第18章
「古の王国リズにて」
古びた、それでもなお立派に見えるレンガの建物が並ぶ小さな王国、リズ。子供たちが街を駆け回り、穏やかな時が流れていた。
「変わらないな・・・・・・」
カインがポツリと呟いた。いつもとは違いどこか感傷的な雰囲気を纏ったカインを何気なくハヤトとアルトは観察するように見ていた。
「なあ、カイン。ビレイの甥ってことは、面会とかはしてるのか?」
「いや、してない」
カインは遠い目をして答えた。
「今だからもう言ってもいっか。俺たち家族はまあここを追い出されたんだよ」
「え!?」
ハヤトが思わず声を大きくしてしまい、そのことに気付き口を慌てて押さえた。
「なんで・・・・・・」
「母さんさ、王族だってのによそ者の、素性もよくわからない奴と勝手に結婚して子供まで生んだからだよ、リズの王家って基本的に保守派だから、そういうの厳しくてさ」
カインが苦笑する。だがその表情には悔しさとかは感じられなかった。
「追放されたっていうと悲劇的だけど、母さんはリズのそういうところ嫌だったみたいだし、父さんも自由人だし、俺はここには思い入れが大してなかったから、べつになんてこと無いって」
カインはリズ城が見えてくると、立ち止まった。
「まあ、いとこのスイレンは今どうなってるかちょっと気になるけどな」
街並みと同じ古いレンガの城壁。色合いは温かいように見えたが、荘厳な雰囲気が漂っている気がした。
「行きましょう。これは謁見です。みなさん、感情的になってはいけませんよ・・・・・・特にハヤトくん、気をつけて」
「え!? 俺ですか!!?」
キタリスの言葉にハヤトが頓狂な声を上げる。
「マオ族の集落にて・・・・・・6歳も下の少年に全力でケンカしてたのは誰ですか?」
「ぐっ」
「なので、気をつけましょう♪」
キタリスの爽やかな笑顔に根負けしつつ、城へと向かった。
「書簡の方々ですね? お待ちしておりました、謁見の間にご案内します・・・・・・こんなに大勢では大変ですね・・・・・・しかもエルフまで」
城の衛兵だと思われる男性がハヤトたちを見回す。ホノカの姿を見て苦々しくそう言った。
「謁見の間には4人ほどお通ししたいかと思います」
あくまで高圧的な態度をとる衛兵にハヤトは怒りを出した表情になった。キタリスが制するようにハヤトを見やる。
「では私、ハヤトくん、サトシ様、ユウギリ様で参りましょう」
キタリスがハヤトに耳打ちする。その際にサトシやユウギリたちにも目配せをし、合図を読み取ったように共に行くメンバーが頷く。
「先生、カインは・・・・・・」
「一度は王族に追放された身です。謁見の間には行かない方が良いでしょう」
「そっか、了解」
「くれぐれも・・・・・・」
「わかってますって、感情的にならないように気をつけますよ」
キタリスがその言葉に満足そうに頷くと4人は衛兵の後に付いていくことになった。
「俺たちはどうすんの?」
カインが頭の後ろで手を組んで、かったるそうにアルトに尋ねた。
「う〜ん、お城の人に怒られない程度に見学とか♪」
「見学って・・・・・・」
暢気そうなアルトの発言にホノカが脱力する。
「いえ、見回りながら城の人の話を盗み聞きするとか・・・・・・情報が得られるかもしれません」
「スパイか・・・・・・」
「まあそんなとこですね」
シオンの企んでいるというちょっと意地悪そうな笑顔に同じように含みの入った笑顔をカインが向ける。
「そうと決まれば行くか♪」
「なんだかんだいって楽しそうじゃないカイン」
「あ〜最近訓練ばっかだったからなぁ〜」
カインがリラックスした様子で歩き出す、すると、顔を隠すようにして歩いている少女が目に入った。
「どうしたの? カイン??」
いきなり立ち止まったカインをユキが不思議そうに見た。
「いや、あれってもしかして・・・・・・」
カインがゆっくりと少女に近づく。
「あの〜」
「え、あ、ちょっと急いでますんで・・・・・・」
「スイちゃん冷たいな」
「スイちゃん言うな!! 私にはスイレンって名前・・・・・・が!!」
少女はそうムキになったように言った後、慌ててしゃがみこんだ。失言にようやく気付いたようだった。
「やっぱスイレンか・・・・・・何してるんだ?」
「スイレンさん?? ってここの王女様じゃ・・・・・・」
アルトの言葉に正体もバレタかとスイレンががっかりとしているのがわかった。
「・・・・・・ちょっと出たかったの」
「城を?」
「ううん、リズを・・・・・・行きたいところがあるだけだけどね」
スイレンの表情はあまり見れなかったが声からすると悲しげに思えた。
「行きたいとこ?」
「エルフの森・・・・・・」
「なんで?」
「会いたい人がいるの! ただそれだけ! ねえいいでしょ? 見逃してよ、どうしても行きたいの!」
スイレンが顔を上げて涙ながらに訴えた。スイレンは可憐な外見をしていたが、勝気そうな瞳はやはりいとこなのかカインとよく似ていた。
「・・・・・・わかった、俺が連れてってやる。って言っても俺じゃ中に入れてもらえないし・・・・・・ホノカさん来てくれる? で、すみませんがシオンさんはユキやアルトとここで・・・・・・待機しててください」
カインが真剣な表情で皆に言う。ユキたちは頷くがシオンだけは難しい顔を向けた。
「行かせてあげたい気持ちはありますが、今はビレイ女王に謁見しているところです。ここで王女を連れ出したとなるのはちょっと・・・・・・」
「わかってるけどさ、なんとなくわかるんだよ・・・・・・スイレン、おまえが会いたいのはエルフの森長、ランだな?」
「うん・・・・・・」
「・・・・・・シオンさん、我が侭ごめん!!」
カインが懐からピンポン玉のような物体を取り出す。それを床に叩きつけると煙が舞い上がった。シオンの視界を妨げている間にカインがスイレンとホノカ手を引いて廊下を駆け抜けた。
「煙球??」
「やられたね・・・・・・カインと私がよく使う手だよ」
「本格的な戦士ですね、御見それします・・・・・・」
咳き込みながらシオンが煙を払おうと手を振る。
「でも珍しいよ、カインがユキを守ること以外で煙玉使うなんて・・・・・・」
視界が晴れ、アルトが言う。よほど何か思い当たることがカインにはあったんだろうなと推測した。
「さっきの王女、エルフの長に会いたいようでしたね」
「そうですね・・・・・・」
「ランって人が人間不信になった原因でも思いついたのかな・・・・・・」
煙も収まり、シオンたちはカインたちが向かったであろう方向を見ていた。
「セレーネ軍の者ということだね?」
恰幅の良い、だが人の良さそうというよりは威厳に満ちた雰囲気を出している女性が立派な玉座に座ったままハヤトたちを迎えた。謁見の間だけあって、赤い絨毯や壁にかかっている絵画など、高級感もあった。
「はい、連合所属国に協力要請をしている交渉隊のリーダーのハヤトと申します。我々の活躍のほどは耳に入っていらっしゃるでしょうか?」
ハヤトが緊張した面持ちで言葉にも気を使いながらビレイに話しかけた。
「ルーンでヘリオス軍を退けたとか。まあやるようだね」
「ええ、ですがヘリオスは巨大国。今の状態では持つことがどれぐらいできるか・・・・・・そこで、セレーネ連合にはひとつになって頂きたいというわけです。今はどうか、我々にご協力を・・・・・・」
「セレーネ全体の利益を考えての行動、わかってるつもりだよ、ただね」
ビレイはそこで言葉を一旦止めると立ち上がり意味も無くうろつくように歩き出した。
「私たちリズは古くからの歴史ある王国。自分たちの国の歴史、民族の血にも誇りをもった者の集まりなんだよ」
ビレイの言葉にはどこか選民思想的な発想が感じられるようにハヤトたちは思った。
「だからね、連合にも参加だって意欲的じゃなかったんだよ。他の国に人間以外の種族との馴れ合いはここの国には好ましく無くてね」
ビレイはそう言うと、ハヤト、キタリス、サトシ、ユウギリを一瞥した。
「ましてあんたたちの軍はまったくもって雑多だ。あんたたちの情報だって知ってる」
ビレイはサトシの前に立った。
「ルーンの長サトシ。子供ながら長をつとめあげてるのには関心だよ。でもルーンの民ってのは変な術を使う奇妙な一族でね、リズでは人間とは認めていないよ」
「奇妙な術ではなく召喚術だ。たしかに厳密に言えば人間ではないのかもしれないが・・・・・・」
サトシを軽くあしらうと、ビレイはそのまま隣のキタリスに目を向けた。
「あんたはやり手の軍師みたいだね。でもヨツンへイムの人間なんだろう? べつにガイアに口出しすることもないだろうに」
「私はコロンの人間ですので、力添えさせていただいているのですよ」
キタリスがいつもの笑顔を浮かべながら穏やかに言うも、またビレイは軽くあしらうと、ユウギリを嫌なものでも見るように見た。
「この小娘はヘリオスの天照神官長だろ? なんでこっちにいるのかわけがわからないね」
「この戦争はヘリオスのためにもならないもの。だからあえてこちらに味方をする。そういうヘリオス人も多い」
「所詮敵国の者だろう? 信用なんかできないね」
ユウギリが表情をゆがめるも、反論したい気持ちを飲み込んだ。
「交渉隊のリーダーなんだってね?」
ビレイがハヤトをユウギリと同じように冷たい目で見た。
「はい」
「あんた国籍もなにもないんだろう? しかもあのキリンの部下」
「キリン様が何か・・・・・・?」
「あいつもヘリオス人じゃないか。まったく、連合や軍によそ者ばかりを入れて、わけがわからないね」
ハヤトが拳を握り締める。一同に嫌な沈黙の時間が流れた。
街を駆け抜け、なんとかカインたちはリズを抜け出す。門から離れた木陰でとりあえず休むことにした。
「カイン、なんで・・・・・・」
「おおかた、おまえランが好きとかだろ?」
図星といった感じでスイレンが黙り込む。
「そうよ・・・・・・悪い?」
「悪くねえよ、会いたかったら連合の会議とかに来れば会えたじゃん?」
「お母様が会わせてくれないわ」
スイレンがカインの隣に腰掛ける。その様子はやはり悲しげだった。
「私、言ったのお母様に。エルフ族長のランが好きって・・・・・・」
「まああの保守派のビレイおばさんだ、だめってわけか」
「最初は長だし、正式に取り次ごうなんて言ってたの。私も婚約でもできるんだって嬉しくなって・・・・・・最初は婚約する形で話を進めてたの。なのに・・・・・・」
「突然破綻させた・・・・・・」
カインの言葉にスイレンが無言で頷いた。
「一方的な形で断ったのでしょうね、それでラン殿が人間を嫌いになった可能性もあります」
ホノカの意見にカインも頷いた。
「まあそれだけじゃないかもしれないけどきっかけにはなるな。それなら当人同士に話をさせるのがいいけど・・・・・・問題はどうやってエルフの森に入るか、だな・・・・・・」
カインが視線をエルフの森へと向ける。腕を組んで考えてみるも、人間である自分やスイレンがエルフの森に入るのが難題であることは間違いないなと思った。
「行ってみるしかないか!」
カインがスイレンとホノカに目で合図し、森へと向かった。
古の国で止められた時間が少年の手によって動かされようとしていた・・・・・・