サガは人々を不幸にする魔王が許せなかった。正義感の強い少年だったのだ。
勇者というのは職業では無い。物語上のヒーローに過ぎない。しかし、大きな厄災の際、人々を救い出した者を勇者と呼ぶこともあった。時に剣豪、時に凄腕の魔術師、時に博識の軍師。
17歳になったサガは、あまりにも多い厄災にいてもたってもいられなくなり、護身用程度の剣や防具を溜めていた小遣いで買い、冒険者として依頼を受けて賞金稼ぎ紛いのこともしながら旅をした。
ある程度の泥棒など捕まえられるし、多少のことは自身の剣術で何とかなった。サガは幸い剣の腕は良かったのである。
その旅に大きな転機がやってきた。
冒険者のギルドにて、謎の巨大熊討伐の依頼を受けた。これはかなりの厄災だと話もいろんなところで聞くこともある大きな事件だった。
サガ以外にも屈強なる男たちが同じ依頼を受け、集結していた。
空模様はどんよりと曇った、黒に近い灰色をしている。今にも嵐がやってきそうだ。
山に依頼受託者たちが入っていく。サガも同じく。足場はあまり良くない。鬱蒼とした森、そんな印象の場所だ。
「おまえみたいな年の奴でもこういう依頼を受けるのかい」
サガより頭2つ分ぐらい背の高い、大きな太刀を背負った男――ちなみにサガは同年齢の少年たちの中でも平均の背丈はもっている――筋肉隆々の身体には傷跡がいくつもある。いくつも危険な仕事を請けてきた証にも思えた。
「ああ、俺は人に災いをもたらす奴は許せない。危険なら承知しているけど、勇者を志す俺は、ただ災いを取り除くだけだね。もちろん先立つものも必要だけど」
男はニッ笑って返す
「勇者ねぇ、俺もそんなこと言ってたことがあったっけ」
「俺は本気だぞ?」
サガは、よく村の子供にもこの勇者になるということだけは笑われた。そのせいか、若干声に怒気が篭った。
「馬鹿にする気なんて別に無いぞ。ただ勇者なんて周りが言うものだからな……」
男が立ち止まる。サガも足を止めて男と、いや、他の男たちと同じ方向を見る。
何かがやってくる。大きな足音をさせた何かが。
「出やがった!」
男たちが武器を構える。大きな、大きな、真っ黒な体毛を多い、目が不気味に赤く光っている熊、いや熊に近い化け物だった。
化け物がその大きな手で自身に斬りかかる男たちを張り倒す。その巨大な力に人が簡単に吹き飛ばされている光景。サガの額から汗が流れ落ちた。
サガはかつて凶悪な犯罪者を取り締まる仕事は請け負わなかった。ここまでの戦闘をくぐりぬけることは無かった。
「く、くそぉっ! いってやる!!」
サガが、剣を振りかざしてかかっていく。
自分の動きが、化け物の動きがスローモーションで見ているようだった。
巨大な手が自身に迫ってくる。
――ああ、俺、死ぬんだ
サガの意識は遠のいていた。
「ん……」
サガは目を覚ました。ぼんやりとする視界から入る情報を脳に送る。灯は松明によって得ているが、それにしても陰鬱な場所だった。人の屋敷。暗い色使いのそれは人の屋敷にしか見えないのに人の屋敷ではないようだった。
「もしかして、死者の館〜みたいな死後の世界にやってきちゃいましたか?」
サガは参ったな、と呟きながら、頭を掻き毟った。夢の実現、勇者になることも魔王を倒すことも……魔王とは出会うことすら敵わなかった。
「ん?」
視線の先に一人の女性、色の白いほっそりとした人物がサガの様子を伺うように見ている。
「あの、ここの人?」
サガがそう尋ねると、女性は丁寧なお辞儀をした。
「はい、さようでございます。貴方様は、人を助けたいと希望し魔王との面会を強く願っていた方ですね?」
女性の言葉にサガは驚く。目を見開くだけの彼に女性は微笑んだ。
「魔王様がそういう人を城に招きたいとおおせで、貴方様が、ちょうどデーモンと対峙し、危険が迫っているとのことで急遽呼び出し魔法にて連れてきたというところです。唐突で申し訳ありませんが、どうぞ、謁見の間へ」
「魔王がこの先に、その謁見の間にいる、とのことだな」
「ええ」
サガの心臓が激しく鳴っているのが直接自分の耳に届くようだった。魔王と対面、夢に大きく近づいた、その喜びというよりは緊張の度合いの方が強かった。
「では、こちらへ」
魔王の配下の者というには、あまりにも女性は優雅な身のこなしだった。サガにはそれが不可解にすら感じた。
やはり陰鬱な廊下だった。魔王の住処には相応しい。謁見の間に向かうまでに、広い場所にも出た。妙に生気の無い人の集団も見かけたが、この城の者は、どの人も悪人というよりは普通の格式高い屋敷の使用人といった雰囲気が何故か感じられた。
「どうぞ、私はこちらで控えております」
女性がそう言うと、その重々しい扉の前に控えていた男たち2人が、やはり重々しい音をたてて、扉を開いた。
――ついに、魔王が……
驚くほど、明るく見えた。
白い壁、磨き上げられた大理石と思しき床の上には、柔らかい素材の淡い桃色の絨毯が敷かれている。天井は高く、見上げると、天気の良い青空が描かれている。それに驚いていると、仔兎――背中に羽の生えた淡い桃色がかった毛並みの見たことない種類の――が足元にやってきていた。
「へ?」
間の抜けた声をあげてしまう。意識が戻ってきていないような感覚で桃色の絨毯を目で追い、先に玉座を見つける。同時にそこに座った人物も。
「こんにちは。ようこそ、セスリムニル城へ。私は、現魔王のフレイヤ。勇者を志す少年を歓迎します」
高い、しかし柔らかい少女の声が振ってきた。玉座に座っていたのは、金色のサラサラとした長い髪にエメラルドグリーンの瞳を輝かせた、ふわふわとフリルやリボンが様々な場所にあしらわれた可愛らしいデザインの桃色のドレスに近いワンピースを纏った少女だった。サガはかつてここまで愛らしく美しい少女を見たことは無かった。年のころはサガと同じぐらいだろう。それこそが魔王だったのだ。
「ま、ま、魔王? 君が?」
「ええ、たしかに在位は短いというかほんのちょっと前に玉座に就いたばかりだけど私が魔王よ」
少女……フレイヤはにっこりと微笑んでいた。
「俺は、勇者を志してる。魔王討伐が俺の夢なんだぞ? わかってるのか?」
フレイヤが困った顔をすると、玉座の隣に長い銀の髪、真っ白な肌、赤いルビーのような瞳を持った長身で細身の、美しいといって良い容貌をした青年が歩みだした。
「君は誤解をしている。いや、人間界のほとんどが誤解をしているので仕方無いのだが」
「あんたは?」
「これは失礼。魔王陛下、フレイヤ様の護衛並びに補佐官をつとめている、バルドルという。ヴァンパイア一族の者」
「なっ……!」
サガが剣の柄に手をやる、それを制するようにバルドルが手のひらをサガに見せた。
「ほらー、バルドル作戦失敗よ! だからいつも通り接すればいいって言ったのにー!」
フレイヤがムッとしたような顔でバルドルをにらみつけた。
「だ、だって、それではあまりにも威厳が無いと思ったのです! 良かれと思って!」
バルドルはたじろいでいた。凛然とした美形が影を薄める。
「どーせへたれなんだから」
「へたれじゃないです!! 闘技大会にて優秀な成績を修めたためこうしてお傍にあがっているというのに!」
「なによ! 吸血鬼のくせに貧血起こして倒れた、立派なへたれじゃない!」
「吸血鬼は、血を吸うことで通常より大きな力を発揮することが出来るという魔族なだけで普段は血を吸わないと言ったじゃないですか!」
「猟奇殺人の話聞くとすぐ倒れるし!」
「善意ある者として当然の反応なんです!」
サガは、剣の柄にかけていた手から力がどんどん抜け、結果剣をとることは無いような姿勢になってしまった。
「あ、あのぅ……」
サガが何故だか申し訳ないような気分になり、小さめの声で2人の口論を止める。
「俺が、魔王とかこの辺のこと誤解してるんだったら、説明してほしいなぁ……って」
「あ……」
「そ! そうでした! 陛下、後ほど、へたれ発言を撤回するように」
バルドルがそう言うと、フレイヤははーいと気の無いような返事をした。
「ここを魔界と言います。魔界は我ら魔族の世界。魔族の仕事は、死者の浄化とデーモンの管理が主にあげられるのです」
「死者の浄化? デーモン?」
サガの言葉の意を理解していないという言葉にバルドルは頷いた。
「君たちの世界では生きている者には必ず死がおとずれる、間違いないですね?」
サガはその言葉に頷いた。
「死ねば、この世界に来る。多くの場合は、この城にやって来て、自分の生きた道を示す。そしてその辿ってきた道に応じて、転生の儀を行う。つまり生まれ変わらせまたあちらに戻ってもらう、そういうことが我らの仕事の一つなのです」
「それって、神様の役目じゃないのか?」
「それが誤解なんですよねぇ。君たちが言うような神というのは存在しないのです。実在するのは我ら魔界の住人ですし、少なくとも君たちの世界の“生”に関しては我らの管轄と認識して頂ければ間違い無いです」
サガは目を丸くした。魔界は自分たちの思っていた天界に等しい存在なのだ、そう理解しているところだった。
「デーモンというのは、悪魔、魔物とも呼ばれます。これもよく誤解されているようなのですが魔界の住人では無いのです。人々の負の感情が生み出す化け物というのがその正体です」
「負の感情……良くない思いってことか?」
「はい。妬み、恨み、憎しみ。通常レベルの感情ぐらいなら、それがデーモンとはなりはしないはずです。奇怪な生物が目撃されたという情報が稀にあり、伝説に近い形でぐらいしか君たちの世界でも現れなかった、違いますか?」
サガは、考えるようにして、たしかにそうだったと頷いてみせた。湖に何かが出たとか雪山に何かが出たとか、時折聞いたぐらいの、真実味の無いぐらいの程度のことだったと記憶している。
「しかし、今デーモンの出現が多々報告されているのが現状、これは由々しき事態。君たちの世界で負の感情が広がっているということになるのですよ。それも尋常ではなく」
サガは何となく事態を飲み込んだ。といっても元来深くものを考えるのが苦手な少年である、とにかく自分の世界に異変が起こり、良くない事態が発生しているのだと認識した。
「それで、人のために戦える、あちらの世界の者を呼んだの。この数では魔界から兵士を派遣しているだけでは駄目。魔王自ら元凶を探す旅に出なくてはいけないの」
フレイヤはそう言うと、玉座を立ち、サガの傍に歩み寄ってきた。綺麗な目には真剣な光が宿り、真摯にサガの目を見つめている。
「貴方を案内人に命じたいの。あちらの世界の生きている人間、そして清らかな心を持ち、正当な術、技をまだ身につけていない魔界のスキルを受け入れる余地のある者……その資格を持つ貴方にお願いしたいの」
サガもフレイヤの目をまっすぐ見ていた。宿敵と思い込んでいた魔王だ。しかし、その宝石のような目には高貴で誠実な光しか宿っていないように見えた。
「私からもお願いします」
バルドルもサガの傍に歩み寄る。颯爽とした、凛とした青年も、若干威圧的に思えたはずなのに、へたれ印象を与えられてしまったが、この青年もやはりまっすぐな目をしていた。
「我らは死者の健やかなる生の世界への復帰と共に、人や動物、植物の生きている世界の平穏を司る。それに協力して欲しいのです! 君の信念に添うと思いますよ」
バルドルが頭を下げる。
サガは2人を交互に見やり、剣の柄から手を離し、右手でバルドルの手を、左手でフレイヤの手をとった。
「事情を全て理解しきったとはいえないけど、俺の直感で、その案内人にでも、何でもなってやると決めた。こちらこそ人のため生きているもののため、お願いする」
サガがそう言うと、嬉しそうに2人が笑った。
ここに、世界の平穏を願い動くことを決めた、勇者……を志す少年と美少女新米魔王と血を普段吸わないへたれと呼ばれる吸血鬼の奇妙なメンバーによる不思議なチームができあがった。
〜あとがき〜
我ながらへっぽこファンタジーです。なんだかパッと浮かんだ設定で書いてみました。ちょっと見た夢にヒントもらった感もありますけど。
名前とかは北欧神話からとったものです。
私が本気で設定考えて書くファンタジーってどうも重くなってしまうので。ってたぶん私が重めなファンタジーの方が好きだからそうなってしまうんですけど。私がつくったファンタジー小説は連載しているの以外でも6個あって、こうやって短文でお目見えすると思います。長編で書く余裕が無いので短文で出そう作戦(何の作戦だか)
設定で迷ったのはサガの名前と、フレイヤの瞳と髪の色、バルドルの性格をへたれにしようか凛々しくしようか、です。
フレイヤは王道美少女です。魔王なので、守られ系じゃないですけど。バルドルは、へたれですが強いですよ。ただし吸血鬼のくせに流血が苦手なんですよね。ホラー映画なんか見たら倒れちゃいます(苦笑)
機会があったらまたこの3人組の話も短文で書くつもりですので、よろしくお願いします。