第6章       戦士の覚悟

 

 

歴史の感じられるレンガ造りの質素だが立派な洋館。セレーネ連合の館。ハヤトたちは日もすっかり沈んだ頃にそこの会議室にたどり着いた。

「キリン殿!!」

ドアを乱暴にも開けて中に入ってきたのは何人かの部下を連れたルーンの長、サトシだった。息が荒く服には血がかなりついていた。キリンはその様子に驚き駆け寄った。

「サトシ殿・・・これは何事・・・」

「襲撃を受けた・・・すまない、こちらの思い込みでラリファへの援軍が・・・」

サトシは面目無さそうに頭を下げた。その声の震えからも責任を感じているのが伝わり、ハヤトもサトシが裏切り行為を働いていないことは痛いほどよくわかった。

「サトシ殿、思い込み・・・とは?そしてこの血は一体・・・何があったんだ?」

キリンはサトシの肩に手を優しく添え、静かに尋ねた。

「ラリファの第一王子・・・セキ殿から連絡があった、援軍の要請についての合図はこちらで出すと・・・勝手に出陣されるとラリファの兵士たちが戦いにくくなる場合もあるので体制が整い次第・・・と。・・・襲撃についてはわからない・・・信じられないが・・・ラリファで見た兵士が襲撃者に混じっていた・・・」

その場にいた一同がセキに対する疑念が湧いた。

「それについては・・・僕からお話します・・・」

ドアをそっと開けて中に入ってきたのは、ラリファの第二王子ユキと、その護衛任務についているカインとアルトだった。

「あなたは・・・ユキ王子」

「はい・・・僕たちの城は簡単に落とされてしまいました。僕は逃げるために王族しか知らない、王族の鍵でしか通れない通路に向かったんです・・・でも、そこからヘリオスの兵たちが城に侵入していたんです・・・」

ユキの声には生気が無かった。

「兄は・・・最近よく長期に渡っての外出もしていましたし・・・あの通路も知っている数少ない人です・・・たしかに疑わしいと・・・僕も思います・・・」

ユキも兄セキが怪しいという考えに辿りついたようで、澄んだ蒼い瞳には深い悲しみが宿っていた。無理も無い。故郷は落とされ、家族の消息もわからない。しかも国を落とす原因をつくったのは実の兄かもしれないという思い・・・。

「ということは・・・身内の裏切りということか・・・?」

「じゃあ、サトシ殿を襲撃したのも・・・」

「お兄様の仕向けた、精鋭部隊かと・・・」

「そうか・・・」

一同が静まり返る。セレーネに属するものとしてラリファがいとも簡単に落とされたのはかなりの痛手であるし、ヘリオスもただの力攻めではない。どういう手を使ってこちらに仕掛けてくるかはわからない。ただでさえ、セレーネは一枚岩ではない。

「あの・・・もし、本当に兄がそんなことをしたのだとしたら・・・兄は何故国を売ったんですか?」

ユキの目には涙が滲んでいた。

「どうして・・・故郷なのに?お世話になっている人たちが死んでしまうかもしれないのに・・・?お父様やお母様が無事ではすまないのかもしれないのに・・・?」

ユキがとうとうこらえきれずにしゃくりあげて泣いてしまう。カインが自分の右肩にユキの顔をくっつけ、泣き顔を隠す。慰めるように白金の髪を撫でてやった。

「今日は、どうする?正直人を招集したところですぐには集らないと思うが・・・」

「暢気なものだな・・・ラリファが落ちたということはヘリオスとはもう互角な戦いはできないかもしれないのに・・・」

キリンとサトシが盛大に溜め息をつく。

「キリン様、休みますか?正直俺たちもサトシ殿もユキ王子たちも戦闘をかいくぐってきた。うちの仲間たちも疲労がたまってますし・・・」

「そうだな、個々でしばらく作戦を練るのもよかろう・・・」

ハヤトの申し出にキリンがそう言うと控え室のような場所にそれぞれが戻り、休みをとる。

 

 

「・・・セレーネで好戦的だと思われるのは、中心国であるラリファ、古の戦士の集うワオン、召喚士たちの集うルーン、戦士たちを育てる集落ダフネ、海を縄張りとする義賊の集団海上戦士団。軍事力ではエイオス騎士団にも着目したいところだがここは我々と戦う意欲は別段ないだろう。そして、ラリファはすでに落とした。ダフネはゼウスとにらみ合いを続けているためセレーネでは協力的ではないとみなされている」

ヘリオス騎士団の砦で開かれているヘリオス軍事会議で騎士団長であるトワが前に立ち、そう説明する。

「では、あとはワオン、ルーン、海上戦士団の3つのうち1つでもつぶせばほぼ我らの勝利ということか?」

トワに対しアスカが冷たい紫の瞳を向けて尋ねる。

「だといえるでしょう。海上戦士団はどちらかというと剣術を使う者が多い。ワオンとルーンは術を用いて戦う・・・とりわけルーンの召喚魔法は厄介なもの・・・まずルーンを叩いておきたいところ」

「ルーンか・・・だが、あちらの長はまだ年端もいかない子供だと聞いている。そんなので我々と戦えるのでしょうか?トワ殿」

トワにアスカの横から長い銀髪の青年リンが尋ねる。トワはゆっくりその問に頷いた。

「ルーンの長、サトシという少年は年齢からは想像もできぬほど落ち着いていて、その辺の大人よりも適切な判断を下せる非常に聡明な人物だ。しかも召喚魔法はルーンでも類をみない才能の持ち主で以前ラリファに賊が攻め込んだところたった1人で数十人を片付けたとか・・・それが若干8歳の時だったという。人望もあつくルーンはまとまりのある集落。手ごわいと言える。ただ・・・」

「ただ?」

「いくら大人びた少年といえど所詮やはり子供・・・経験が少ない分詰めが甘い。奇襲をかけたところあまり力は発揮できなかった様子」

トワが図面のセレーネ連合の館を指差す。

「協力者からの情報によると現在ルーンの長はこの館にいる。それに都合のいいことに海上戦士団のリーダー、キリンもここにいるようだ」

トワが一瞬苦々しく顔を歪めた。

「ここを一気に叩く。協力者の精鋭部隊に加えすでに我が騎士団の精鋭部隊も送り込んだ。総人数はそんなにいない」

「邪魔な種は・・・早めに消し去るべきだな」

リンは隣のアスカのあまりに冷ややかな声に背筋にゾクッとするものを覚えた。

 

 

「アスカ・・・いや、アスカ陛下」

ヘリオス城への移動中の馬車の中リンが沈黙を破った。

「何だ?べつにあらたまることもないぞリン」

「あの館への奇襲はやめさせないのか?」

「何を今更」

「あの中に・・・ユウギリがいると・・・」

ユウギリの名に一瞬アスカが反応するが、また元通りの氷のような表情に戻る。

「ユウギリか・・・誘拐されたのではないのか?だったら救出させる。ユウギリの顔はヘリオス騎士団員ならわかっているだろう、案ずるな」

「いや、トワ殿の情報からだが、ユウギリはヘリオス騎士団員と昨日対峙、戦ったと・・・つまりただの誘拐では無いと思う・・・ユウギリは寝返ったのでは・・・?」

「そうか・・・では敵だな。・・・殺すよう命じておくべきだった・・・」

「殺すのか!?ユウギリは俺たちにとっては親友だろう!?」

あまりにもそうあっさりと言ってのけたアスカにリンがつかみかかる。

「・・・俺は神王だ。私情ははさまん」

「私情でことを起こしたのはおまえじゃないか!?」

「・・・おまえは、あいつに惚れていたか・・・」

「それは・・・」

リンの手が緩む。アスカは手を離させた。

「俺はユウギリを殺す・・・おまえが俺を殺せばいい」

アスカの言っている内容がリンには把握できなかった。言っている意味は理解している。だが、頭のどこかで出た答えを拒否していた。

「アスカ・・・おまえ・・・死を望むのか?」

「・・・生に執着はしない。戦争に勝利したら、何もかもを滅ぼした後は・・・好きにするがいい」

「タマは・・・どうなる?おまえが死んだら・・・」

アスカの脳裏に哀しげな微笑を浮かべて自分を見送ってくれた少女の姿が浮かぶ。

「あいつは所詮カオルの・・・カオルの代わりだ」

「アスカ・・・」

 

 

 セレーネの館の一室。すっかり夜も更け皆は疲れた体を休めていた。

「ん・・・?」

ハヤトがかすかな足音に気付き上体を起こす。

「ヘイナ」

「起きている・・・奇襲か・・・」

ハヤトとヘイナが剣を構える。ドアが乱暴に開かれ2人が真剣な顔つきで無礼な来訪者を迎える。

「おらおら、ノックするのが礼儀だろう?」

「き、貴様ら・・・」

「覚悟してもらおうか、礼儀知らずの客人さん?」

ハヤトが襲撃者に切りかかり、2人ほど廊下へとなぎ倒す。

「風よ!我が剣にその力貸したまえ!!」

ヘイナが風を自分の剣に呼び寄せ、剣を振り下ろすと敵に刃は当たらずとも剣先から風が吹き荒れ、3人を一気に吹き飛ばした。

「グッジョブ!ヘイナ!!」

「とりあえずキリン様と合流するぞ」

「その必要もないぞ!」

廊下の兵士をなぎ倒しながら、キリンがハヤトとヘイナに駆け寄る。

「キリン様!」

「ユキ殿たちも下に向かった!ユウギリたちが下で戦っているはずだ」

 

 

 ユウギリ、シオン、サトシが円陣を作り、互いの背を他の2人に預け戦う。3人はかなりの人数の敵兵に囲まれていた。

「何か、ちょっとピンチですかね・・・」

「さあ?人によっては大ピンチ、でもま、このメンバーなら平気だね」

「・・・そうだな、申し訳ないが、本気を出させてもらうか」

ユウギリがほうきを構え、サトシがブーメランを下げ、詠唱の準備にとりかかる。シオンが2人の援護をするようにナイフを投げ、敵を牽制する。

「我と契約を結びし異界の者よ・・・」

「今汝の主が命じる・・・」

ユウギリとサトシの体から詠唱に合わせて光が放出される。

「出でよ!召喚獣『フェニックス』!!」

「出でよ!召喚獣『リザード』!!」

2人が召喚の呪文を唱え、火に包まれた黄金の鳥、フェニックスと炎を吐き出しながら舞う竜が現れる。背中合わせにユウギリが合図を出しサトシが頷く。

「炎よ!!舞え!!」

2人が同時に叫ぶと、2匹の召喚獣が炎を舞わせ周りの敵兵を跡形も無く一瞬で消してしまう。下に出てきたカインがユキをかばうように前に立つ。

「カイン?」

「見なくていい、おまえは・・・」

シオンのナイフとサトシの放ったブーメランが命中し血の臭いがする。何かが焼ける嫌な臭い。それが敵兵の武器や体を燃やしたせいで出ている臭いだと気付くとユキは嘔吐しそうになった。

「おい!そこの!!」

敵兵が何人かでユキたちを取り囲む。

「くそ!アルト!ユキを!!おまえなら敵を魔法でいけるだろ」

「まかせて」

カインが背に手を伸ばし、重そうな両手剣を取り出し敵兵を斬る。血の臭いがいっそう増し、ユキが顔を手で覆う。

「わっ!!」

カインにはやや数が多くかなり追い込まれてしまう。ユキはその声に手をどける、すると3人がかりで剣を時間差で振り下ろす敵兵の姿が映った。2人はカインの大剣の餌食になる。カインの額から汗が出る。このタイミングだとアルトの詠唱の声が聞こえるが魔術師ではない彼女の魔法での援護は間に合わない。3人目の剣が目に入り、もうダメだと目をつぶった。パシュッという音、ズブッという鈍い音がカインとアルトの耳に響いた。カインが目を開けると最後の1人が矢に倒れている姿が映った。視線を動かすと、震えながら、弓を放った体勢のまま立っているユキが確認できた。

「ユキ・・・」

敵兵はみな去った後で、ハヤトたちが出てくる姿も視界に入ってきた。ユウギリたちも戦闘を終え、駆け寄ってくる。ユキがよろよろとし、アルトが支えてやる。ユキの中にひとつの感覚、自分の放った矢で人の命を奪ったというとてつもない罪の意識が充満した。

「ぼ・・く・・・人、ころ・・・」

「ユキ、言うな」

「でも、こ、ころ・・・」

「そうだな、殺したな」

ハヤトの言葉にカインがつかみかかりそうな形相で睨みつけた。

「殺さなきゃこいつが死んでた、だから・・・なんだよな?」

ハヤトがユキの背をさすりながら声をかけてやる。

「戦いってやつだ。人を殺すことは褒められないけど、そんな沈むことじゃないぜ?」

ユキはハヤトの優しい言葉にも首を振り、涙を流す。

「泣いてんじゃない!!」

ハヤトとはうって変わりユウギリの怒声が響く。

「泣くぐらいなら武器をとるな!後悔するなら仲間を助けようなんて考えるな!!」

ユキがそうっと顔を上げ厳しい表情をしているユウギリを見上げる。

「罪悪感は持つのは当たり前だ。そして、あんたは、人を殺した。それは1つの罪かもしれない。でも、戦の中では互いに殺意を持って戦うものだから・・・互いに自分の死を覚悟するものだから・・・あんたの命、助けたこいつの命がその殺した人の分まで背負ってるってこと、自覚しなきゃいけない。泣いてみろ、殺された方の奴の命の誇りも何もあったもんじゃない。殺した方は犠牲となった人の命に敬意を表する、それが戦士だよ。互いにそういうもんだ。じゃないと・・・無駄に人を殺す人間にもなりかねないから」

ユキは涙を拭って立ち上がり、今まで人に見せたことの無い凛々しい表情になった。その様子にカインとアルトが驚く。

「うん、わかった。僕はカインを守りたかった。人を殺す十分な理由では無いと思うけど・・・でも僕もう泣いたりしない。後ろに隠れたりしない。覚悟するから、あの人の分まで戦いぬいてみせる」

しっかりとしたその眼差しにユウギリも頷き、ハヤトがぽんっと肩を叩いた。

「立派な回答だ、殺すのに値する理由なんかこの世にはないし、これから戦いは増える。今のうちに覚悟は決めとかないとな」

ユウギリが敵兵の死体の並べられている場所へと歩み、扇を取り出す。

「何を・・・?」

「弔いですよ。戦いの後、ユウギリ殿はいつもこの儀を行います。彼女は巫女ですし、敵兵といえど人ですから・・・」

そこにいた生存者が一斉に黙祷を始める。ユウギリが遠い異国の呪文のような言葉を哀歌にのせてつむぐ。ユウギリはこの唄をそらで歌えることがひどく寂しかった。

 

 

戦士達の覚悟がかたまっていく・・・。