第19章 種族と仲間と
長命で聡明な種族と言われるエルフ。神秘に包まれた緑の森に彼らの集落はあった。そこへリズの王女、スイレンを連れ、カインとホノカはやって来た。
「俺たちの目的はもともと提携を結ぶことだけど、今回はただひとつ。ランに面会する、それでいいよな?」
カインが真剣な表情を崩すことなく後ろについてきているスイレンとホノカに言った。
「ええ、それが結局は本来の目的への近道になるでしょうし・・・・・・」
「私は・・・・・・ランに会うのが本来の目的だしね」
「よし! とは言うものの、どうやって入れてもらうかだな・・・・・・」
カインはうなだれた様子でエルフの森の門を見た。
「俺らが行ったところで簡単に入れてもらえるわけ無いよなぁ・・・・・・」
「そんなのやってみないとわからないわよ、行ってみるわ!」
カインとホノカが考え込むなか、関係がないようにスイレンが門へ直行した。
「ちょっ! スイレン!!」
カインとホノカもその後を追った。というよりその後を追うしかなかった。
「まったく・・・・・・汚らわしい連中が混ざった軍だよ」
ビレイの言葉にハヤトは拳を震わせていた。つかみかかりたい気持ちでいっぱいだったが、キタリスの言葉にそれはさえぎられているようだった。
「それが民族の誇りのつもりだというわけか? 笑えてくるな」
ビレイに食って掛かったのは意外な人物だった。
「サ、サトシ殿!?」
表情はいつもと同じものの、明らかに怒りのこもった声にハヤトをはじめ驚いた。11歳という年齢をはるかに超えた冷静さの持ち主である彼の言動には思えなかったからだ。
「自分たちがさも高貴なように言うのだなリズの長は。他の種族は汚らわしいと、それがそなたの主張なのだな?」
「そ、そうだよ」
サトシの射抜くような視線にさすがのビレイも上ずった声になっていた。
「そうやって蔑むだけの種族がどうなっていくか、やはり外を見ないからかわからないのだな・・・・・・哀れなことだ」
「何が言いたいんだい?」
ビレイを呆れたような眼で見ると、サトシは目を閉じ、静かに言葉を紡いだ。
「・・・・・・ヨツンへイムでもそういった選民思想のような考えを持った種族がいた。獣使い民族というルーンの民とも近しい存在だったのでその話を聞いただけだがな。周りを蔑むだけだった彼らはとうとう孤立して、いざ攻め込まれた時に誰も助けてくれなかった。結局それが原因で滅んだ民族だ。その長とそなたは非常に似ているな」
「リズが孤立し、あげくには滅びるとでも言いたいのかい!?」
ビレイとサトシの間に一触触発の空気が流れる。頭に血が上ったビレイは火、静かに立っているサトシは水のようだった。相容れない様子が周りに伝わるようだった。
「本当に自分たちに誇りを持つなら、周りを受け入れることもできるはずだ」
サトシの口調は厳しくもどこか悲しげなものに聞こえた。部屋の空気が水へと変わる。
「いつから人は・・・・・・分け隔てをわざわざつくるようになったのだろうな」
サトシはそう言うと、静かに部屋を後にした。
「私たちも参りましょうか。ビレイ様、失礼いたします・・・・・・ただ」
「なんだい?」
「サトシ殿の言っていることは真実を突いていると思います。あなたがリズを思う気持ちもわかります。だからこそ、本当にリズのためとなることをお選びください」
「何を・・・・・・」
「暇な学者の戯言です・・・・・・では」
キタリスは丁寧に応対すると、ハヤトを引っ張るように部屋を後にした。
「ビレイ・・・・・・様」
ユウギリが様付けを若干拒否したように間を置いて言った。
「皆自分たちに誇りをもっているものだと思う。仲間とは素晴らしいもののはずなのに、その仲間意識が壁をつくってるのかもしれない・・・・・・だとしたら皮肉だね、みんな・・・・・・」
ユウギリはそれだけ言い残すと部屋を後にした。
「すまない、私は余計なことをしたな」
「いいえ、良い演説でしたよサトシ殿」
キタリスは穏やかな表情で屈んでサトシの目をしっかりと見てそう言った。
「正直、あそこまでビレイ女王陛下のプライドが高いとは思いませんでしたし、あれぐらい言っておかないとだめかと・・・・・・」
「でもさ、先生。どうするんだ? あれじゃ協力してくれないんじゃ・・・・・・」
「痛い目を見ないとわからない種族なのかもしれませんね」
キタリスは床に視線を落とすとトーンの低い声でそう呟いた。
「先生・・・・・・?」
「早いところ引き上げるなり隠れるなりしなければならない事態になるやもしれません」
「キタリス殿、まさか・・・・・・?」
「私は軍師。あまり綺麗な人間ではありませんよ」
キタリスの悲しげな微笑みと声がその場に残った。
「怪しい小娘め! 人間なんぞを入れられるか!!」
「ごちゃごちゃ言わないで入れてよ! 私はランに会いたいだけなんだいから!!」
エルフの門の前では若いエルフの青年門番とスイレンが大きな声で言い争いを始めた。
「スイレン、もう少し考えてから行動してくれよ・・・・・・」
カインが頭を抱えて、頭痛が酷いかのような表情で呆れたように言った。
「だって!!」
「門番さん、こいつはリズの王女のスイレンなんだ。御忍びでラン族長に会いにきたんだ、王族の名に免じて面会を許してはくれないだろうか?」
カインが門番の青年にそう告げるも、青年は渋い顔をした。
「怪しい。怪しい奴らを入れるわけにはいかない。今平和とは言いがたい情勢のようだしな」
「・・・・・・門番の方、私はホノカと申します。理由あって人間の世界で暮らしていますがもとはこちらで生まれ育ったエルフです。こちらの方は真実、リズの姫君です。同じ樹々に抱かれ陽を頂く種族として私の言葉を信じていただけませんか?」
ホノカの言葉に青年が渋い顔を少し和らげ考え込む。
「スイレン殿、王族の証というものはお持ちか?」
「証? これ、リズの王族がつける指輪だけど・・・・・・」
スイレンが指輪を外し、青年に渡す。青年は指輪に書かれていたリズの王家の紋章をみとめると、近くに控えていた伝令役のエルフの青年に伝言を頼んだ。
「ホノカ殿、同じ神秘の森の血を引きし者としてあなたの言葉を信じることにしよう。王族だからといって入れるのも本意ではないが、リズの王女ということならば・・・・・・特例だ」
青年はそう言うと、3人を森の中へと促した。
「中門のエルフに案内してもらうがいい」
カインたちは門番に頭を下げ、礼をすると、中へと入っていった。
ルーンの青い森。元ヘリオス騎士たちの訓練を銀髪の見目麗しい青年が見守る。そこに瑠璃色の瞳を凛々しく輝かせた少女が歩み寄る。
「ヘイナ隊長、魔術師の訓練の報告に参りました」
「ルリ殿、ご苦労。成果の方は?」
「はい、みな訓練に勤しみ、様々な魔法の種類をこなせるように励んでいます。直接攻撃の兵団たちをサポートするための魔法を中心に特訓中です」
ルリのハキハキとした報告にヘイナが満足そうに頷く。あの事件以来、ルリは前にも増して訓練に一生懸命取り組み、周りのことを考える少女となった。彼女の人間としての成長は目覚しいものがあった。
「ヘイナ隊長、これは個人的なひっかかりなのですが・・・・・・」
「何だ?」
「・・・・・・あの私に向けられた策略、あの幻術のことですが」
「ああ、俺も気になってシオンに話を聞いた。術者はタマという少女。ワオン出身でユウギリと同じくショウ殿に師事していたようだな。実力は抜きん出ていたらしい・・・・・・ユウギリ殿以上に」
「幻術はユウギリ様でも見抜けないと・・・・・・」
「そうらしい」
ヘイナとルリに沈黙が流れた。
「幻術で何かをつくるのが可能なら姿を消すことも可能なのでしょうか?」
「え?」
「いえ、姿を消して敵国に近づくことももしかして可能なのではと思ってしまいまして・・・・・・」
「それは・・・・・・」
2人の間に更に沈黙が流れた。それは双方にとって不気味な沈黙だった。
「ユウギリ様・・・・・・」
ルリが不安気にユウギリの名を呼んだ。
『ハヤト・・・・・・無事でいてくれ・・・・・・』
ヘイナは青く染め抜かれた葉より遠くの蒼い空を仰いでそう心の中で呟いた。
エルフの集落の最奥部に位置する族長であるランの屋敷。樹の、自然の香りに包まれた部屋でスイレンはランと再会した。
「ラン・・・・・・久しぶり、元気に・・・・・・」
「本当に久しいね、スイレン。よく会いにきたね、今更・・・・・・」
ランの言葉は冷たかった。その言葉に負けないぐらい冷たい視線にスイレンは身震いした。
「ずっと、会いたかったのよ! 信じて・・・・・・」
「エルフだからって、僕らという種族を蔑んで婚約を一方的に解消したおまえのことなんか信じられるか! おまえだけじゃない! あのビレイっていう女も! リズ国の奴らも! 人間も信じられるか!! 結局は・・・・・・自分の仲間にあたる者しかこの世は信じられない世の中にできてるんだよ・・・・・・はじめから無理なことだったんだ、僕と君は・・・・・・」
ランは憤りを露にして罵るようにそうきりだしながらも、悲しげな様子で言葉をきった。その様子を見られたくなかったのか、顔をスイレンたちから背けた。
「ラン殿、スイレンは本当にあなたを想ってる・・・・・・一方的にきったのはビレイだけで、スイレンだって一方的に親にあなたと引き離されたんだよ」
カインが何も言えず立っているスイレンを援護するように言葉を引き継いだ。
「信じたくたって・・・・・・信じられないことにもなるんだよ・・・・・・・」
ランは遠い目をして言った。
「リズの人間にどんな目に遭わされたかも君は知らないんだろうね・・・・・・」
「ラン? 一体何が・・・・・・」
「君は何も知らない、僕が・・・・・・!」
ランが目線をスイレンに合わそうとしたが、窓を振り返った。その様子にカインが神経を研ぎ澄ませた。
「敵か!?」
カインに続き、ホノカも窓の外を見た。その時バタンとドアが乱暴に開かれ、エルフの衛兵が中に入ってきた。
「ラン様! ヘリオス軍の人間共がアンシエント地域に侵入してきた模様です!」
「くっ、奴らの狙いは? リズか、エルフの森か!?」
ランが厳しい、族長の顔をして尋ねる。
「わかりかねます。方向的にはリズかと思われますが・・・・・・」
ランの緊張はその返答だけではとれていないようだった。カインやスイレンに激しく緊張が走る。
「お母様・・・・・・みんな・・・・・・」
「くそっ! 中にはまだハヤトさんたちやユキが・・・・・・!!」
「とにかく門の近くまで行きましょう」
ホノカの言葉に頷き、3人が、走り出した。
「僕も行くよ・・・・・・」
「ラン?」
「あいつらの目的がこっちだと大変だしね」
ランはそう低い声で言うと、弓矢と胸当てを取り出し、カインたちのもとに駆け寄った。
「行こうか」
「少し警戒が遅れましたね・・・・・・」
リズの広場に出て、キタリスが溜め息交じりに言った。
「ユウギリ殿! ハヤト!」
ハヤトたちにシオン一行が駆け寄る。
「シオン・・・・・・? カインとホノカは?」
「すまない、隙をつかれて外へと飛び出していってしまった。俺のミスです」
「いいえ! 僕も止められなかったんです! シオンさん一人の責任じゃありません! カインの行動力ある性格をわかっていながら・・・・・・」
シオンが頭を下げると、ユキも謝罪した。
「カインたちが・・・・・・目的地は?」
「エルフの森です。スイレン王女もいっしょに・・・・・・」
「そいつは・・・・・・また・・・・・・」
ハヤトが難しい顔をする。
「・・・・・・!!」
「ユウギリ? どした??」
ユウギリの驚きようにハヤトも視線を彼女と同じ向きにやった。そこには桃色の和服をまとった清楚な雰囲気の少女がヘリオス兵を連れて立っていた。
「リズの国民のみなさんに告げます。我々は戦いに来たのではありません、我らに協力してくだされば血を流さずにすむでしょう。我らもそれを望んでいます」
少女が凛とした声で告げた。ビレイがリズの衛兵を連れて広場に駆けつける。
「私たちに降伏しろと言うのかい!?」
「そうとも言えます。今なら過酷な条件は与えられないでしょう」
少女は表情一つ変えずに言う。
「民の誇りにかけてもそんなことはできないよ!」
「そうですか・・・・・・」
少女が目を伏せる。可憐そうな表情は一変し、目を開いた時には戦士の姿がそこにはあった。
「では戦うのみですね」
少女が冷たさを含んだ声でそう言うと、手を上げ、集中を高めた。
「思い通りにはさせない!!」
ビレイの前に立ったのはほうきを構え、戦士の表情をしたユウギリだった。
「小娘・・・・・・」
「あんたは気に入らないけど、僕の信念のためだ」
ユウギリを視界に捕えると、少女は一瞬表情に哀愁を帯びたように見えた。
「ユウギリさん・・・・・・やはり・・・・・・」
「わかりきったことのはずだよ、タマ」
2人の間に魔力の波動が集る気配がした。
2人の少女の信念が戦いの渦となる・・・・・・