第15章 信頼や不安
マオ族の協力も正式に得られたハヤトたちは次の日の朝、ルーンに合流するマオ族のメンバーを連れて村を出発することにして、夜は休むことにした。
「う〜ん・・・」
「トウヤ?起きた・・・のか?」
意識を失っていたトウヤがマーラとハヤトが見守る中、ゆっくりと目を開けた。
「あれ・・・僕・・・そうだあの時攻撃されて・・・」
意識も記憶もはっきりしたその様子にハヤトが安堵する。が、一方一番心配していたマーラはというと何やら荷物をあさって目当てのものを取り出した。
「この・・・バカ領主――――――――!!」
パコ――――――――――ン!!
「いった〜い!いきなり何するんだよマーラ!この妖怪フライパン狐!!」
先ほどのいい音はマーラがフライパンでトウヤの頭を殴った音だった。トウヤは頭をおさえながら涙目でマーラを睨んだ。
「このバカ!無茶はするなといつも言ってるだろ!?」
フライパンを握り、怒った声をあげながらもマーラは俯き加減でこちらも涙目になっていた。
「俺がどれだけ心配したと思ってるんだ・・・!!連絡がきて、山賊におまえが斬られたって聞いて・・・俺はまるで自分が身を斬られたような気がして・・・ここまで血を流しながら来たみたいな錯角起こすぐらい・・・痛かったんだぞ・・・」
フライパンを握った手を震わせながらよっぽど安心したのか、マーラの目からは涙が溢れ出していた。
「マーラ・・・」
トウヤもフライパンで殴られるのはしょっちゅうだったがマーラの様子に言葉も浮かばず同い年の側役をただ見ていた。
「なあトウヤ」
「はい?」
ハヤトがマーラの隣に立ち、優しい声で話しかけた。
「おまえはキタリス先生を守ろうとして無茶したんだな?」
「はい・・・領主の僕が領民であるキタリス先生を守るのは当然ですし・・・それにキタリス先生はこれからのセレーネに必要だから・・・最悪盾になってでも・・・」
「自分が犠牲になるぶんにはかまわないと判断した・・・それにあの・・・演説した時言ってたように覚悟を決めてた結果ってことかな?」
「はい・・・」
ハヤトは一呼吸おいて、トウヤの肩に手をしっかりと置いた。
「トウヤ、おまえは領民やセレーネのために命を捨てる覚悟も決めた。そりゃおまえは頼りないかもしれないけどキリン様やサトシ殿と同じくらい立派な領主だ。だけどな・・・死の覚悟は捨ててくれないかな?」
「え?」
ハヤトの言葉に理解できないというようにトウヤは首を傾げた。
「死を覚悟しちまうと生きようと必死であがくことができない。だから本来より死を早めてしまうこともあるんだと。だから・・・死の覚悟より死にたくないっていう感情を強く持ってくれないか?」
「それじゃ臆病者領主みたいです・・・」
「死にたくない、生きたいって思うことは臆病か?違うだろ?それは生きるものの当然の権利だ」
ハヤトの横でマーラが目をごしごしと擦っているのが2人の目に入った。
「な?おまえに何かあったらこいつが悲しむんだし、コロンにとって、おまえは無くてはならない存在なんだぜ?もっと自分を大事に扱うんだぞ」
ハヤトは大きいしっかりとした手でトウヤの柔らかい茶色の髪をがしがしと撫でてやった。トウヤがコクンと頷いたことに満足したようにハヤトは部屋を出た。
「良いことを言いますね」
部屋を出るとそこにはシオンが穏やかな笑顔を浮かべて立っていた。
「そうかな?」
「ええ、ハヤトがこの交渉隊のリーダーの役目についたのがよくわかりましたよ」
「・・・死の覚悟を決めるっていうのが俺はどうも嫌いでね」
ハヤトは壁に背中を預けて、頭を掻きながらそう言った。
「騎士とか軍の兵士っていうのにはそういう奴らが多くてさ・・・なんで生きたいって思うことをまるで悪いような教えをするんだろうなって・・・よく思った」
「・・・同感ですね」
「だろ?・・・ヘイナが俺達の仲間になった時もそうでさ・・・キリン様のために死ぬのは当たり前だって・・・たしかにそうなんだけどさ、当たり前のように、死を恐れないように言われると・・・な。大怪我した時に俺ものすごく怒ったわ。さっきのマーラみたいにさ」
ハヤトは天井を見上げるように視線を上げて苦笑気味に笑った。
「・・・大切な人が死を恐れないのは・・・辛いですからね」
「ん?」
「・・・ユウギリ殿にどうもそういうところがあって・・・俺は気が気でありませんよ・・・」
シオンがユウギリのことを話す時はまるでのろけかっと思うようなことが多く、気に入らないなと日頃よく思っていたハヤトだったが、シオンの不安そうな表情にそんな気はいっさい起こらなかった。
「あ〜・・・でもな、ナツキって子から聞いたぞユウギリの思い」
「え?」
「ナツキってやつも騎士じゃん?それでやっぱ死ぬ時のあり方を考えてたみたいなんだ。だけどユウギリは生きることを考えようって言ったんだとさ」
ハヤトが優しい目をシオンに向けて話す。
「・・・ユウギリならさ、おまえのために生きてくれる、大丈夫だ」
「ハヤト・・・」
「悔しいけど!ユウギリおまえのこと大事でしょうがないんだろうなぁ・・・でもそう思う奴がいれば生きたいって思うだろ?まあおまえがまずい時には盾になろうと考えちまうだろうけどさ・・・まあそんな時は俺がユウギリもおまえも助けてやるよ」
ハヤトはそう言うと手を頭の後ろで組みながらシオンに背を向けて歩き出した。
「ハヤト・・・ありがとう」
「んあ、いいって・・・なんかおまえにそんな弱いところとか見せられたら調子狂うし」
照れた顔を見られまいとシオンに背中を向けたまま手をひらひらさせてそう答えた。
「不安だったから・・・おまえに聞いて欲しかったのかもしれない・・・」
「弱気なこと言ってていいわけ?俺おまえのライバルだぞ?ユウギリのこと奪うかもしれないぞ?」
「いえ、ライバルといってもね・・・勝負は見えてますから」
シオンがいつもの調子を取り戻したように落ち着いた声でそう言った。
「はは、シオンはそういうキャラでないとな。ムカつく」
笑いながらハヤトが振り返る。シオンの方も笑っていた。
「ええ、好きなだけムカついてください」
「ムカつくけど・・・俺はおまえのこと認めてるし信頼してる・・・嘘じゃないからな」
「俺もですよ・・・もし俺に何かあった時はハヤト、おまえがユウギリ殿を・・・」
「ストップ!申し出は嬉しい内容な気もするが、何かあった時のことなんて言うのやめようぜ!おまえが無事な場合でも俺がユウギリ幸せにしてやっから」
「そうはいきません。そうですね、死んでもユウギリ殿は俺のものですから渡しません」
「言ってろよ、ノッポ野郎が・・・おやすみ」
「おやすみなさい」
爽やかな笑顔を浮かべながら2人が挨拶をし、逆方向の自分に割り当てられた客室へと向かった。窓の外を見ると、星明りがとても綺麗な夜だった。
翌日になり予定通りハヤトたちは出発し、昼にはルーンへと戻った。
「戻ったかハヤト」
ルーンの入り口で迎えてくれたのはヘイナとナツキだった。
「おかえり・・・上手くいったみたいだな」
「あたりまえでしょ?僕を誰だと思ってるんだよ」
「それ俺の台詞」
ナツキがマオ族のメンバーや清々しい表情で軽口を叩く従姉妹を見て満足そうな表情を浮かべ、ユウギリとハイタッチをした。
「ヘイナ、こっちの様子はどうだ?」
「みな真剣に訓練に取り組んでくれているし問題はない」
「強いて言うならルリの様子がなぁ・・・」
ナツキのポツリと呟いた声にユウギリが反応したかのようにそちらを向く。
「ルリ、どうかしたの?」
「ん?ああ、あいつこの時期に兄のサイさんを失ったからナーバスになるんだよ・・・それにしても今回は重症みたいでさ」
「そう・・・」
2人が沈黙するとしばらく空気が止まった。それをやぶったのはキタリスの咳払いだった。
「では今後のことを話したいので会議室に行きましょう」
「ルリ、入ってもよろしいですか?」
「ん・・・ホノカか・・・いいよ」
ルリはだるい身体を起こして、ホノカをカーテンで光を遮った、少量の外の光だけが入った状態の薄暗い部屋に迎えた。
「具合はどうですか?」
「うん・・・大丈夫」
「ユウギリ様たちが戻られたようですよ」
ユウギリの名前にルリが身体を強張らせる。
「そう・・・マオ族との交渉は上手くいったんだ」
「そうですね」
ホノカはそのことにホッとしたような表情をしていた。薄暗いから自分の表情はさすがにホノカでも判断できないだろうとルリは思った。もとより表情が豊かなタイプではない。今の自分はおそらく動揺を隠し切れていないだろうとは思ったが。
「ホノカ・・・ごめん、ちょっと体がだるいみたい・・・休んでもいいかな?」
「ええ、もちろんですよ。では私は失礼しますね。何かあったら言ってくださいね」
「うん・・・」
ホノカの優しい笑顔に言い様の無い後ろめたさのような感情が刃のようにまたルリの心に刺さった。ホノカが部屋を出るのを目で追いながらもルリは心が遠くにあるかのような虚ろな目をしていた。
「ユウギリ様・・・戻ってきてしまったのですね・・・」
目を閉じ、誰にも聞き取れないほどの小さな声でそう言い、ルリはユウギリの姿を思い浮かべていた。
「どうすればいいの・・・?ユウギリ様を殺す?兄さんを見殺しにする?どっちにすればいいの?私は・・・」
ルリは頭を抱えながら悲痛な声でそう自問自答した。
「さて、マオ族の協力は得られました。次リズと共にエルフ達とも交渉をしたいと思います」
「先生、どうしてだ?エルフはかなり難題なんじゃないかと思うんだけど?」
ハヤトの意見に同意するように一同が頷いた。
「ええ、たしかにそうです。ただある情報を手に入れたもので・・・」
「情報?」
「ええ、現エルフのリーダー、ラン殿は堅物で有名だった先代のリーダーの後を若くして継いだ。彼はもともと人間に友好的なエルフだったそうです」
「そうなのか!?そうは見えなかったけど」
ハヤトは会議での生意気なエルフの少年を思い出す。
「ラン殿の態度はリズとの外交を機に変わってしまったというのです。原因がわかれば収穫ありかもしれません。ということで今度はリズならびにエルフの森へと行きたいと思います」
キタリスが皆を見ながら宣言する。
「メンバーは交渉隊ですが、療養の意味も込めてトウヤ様はお休みください」
トウヤがちょっとむくれたが素直にそれに応じた。
「助っ人にはエルフであるホノカくんに共に来てもらいたいと思っています、ナツキくん、そう伝えてもらえますか?」
「わかりました」
ナツキはそう返事をするとホノカを呼びに出て行った。
「リーダーが減ってしまいますし・・・サトシ様も引き続き助っ人をお願いします」
「わかった」
「では、連絡事項となってしまいましたが、解散にしましょう。疲れを癒してください」
キタリスの言葉で皆がそれぞれ席を立つ。ユウギリも少し眠くなったのか小さなあくびをしながら部屋を出た。
「お嬢様、シオンさん、お疲れ様です」
廊下にはレイが穏やかな笑顔を浮かべて立っていた。
「先ほど占いにてお嬢様の身に危機が迫っているとの啓示が出ました・・・取り越し苦労かもしれませんが、どうか気をつけてください」
ユウギリはレイの言葉に首を傾げて、大したことでもないでしょうとでも言っているようなのんびりした表情を向ける。
「まあこの状況だからいつでも危機だしね。まあ用心にはこしたことないから気をつけるよ、忠告ありがとう・・・ふぁぁ・・・ごめん眠いから寝るね」
ユウギリはそう言うと部屋へと向かった。
「お嬢様がご無事でいられることを・・・神のご加護がありますように・・・」
祈りが聞き入られるかどうかは誰も知らない・・・