第21章  月光に照らされた羊皮紙

 

 

 リリリ・・・・・・と涼やかな虫の声がする。リズで闘争が起きたというのにコロンでは平和で穏やかな時間が流れていた。空間の違いというものは大きいものだなと思い、星空を見つめながらユウギリはそっと窓に手を添えた。

「ユウギリ、どうした?」

声と足音の方向に身体を向ける。そこには交渉隊のリーダー、ハヤトが立っていた。

「眠れないのか?」

ハヤトが穏やかに尋ねる。リズでの出来事からすれば当然セレーネ側の者は心穏やかではいられない今だが、ユウギリにとってはそれ以上に辛い思いが巡っているだろうということがハヤトにも感じられたのだ。

「まあね」

ユウギリが静かにただそう相槌を打つだけのような言葉を返すとまた窓の外へと身体を向けた。

「あんまり出歩くなよ? シオンが心配すっぞ」

「わかってるよ。でも今は平気でしょ? あんたがいるんだし」

「まあそうだけど・・・・・・」

ハヤトが頭をボリボリと掻く。そっとしておくかそれとも・・・・・・。

「なぁ・・・・・・」

一人になりたい気持ちもあるかもしれないが、これから先自分が関わらないことでもない。ハヤトはそう思い尋ねることにした。

「おまえとタマが戦ってるとこ見ててさ」

「うん・・・・・・」

「2人とも思いは違えどもアスカのことを心底心配してるってわかったんだ・・・・・・」

「・・・・・・」

「俺はヘリオスの人間になったことないし、まして神王じゃどういう奴なのかわかりもしない・・・・・・ヘイナから話を聞いたことはあるけどそれでもわからないことは多い・・・・・・」

「・・・・・・」

ユウギリは言葉を返しはしなかったが無視をしているわけではなかった。ハヤトの言葉にしっかりと背を向けながらも耳を傾けていた。

「神王アスカってどんな奴なんだ?」

「・・・・・・アスカは・・・・・・あいつは馬鹿だった」

言葉は悪口にしか聞こえなかったがユウギリの口調は穏やかで懐かしむ優しさが篭っていた。

「べつに何もなくてもけらけら笑う無駄なくらい明るい奴で、生まれながらの王族なのにプライドもなんにもないおめでたい奴でさ・・・・・・差別とか偏見とかそういうのの無い世界をいつかつくるんだって、いっつも言ってた・・・・・・」

 

 

「アスカ、あんた何やってるの?」

穏やかな日差しの暖かい城の中庭の木陰でごそごそと作業をしている巨大国ヘリオスの皇太子である少年アスカに国のNo.2の身分を持つ天照神官長の少女、ユウギリが2人にとっての親友でもある少年リンを連れ、呆れたような様子で尋ねる。

「穴掘ってんだよ〜そんなの見りゃわかるだろう? ユウギリって意外とお馬鹿〜」

「アホ。そんなこと訊いてるんじゃなくて、穴掘ってどうするつもりだって訊いてるの」

「これを埋めるんだよ! じゃ〜ん!!」

アスカが楽しそうに羊皮紙をユウギリとリンの前に出す。やや土にまみれてはいるが字は読めた。

「字きったね〜」

「ほんと、これが未来の神王だなんてね」

リンの言葉に同意し、溜め息交じりにユウギリがそう言うとアスカは顔を真っ赤にして怒った。

「なっ! なんだよその言い方! 第一字汚いなんてリンにはともかくユウギリに言われる筋合い無いぞ! おまえだって神聖なる巫女とは思えないワイルドな字書くじゃねえか!」

「うるさい、それ以上侮辱すると火あぶりにする」

ユウギリが恐ろしい形相でアスカに詰め寄る。リンは2人のやりとりに苦笑していた。

「その羊皮紙の目標はわかったがなんでそれを埋めるんだ? アスカ」

「よくぞきいてくれましたリン! 実はさ〜」

リンが優しげに尋ねるとアスカが楽しそうにくるりと回る。

「『俺が神王になった時にそれを実行できたかどうか実際に神王になった後に掘り返すんだ〜』だろ?」

「だ〜!! 言うなよ!!! ってかなんでわかった!!?」

「あんたの考えることなんて大体お・み・と・お・し。あんたってほんっと単純だよね」

すぐに大きなリアクションをとるアスカに対しユウギリの方はというと終始表情を変えるまでも無く淡々とコメントした。

「うぅぅ・・・・・・」

「でも、アスカらしい目標だよな」

いじけるアスカにリンが優しげに言う。この3人組だとリンがなだめ役になるようだった。

「『差別も偏見も無く全ての人が平和に楽しく過ごせる世界をつくる』か」

リンの言葉にこくこくとアスカが頷く。

「たしかに、ガイアには差別や偏見が渦巻いてるからな・・・・・・」

「そんなのおかしいって思うんだ」

アスカが蒼い空を見上げ、手を空に届けとばかりに伸ばした。もちろん届くはずも無いが。

「この蒼い空の下であの蒼い海に囲まれた・・・・・・この蒼い世界のなかでみんな同じように生を受けて暮らしてるのに、一体何で争ったり憎みあったりしなきゃいけないんだろう・・・・・・みんな同じ生きているものなのに・・・・・・」

空を映しているアスカの瞳はとても澄んでいた。その目を綺麗だとユウギリもリンも素直に思った。

「たしかに種族や文化は違うと思う。でも違ったっていいじゃないか。違いを認め合ってさ、お互いに尊重しあえるはずなんだ。だから・・・・・・」

アスカは真剣な表情でユウギリとリンに向き直った。

「俺はみんなが笑い合って、手をとりあえるような・・・・・・そんな世界を見たい。だから俺が神王になったらこの国をそういう世界を担っていく国にしたいんだ」

2人を見据えるアスカの瞳はまっすぐで汚れた心を持った者が見たら恥ずかしくなるだろうなと思えるほど綺麗な目をしていた。ユウギリもリンもいずれはアスカに付き従う身分だ。いつか自分の上に立つのがアスカで良かったと思えた。

「今はただの皇太子だからなんにもできないけどさ・・・・・・だから、俺は差別とか偏見とかそういうの無くしていけるように努力する。今からみんなに無くさせるんだ」

「そうだね・・・・・・できることからしていけばいいよね」

「ああ、アスカならできるさ」

「うん!」

2人に太陽のような笑顔を向けるとまた穴を掘り始めた。ユウギリとリンもそれを手伝い始めた。

 

 

「本当に明るくて元気で、まっすぐで・・・・・・そうだね、ハヤト、あんたに似てる奴だよアスカは」

ハヤトはユウギリの話をただじっと聞いていた。ユウギリとリンやアスカの間にある絆、それは自分とヘイナやキリンをつないでいるあたたかいものだった。話を聞いていても今の戦争を起こしている張本人と結びつかない。誰か違う人間の話を聞いているような気がした。

「ただの馬鹿だったアスカが少し成長したのはカオルの存在だった・・・・・・」

 

 

「なあなあ! 今日ワオンから吟遊詩人の女の子が来るって知ってたか!?」

ある日の朝。ヘリオス城の朝食の席でアスカが人一倍はしゃいで静かに食事をとっているユウギリに詰め寄った。

「話には聞いてる。僕と同郷にはなるけど直接接したことはないな・・・・・・今日来るって人の妹とならいっしょに修行したことあるんだけど」

「箏弾きの子だって〜あ〜、もうただの暴れ馬みたいなユウギリなんかとは違ってこう純情可憐みたいな女の子なんだろうな〜」

アスカがまだ見ぬ少女に思いを馳せてうっとりとする。リンに目を移すと嫌な汗を垂らしている。

「え〜? あ・・・・・・」

「誰がただの暴れ馬だって? しかもなんか呼ばわりとはまた小癪な・・・・・・!!」

ユウギリがほうきを手に取り臨戦態勢で泣く子も黙るような形相で立っていた。

「へ!? い、いや!! そ、それはぁ〜!!!!!」

「問答無用!! このアホ皇子が〜!!!!!!」

朝からどんがらがっしゃんと派手な音を立てて喧嘩が勃発する。しかしユウギリにアスカが勝てるはずもなくアスカは何発かほうき殴りを食らってから土下座の体勢へとうつった。

「あ、えっと・・・・・・」

そんな光景を見て戸惑っている黒髪に藍色の落ち着いた和服姿の少女が立っていた。

「私、ワオンから参りましたカオルと申します・・・・・・あの、アスカ様にユウギリ様でいらっしゃいますか?」

「は、はい!」

「うん、そうだよ」

2人がそう返事をするとカオルという少女はふんわりとした優しい笑顔を浮かべた。

「今日からお世話になります。よろしくお願いいたしますね」

アスカはそんなカオルに一目で恋をしてしまったらしい。カオルは物腰柔らかで女らしい性格の少女でユウギリやリンともすぐに打ち解けた。また彼女の箏と唄は素晴らしく聴く者を魅了した。アスカはいつも彼女の演奏をうっとりとしながら聴いていた。カオルもアスカの元気で明るい太陽のような人柄に惹かれいつしか2人は恋仲になっていた。いつもはただへらへら笑っているだけだったアスカも守るものができたという意識からか剣術を訓練し、ユウギリとの喧嘩でもすぐに土下座にうつるということは無くなった。とはいえやはり彼女には勝てなかったが。やがて神王、アスカの父親にも認められ2人は皆に祝福されながら結婚するはずだった・・・・・・。

 

 

「でも・・・・・・カオルは死んだ・・・・・・殺されたんだ・・・・・・」

「誰に?」

「ヘリオス神王たち・・・・・・」

ユウギリが鋭い目で外を睨む。

「証拠が無い。けど絶対そうなんだ!! セレーネの人がやったって言ってたけど・・・・・・」

「ひでぇ話・・・・・・だよな。ヘリオスのやることってのは・・・・・・」

「ふふ、セレーネがいいとでも言える?」

「? どういう意味だ??」

ユウギリの嘲笑うような不敵な笑みにハヤトが顔を顰めて尋ねる。

「セレーネもおかしい。全面否定すればいいのに大した否定をしていないんだ。だから・・・・・・」

「まさかそれって・・・・・・」

「そう、セレーネとヘリオスの為政者が共同でカオルを暗殺したんだよ」

 

 

「カオル・・・・・・」

深夜のヘリオス城の中庭。青年は自分と親友しか知らない抜け穴を使ってはこの木の下にやってきていた。

「よく遊んだな、あいつらとは・・・・・・カオルもいつしか加わって・・・・・・」

誰が返すわけでもない独り言を呟きながら青年は穴を掘った。

『アスカ! どうして! どうしてだよ!? あんたの夢はどうするんだよ!!』

「もう・・・・・・無理なんだよユウギリ・・・・・・俺は・・・・・・」

穴を掘っていく。土を掘り返していく感覚・・・・・・そこは一度掘られた場所。自らの手で。

「ヒトはね、全てを愛することが不可能なんだよ。何かを憎まなければ自分を正当化できない」

穴を掘っていくとそこには古く、汚れた筒があった。その中にはボロと言いたくなる様な様相の羊皮紙があった。そこにはただ一文・・・・・・。

―差別も偏見も無く全ての人が平和に楽しく過ごせる世界をつくる―

「もう無理なんだよ・・・・・・俺は人間の汚い部分を理解してしまったから・・・・・・」

青年の目からは涙がとめどなく溢れ出した。

「俺は誰かを憎まなければ、もう、自分を保てない・・・・・・」

青年は羊皮紙を胸に抱いてその場に泣き崩れた。

「いっそのこと全て壊れてしまえばいい! セレーネも! ユウギリも! リンも! この国も!! カオルとの思い出も!! 俺自身も!!!」

青年の叫びが悲しく響く・・・・・・遠くで涼やかで優しい虫の声がした・・・・・・。

 

 

 どこかで何かが壊れだす・・・・・・