第17章 「リズ・エルフ騒動の予兆」
交渉隊がリズへ出立する当日。早朝から訓練ははじまっていた。また自発的に稽古を頼み込んだ少女も然り。
「はあっ!!」
ユウギリが地面を蹴り勢いよくショウにとびかかる。ショウはふわりと飛び上がりその攻撃を軽々とかわす。全身全霊の攻撃のためユウギリは態勢をたてなおすのに時間が少し必要のようだった。その間にユウギリの目の前にショウの棍が突きつけられた。
「ユウギリさん、まだ癖がなおっていませんね・・・全力の攻撃・・・あなたをはじめ力では不利な女性は全体重をかけて攻撃する人が多いです・・・たしかにその攻撃が決まれば勝利は確実でしょう」
ショウの棍をじっとみつめながらユウギリが無言で話を聞く。
「しかし、今のようにかわされた場合、体勢のたてなおしに時間がかかります。当然相手は攻撃をする・・・今のようにね」
ショウは丁寧な口調は崩さないものの、厳しい表情のまま棍を下げた。
「これが実戦ならあなたは今頃あの世逝きです」
ユウギリの額から嫌な汗が伝う。
「あなたは大変優秀な戦士ですよ、当然あなたの魔力で魔法を使えば全力の攻撃だなんてしなくとも力の強い大男でさえあなたはなぎ倒すことができるでしょう」
「そうですね・・・でも接近戦で私より強い戦士と戦うことになれば・・・呪文を唱える余裕は・・・」
汗がポタリと地面に零れ落ちる。ユウギリは先の一件で、自分と死が近いものであると認識したのだった。それは強い危機感であった。
「正直に言いましょう・・・もし、あの子が本気を出せばあなたの命は危機に晒される」
「わかっています・・・」
「あの子は暗殺の技術を持ち合わせています。力押しな戦闘はしませんが確実に命を奪う戦い方をします。それにあの子とあなたが戦った場合・・・」
「魔法は通用しない・・・そういうことですね」
ユウギリの言葉にショウが頷く。
「あの子は・・・タマは魔術、幻術・・・全てにおいて村で2番手でした。しかし今は私の元にはいません。私ですらあの子に勝てるとは言いきれませんからね」
ユウギリが俯く。ショウは強い。おそらく身の回りにいる人間で最も強いだろう。ただそれも1対1では、だ。不利な戦争に巻き込まれ、多勢に無勢の状態で生き残れるかというとそうでもない。ましてや自分はショウにも勝てないのだ。同じ危機に晒されれば死は間逃れないだろう。しかも今やタマがアスカの手元にいる。悔しいがショウの弟子として過ごした日々でも1本もユウギリはタマからとれなかった。唯一、召喚魔法がユウギリには使える・・・それにしてもタマとの差は歴然だった。
「そろそろ・・・時間ですね・・・行かなければ」
「ユウギリさん」
礼をして、立ち去ろうとしたユウギリにショウが声をかける。
「はい?」
「熱くなってはいけません。水のように、落ち着いて流れにまかせることを覚えてください」
ショウはクスッと笑うと言葉を継いだ。
「あなたは箏を弾くにも何にも力を入れすぎですからね。力を抜かなければつまずきます。手箏で大体あなたがやってしまうミスですね」
「心得ておきます、では師匠、行って参ります。稽古つけていただいてありがとうございました」
ユウギリは深々とお辞儀をした。
「武芸の稽古はいつでもつけます・・・それから、平和になったらまた箏もみてあげますよ」
「その日を楽しみにしてます」
「ええ、ですからユウギリさん・・・絶対に生きぬきましょう・・・この戦いを」
「はい!!」
「ね、カインも行こう??」
ラリファの兵士たちの訓練を見ながらカインがアルトと話していた。
「リズにか?」
「当たり前!!目的地はリズとエルフの集落なんだからさ」
「俺は指名されてないはずだけど?」
「だから自発的に行かない?リズはゆかりの地でしょ?」
アルトの言葉にカインが溜め息をつく。
「“ゆかりの地”なんてもんでもないだろ?ただそこで生まれたってだけで・・・第一俺はラリファの民なんだからさ」
背負っていた大剣を抜き、素振りをしながらカインはそっけなく答えた。
「スイレンさんに会いたくはない?」
「どうだろうな・・・あいつがどういうふうに成長してるかによる・・・」
カインの素振りの手が止まる。表情もどこか物憂げな感じに見て取れた。
「まあなんだ、俺はリズにはべつに行きたくはない」
「ユキのこと守ってあげないんだ?」
「そ、そんなわけないだろ!ただ俺はラリファ兵士の隊長の仕事があるし」
「今度は危険かもよ?マオ族は友好的だからよかったものの・・・」
「おまえが守ってるんじゃねえのかよ」
「ユキのこと私にまかせてもらえるんだったらそれでも私は全然かまわないんだけど?」
「・・・・・・」
アルトの言葉にカインは完全に押されているようだった。少し考えるように頭をがしがしと乱暴に掻くと、アルトを睨むように見た。
「・・・おまえならユキのことは絶対守り抜いてくれるはずだから安心だけどな・・・」
「そりゃそうだよ。ユキのこと好きだし・・・マリア様にユキのことは守るって誓ったんだから・・・マリア様の忘れ形見だしね」
アルトの表情はすこし寂しげだった。カインはアルトがユキの亡き母親、マリアを自分の母親のように慕っていたことを思い出した。
「そうだな・・・」
「カインだってユキのこと・・・」
「俺の場合はおまえとは違うだろ」
カインは木に手をついて、表情を隠すように俯いた。
「おまえは女で、俺は男だ・・・ユキも男だ」
アルトはカインの言葉を黙って聞いていた。
「俺はユキを好きになっちゃいけないんだよ」
「カイン・・・」
「らしくねえけど、まいってるな、俺。わかっちゃいるのになぁ・・・」
「一人で思い悩んだりしちゃだめだからね、私がいるんだから何でも言ってよ?私とカインはライバルで親友なんだからさ!」
アルトは元気の良い笑顔を浮かべて、親指をグイッと突き出してカインに見せた。
「ああ、心強いことだな」
カインも笑顔を向けた。いつもの活発さは伺えなかったが。
「ということで行こう!」
「な!なんで!!」
「私が決めたから!」
「んな無茶苦茶な!!」
カインが抗議するも、アルトがひきずる。もちろん力はカインの方が上なので抵抗した・・・が。
「ユキにばらすよ?」
「・・・鬼」
切り札を出されカインは屈服することになった。
「さて、出発の用意はできましたね?ええと・・・残りはアルト君だけかな?」
キタリスが門に集合した面々を見て確認をとる。
「キタリス先生〜遅れました!!」
アルトがカインをひっぱりながら駆け寄る。
「カイン連れて行っていいですよね?」
「え、ええ良いですが・・・何故?」
「カインは、ビレイ女王の甥だから」
その場にいたユキ以外のメンバーが“え〜!?”と大きなリアクションを返した。
「ゆかりの者がいる方がいいかなって・・・」
「そうですね、そういうことならばぜひ同行してもらいましょう」
キタリスも笑顔で賛同する。カインはというとぐったりしていた。
「よし!じゃあリズに向けて出発だ!!」
ハヤトの声に一同が気合いの声をあげる。中でもアルトはやる気満々に見えた。一方人一倍ひきしまった、緊張に満ちた表情をしているのはユウギリだった。
「ホノカ殿、リズにはまだかかりそうですか?」
「そうですね・・・・・・あと少し。でもそろそろエルフの森が見える頃です」
シオンの問いかけに丁寧に応対するホノカ。その言葉どおり、魔法のヴェールで包まれた神秘的な雰囲気を放っている森が視界に入ってきた。
「あの森をさらにむこうに行けばリズです」
木でできた部屋に家具。自然の香りが漂う屋敷の一番大きな窓から一人の少年がぼんやりと外を見ていた。
「ラン様、どうやらリズにあの新セレーネ軍の面々が向かっているという情報が入りました」
「そう・・・わかったよ、報告ありがとう」
執事らしき老人のエルフの言葉に無表情で答えるラン。窓の外を見ているようだったが焦点がどこに定まっているのかまったくわからないような目をしていた。
「リズ・・・か」
ランはぼそりと呟くとカーテンを閉め、光をさえぎった。
「人間なんて大嫌いだ・・・嘘つきな生き物なんて大嫌いだ・・・」
俯きながらそう言った。その言葉は震えているようだった。
「セレーネ軍から書簡が?」
白い壁、金に縁取られた白い家具。清潔感と高級感の漂う部屋にいた長い黒髪の可憐な少女といった雰囲気の人物が真剣な表情で召使いらしき女性にそう尋ねた。
「はい、こちらに交渉隊と呼ばれるメンバーが来るとのことです」
「そう、そのメンバーの名前はわかる?」
「いえ・・・そこまでは。あ、偵察の者の情報ではカイン様がいらっしゃったようだとか・・・」
「カインが・・・そう・・・」
少女は懐かしそうにその名前を呼んだ。
「久しぶりに会えるみたいね、ね、そういえばエルフの森との交渉はどうなってるの?」
「それは・・・もう無かったものと・・・」
召使いの返事に少女の顔が曇る。目には悲しみを帯びた光が宿っていた。
「政治的なことがらが・・・関係ない家に生まれたかった・・・リズの王女なんかに生まれてこなくてもよかったのに・・・」
少女は召使いには聞き取れないような小さい声でぽつりと呟くと、目を閉じた。何かに思いを馳せるように。
それぞれの思いがやがて絡み合うことになる・・・