第14章 「衝きたてられた刃」
「トウヤ殿の様子は??」
マオ族の集落の中央にある少し周りの家より大き目の家の一室に入り、ユウギリが尋ねた。
「大丈夫、すぐよくなりますよ」
マオ族のリーダーをつとめるジンタの兄、クリスが小さいが優しい声でそう答えた。
「良かった・・・」
ハヤトをはじめ、他のメンバーが安堵の溜め息を漏らした。その中でもひときわ安心の表情が見られたのはキタリスだった。
「トウヤく・・・様が斬りつけられた時はどうなるかと・・・」
「傷は決して浅くなかったですけど、この子には魔法がかかってたみたいだから・・・」
「魔法?」
「うん、ちょっと変わった魔法だったけど・・・法力とも違うし・・・こう優しい感じの魔法がかかってて・・・それで致命傷から守ってくれたんだと思います」
「それは・・・気付かなかったな・・・」
ユウギリが眠っているトウヤを見ながらそう言った。
「ユウギリ殿でも気付かない魔法ですか・・・」
「なにせ変わった魔法に思えたから・・・普通の術とは違うのかも」
「そうか・・・」
ユウギリは少しボーっとした表情で返す。その様子を伺いながらもハヤトとキタリスが目で合図を送った。
「おい、ジンタ」
「おいとはなんだよおいとは!偉そうだぞ!!」
「年上だから偉そうでいいんだよ!」
「おまえは長の部下だろ!俺は長、ここのリーダーだぞ!」
「なんだこのこまっしゃくれたガキがぁ!!」
「・・・ハヤトくん、ケンカはやめてください・・・子供じゃないんだから」
キタリスの呆れかえった声に思わず縮こまるハヤト。その様子にユキとアルトが笑いを必死にこらえているのが見えた。
「・・・ジンタ殿、本題です。マオ族の方々にもぜひ新セレーネ軍に加わっていただきたい。我々は一丸とならなければヘリオスに対抗はできません」
ハヤトに代わりキタリスが真剣な声で話しかける、内容の重さに合わせたようにジンタも真剣な表情で言葉を聞いていた。
「兵力を提供しろということか・・・」
「そういうことになります。マオ族の自警団はなかなか優秀でしょう?あまり好戦的な民族ではないかもしれませんが・・・」
「ちょっと考えさせてくれないか・・・いきなりだったし」
「ええ、それは待ちましょう」
キタリスがそう言うと、日の傾いた花畑へと向かいジンタは部屋を出て行った。
「・・・僕も行っていいかな?」
「ええ、ご兄弟でいっしょに考えてくださる方がいいかもしれません」
キタリスがそう答えるとクリスは皆に一礼してからジンタの後をおった。
「先生、良かったのか?」
「何がです??」
「あのクリスって奴・・・明らかに平和主義だろ・・・ジンタに協力しないように勧めそうだけど・・・」
「さあ・・・どうでしょうね」
キタリスの意外なまでにのんびりした様子に首を傾げながらも反論はせずハヤトは近くのソファーに腰掛けた。
「決めるのはマオ族の彼らです。お兄さんの言葉で変わってしまうような弱い決意では・・・いけませんからね」
「ジンタ・・・どうするの?」
夕日の方を向いて腰掛けているジンタにクリスがほんわかした態度を変えることなく尋ねる。
「どうすればいいんだろうな・・・かなり迷ってる・・・」
「気持ちはどっちに傾いているの?」
「・・・できれば関わりたくない・・・」
やっぱり、といったような苦笑気味な笑顔を浮かべてクリスがジンタの横に腰掛けた。
「どうして?」
「セレーネ軍に関わったら・・・それはヘリオスと真っ向から戦争するってことだろ?そしたら・・・みんなの命の保証なんてできない・・・俺にはその責任をとる勇気もない・・・」
「みんなには生きていてほしいもんね・・・」
ジンタの思いつめた声に対し、クリスの声はいたって穏やかだった。
「兄さんは・・・どうなんだ?」
「僕もジンタと同じように考えるよ、みんなの命だなんて僕にも重い・・・ううん、きっとみんな・・・他のリーダーたちもその重責に一生懸命耐えて戦ってると思う」
風が吹き、クリスは長い波打った銀の髪をおさえた。
「でもね・・・ヘリオスが本気で攻めてきている以上、戦いに参加しないからって安心はできない・・・あの山賊だってヘリオスの回し者だったんでしょう?」
クリスの問いかけに首をゆっくりと縦に動かすジンタ。
「僕はね、マオ族のみんなもだけどできるなら世界のみんなが無事でいてくれることを祈りたいんだ・・・怪我をした人がいたら助けたいし、力を求めてきている人たちがいるなら手を差し伸べたい・・・あの子達が僕らの力を必要としているなら・・・力になりたいかな・・・でも」
「でも?」
「みんなを助けたいけど・・・僕たちにはヘリオスの人を助けることはできないのかな・・・」
クリスの表情は夕日に照らされているせいか儚げで寂しそうに見えた。
「戦争なんかしなければいいのに・・・後に何かが残るわけでもないのにね・・・」
「そうだな・・・」
「僕は法力使いだし・・・治療のためにもセレーネ軍に行こうかなと思う」
「兄さん・・・」
「じっとしてても仕方がないから。少しでも多くの人を助けたいなら動かなきゃだめだからね」
「・・・そうだな・・・マオ族は人助けが好きだもんな」
「うん、じゃあ・・・決まりかな」
「ああ、そうだな・・・あのさ」
「何?」
「もうちょっと夕日見てこうか・・・しばらくゆっくり見てられないかもしれないから・・・」
「そうだね・・・」
2人の兄弟の影が穏やかに並ぶ。決意は重いものだったが、心は穏やかでいたい、それがマオ族のリーダー兄弟の信念だった。
「トウヤ!!」
バンッとドアを派手に開けて部屋に入ってきたのはマーラだった。
「トウヤは大丈夫なのか!?意識は!!?」
明らかに焦ったような表情でハヤトに詰め寄る。だいぶ知らせを受けてパニックになったんだろうなということが見て取れた。
「意識はまだ戻ってないけど大丈夫だと、そんなに焦るなって・・・」
「本当か!?」
「本当だ」
「そうか・・・良かった、本当に良かった・・・」
マーラはへたりと座り込んで緊張がとれたように体から力が抜けているようだった。
「まあ側にいてやれって、おまえがトウヤの側近にあたるんだろ?」
「うん、まあ・・・側近っていうか雑用っていうか・・・」
何かブツブツ言いながらもマーラはイスを引き寄せて寝ているトウヤの側に腰掛けた。
「致命傷避けられたのはトウヤ様に不思議な魔術がかけられていたからだそうですよ」
キタリスの言葉にマーラが不思議そうに首をかしげた。
「魔法・・・か・・・なんだろうな」
頭の上にはてなマークをたくさん浮かべているマーラにキタリスは意味ありげに微笑んで見せた。
「では私たちは下に行っていますね」
キタリスとハヤトが部屋を後にした。マーラはまるで母親が幼子を見守るような優しい表情でトウヤの手を握って祈りを捧げるように目を閉じた。すると、淡い白い光がトウヤを包んだ。
「先生・・・魔法の正体知ってるんですか??」
ハヤトの問いかけにキタリスがいたずらっぽく笑った。
「ええ、クリスくんの話を聞いて気付きましたね。アレはマーラくんの無意識の所為ですよ」
「無意識の所為??」
「ええ、実は・・・マーラくんは人間ではなくて・・・狐妖怪の血が入った子なんです。その能力の一部ですね」
「そう・・・だったのか」
「狐妖怪は知性がとても高いので危険なものではないのですよ・・・そして情が深くて・・・大切に思っている者に守りの術をかけるという習性があるみたいで・・・おそらくマーラくんはトウヤ様にその術を無意識に発動させていたんでしょうね・・・」
「そうか・・・なんかいい話だな」
「ええ、マーラくんとトウヤ様の絆は深くあったかいものですから・・・母親と子供みたいですけど」
キタリスは普段の2人の親子のようなやりとりを思い出しながら楽しそうにそう言った。
ルーンの兵舎の一室にて、ルリは休みをもらい、ベッドに横になって休んでいた。
「ルリ・・・ルリ・・・?」
『この声は・・・?』
ぼんやりとした意識から一気に覚醒したようにルリはガバッと起き上がった。
「兄さん!?」
「寝ててもいいよ、ルリ」
「兄さん・・・?どうして・・・どうしてここにいるの??」
「今まで昏睡状態でね・・・何とか復活できたんだよ」
ルリは疑わしいように兄、サイの姿を見ていたが、その記憶と寸分も違わぬ穏やかな表情に涙が出そうになった。
「ルリ、おまえはヘリオスに反旗を翻したんだね」
「あの国は無駄な戦いを起こすし・・・ヘリオスをつぶすつもりはないよ、正すだけ」
「でも私はおかげで反逆者の家族というレッテルを貼られているんだけどね」
「兄さん・・・兄さんもこっちに・・・」
「それは無理な話だね・・・ねえルリ、こっちに戻っておいで、また私と2人で魔法兵としての特訓もしてさ・・・昔みたいに暮らそう?」
「無理だよ・・・私はもう反逆者だもの・・・今更戻れるわけが・・・」
「それなんだけどね、ルリ・・・実は上からこんな条件を出されたんだ・・・」
サイは服の内側に手を入れ、紫色の布に包まれた物を出した。
「ルリ、ユウギリを殺して」
サイは表情を変えることなく布からナイフを取り出した。
「ユウギリ様を・・・ころ・・・す?」
「ユウギリは最大の反逆者だからね・・・もしルリがユウギリの殺害に成功したら君の反逆者の罪は一掃される・・・それどころか位まで与えてくれるそうだ」
「そんな・・・でもユウギリ様を殺すなんて・・・」
「頼むよ・・・私のためだと思って・・・このままだと私も処刑されてしまうかもしれないんだ・・・ルリがその任務をうまくやりさえすれば、ルリの友達の身柄も保証される・・・また昔に戻れるんだよ」
サイは明らかに戸惑っている様子のルリにしっかりとナイフを握らせた。
「いいね?ユウギリを殺すんだよ・・・それだけでいいんだよ・・・」
ルリは汗をダラダラと流しながらナイフを見つめていた。
「それじゃあね、ルリ・・・頼んだよ」
いつの間にかサイはいなくなっていた。夢かと思いたかったがルリの手にはナイフが光っていた。
「ユウギリ様を・・・ころす・・・」
ルリの頭の中で湖で見たユウギリの飾り気のない笑顔が浮かび上がる。対峙して戦ったことのある相手だが生きていて欲しいとあの時強く願った相手だった・・・。ただ昔のように生活できる・・・兄と共に暮らせる・・・その代償がユウギリ・・・ルリの思考は闇に包まれたような、視界のはっきりしない山道のような状態になっていた。
「私は・・・どうしたらいいの・・・?」
少女の心に冷たい刃が衝きたてられた・・・。