8章「願い」

 

 

「ここが僕の治めてるコロンです」

船を降りて領主のトウヤを先頭にハヤト、ヘイナ、ユウギリ、シオン、キリン、サトシ、ユキ、カイン、アルト、マーラはヨーロッパの町並みのような姿をしているコロンの街を進んだ。遠くに丘が見え、その上にはトウヤの住みかでもあるコロン城が聳え立っていた。すれちがう人々がにこやかにトウヤに挨拶をする。サトシの時と違い近所の人の挨拶感覚のようなものだった。だがトウヤが軽く見られているとかそういう印象ではなくそれはあたたかい感じだった。

「トウヤ殿、キタリス先生ってどこにいるんだ?」

「朝だったら教会区にいるんですが・・・今は午後ですし、研究塔区でしょうか。とにかく僕が責任持って案内します」

ハヤトの質問に応対するトウヤの声には真剣さがこもっていた。頼りない印象の彼だが頼もしさが感じられた。

 

 

 いくらか歩いき、研究塔区に来た。塔といってもそんなすごいものではないという感じでまわりよりも高い建物、通称研究塔を中心に様々な研究施設が並んでいた。コロンは施設ごとに区域を分けているようで居住区以外では人々の暮らす家はないようだったが学者や研究員は施設で1日を過ごすことも多いらしい。トウヤの説明を聞きながら塔を上った。

「すみません、キタリス先生いらっしゃいますか?トウヤです」

「ああ、トウヤ様ですか・・・そうぞ」

トウヤが4階の一室・・・演習室と書かれた部屋をノックすると中から穏やかそうな男性の声が聞こえた。

「失礼します」

トウヤに続きハヤトたちが全員入室した。人数の多さに中にいた男性、キタリスは少し驚いたようだったがすぐににこやかな笑顔を浮かべ皆を歓迎した。

「たくさんのお客様ですね。トウヤ様のご友人たちでしょうか?」

「ええ、まあ・・・セレーネ連合の中枢を担う人たちです・・・今は海上戦士団、ルーン、ワオン、ラリファの人たちしか協力意志を示してなくて・・・」

「そうですか・・・それは悲しいことですね・・・」

キタリスが優しそうながらも悲しげな微笑をトウヤに向けた。

「キタリス先生、先生は兵法にも詳しいんですよね?ヘリオスは本気で戦争をしかけているんです。僕達の力になってくださいませんか?」

トウヤが今までにないくらい真剣な表情でキタリスに頼んだ。

「トウヤ様・・・たしかに私はヨツンへイムの兵法学者でした。でももう引退しましたし今はただの心理学者に他なりません。力にはおそらくなれませんよ」

「先生・・・何とかならないか?少しでもいいんだ。もう俺たちには頼れる国も人もいない。力を貸してくれ!」

ハヤトがトウヤの隣にたち、少し自分より背の高いキタリスを見上げ縋るような目で頼む。

「頼れるものがない・・・それでは兵力に差がありすぎます。いくら兵法に富んだ者・・・軍師でもそんなに兵力の違いがある無謀な戦いに挑む者はいませんよ。ここはおとなしく降伏なさった方がよろしいのでは?その方が被害は少ないと思いますし」

キタリスの言い分は最もで皆が黙り込んでしまった。するとハヤトの隣に今度はユキが進み出た。

「キタリス先生、たしかに命を優先するならそれが一番いいのかもしれません。でも・・・でも、今まで暮らしていた、心から愛している故郷が失われるのは辛いんです。降伏してしまったら・・・ヘリオスに吸収されずに済んでも僕らは故郷を失ってしまうと思うんです・・・僕はもう失ってしまったから・・・」

ユキが悲しみを帯びた様子で言った。ハヤトがポンと肩を叩いてやった。

「ユキ王子・・・でしたね・・・たしかにそうかもしれません。でも生きていてこそじゃないですか・・・もし死んでしまったら故郷の話すらできないんですよ?」

「わかってる!わかってるけど!!生きていたら何でもいいってわけじゃないだろ?」

ハヤトが食い下がるように言うとキタリスも少し黙ってしまった。

「キタリス殿・・・ヘリオスはセレーネをつぶそうとしてる。アスカはセレーネに憎しみを持ってるから・・・降伏しても無事では済まないと思う・・・少なくともキリン殿、サトシ殿、ユキ王子、トウヤ殿はリーダーの責任をつきつけられて殺害されてしまうと思う。あの国にはそういうところがある・・・僕はみんなが死ぬのは嫌だ」

ユウギリがうつむきながらそう言った。キリンとサトシは今の内容にさして驚いた様子もなかったがトウヤとユキはさすがに青ざめていた。

「あなたは・・・たしか・・・」

「ユウギリ。ヘリオスの天照神官長。でも・・・国があんな状態だし、アスカを止めるにはこうするしかないと思ったからこっちにいます」

「そう・・・ですか・・・」

一同が静まる。キタリスは何やら真剣に考えているようだった。

「トウヤ様・・・今は協力する気にはなれません・・・。もう少し待っていてください」

「わかりました」

長居はかえって逆効果と判断し、皆はコロン城へと行った。少し重たい気分を引きずりながらもそれぞれ与えられた部屋で休むことにした。

 

 

「・・・なるほど・・・」

部屋でシオンが使いの鳥から手紙を受け取り盛大に溜め息をついた。その様子に疑問をもったハヤトが側へ近寄った。

「どうした?」

「ラリファ国王と王妃が処刑されたようです・・・ヘリオスで」

ハヤトが痛そうな表情を浮かべ、拳を握ってやるせなさをこらえた。

「ユキ王子には・・・言わない方が・・・」

「いや、伝えるべきだろう・・・下手な優しさは必要ない・・・というよりその気遣いはかえって後で冷たいものとなってしまうだろう、言った方がいい」

「何で?ユキ王子は1人になっちまったってことだろ!?そんなこと・・・」

ヘイナ言葉にハヤトが驚いた。

「俺もヘイナに同感です。彼のお父様とお母様が殺されたということを伝えるのは酷ですよ、たしかに・・・でも彼は知るべきだと思います。ラリファがこうなった以上、第一王子が裏切った今ユキ王子がラリファのリーダーになります。彼はただ甘やかされているだけではいけません・・・それに彼はもうそれなりの覚悟を決めてきていると思います・・・そうでしょう?ユキ王子?」

ハヤトが驚いてドアの方を見る。するとゆっくり、静かにドアが開かれユキが中に入ってきた。

「すみません・・・ハヤトさんが僕の名前をあげたのが聞こえたから・・・」

「ユキ王子・・・これは・・・」

ハヤトが申し訳無さそうな、悲しい表情をすると、ユキは涙を今にも流しそうな表情のような・・・それでいて慈愛に満ちた天使のような優しい笑顔を浮かべて首を横に振った。

「いいんです・・・わかってましたから・・・ラリファは落とされたんです。第二王子の僕でさえ殺害命令が出されていたんです。父や母が無事な可能性が本当に低いのはわかってましたから・・・わかって・・・」

ユキは強くいようと思ったがさすがに父や母が本当にいなくなってしまったことに耐えられずその場に崩れ落ちた。声もなくただ涙があふれてきた。ヘイナが側に駆け寄って背をさすってやった。呆然としているハヤトの頭をシオンが軽く励ますようにこづいた。

「・・・ハヤト、カイン殿とアルト殿を・・・」

ハヤトは頷くとすぐに部屋を出て2人を呼びに出た。シオンはゆっくりユキのもとに歩み寄りハンカチで涙をぬぐってやった。

「好きなだけ泣きなさい。大人だって男だって・・・大切な人の死を嘆かないようなヒト、この世にはいませんから・・・嘆かないようならそれはヒトではありませんから・・・」

 

 

 夜になり皆疲れを癒すため横になるころだった。1人部屋をあてられたユウギリはいろいろ悩んだりしたものの意外にもぐっすりと眠っていた・・・不覚にも。

「え・・・!?何!?」

人影に気付きユウギリは慌ててほうきを握った。

「よく寝てたな。今のうちにしとめればよかったか」

「ナ・・・ナツキ!?」

目の前には気の強そうな少女、従姉妹であるナツキが立っていた。殺気は感じられないがきっちりナックルは装備していた。

「どうして・・・ここが」

「まあ、部屋は勘だな。コロンにいるっていうのは手紙を読んじまったからな」

「手紙・・・?」

「あいつからこっちの情報仕入れてたんだろ?」

ユウギリがナツキの親指の方向を見て一気に青ざめた。床にはレイが転がされていた。ここからでは気絶しているのか死んでしまっているのか判別がつかなかった。

「レイ!!?」

「慌てんなよ。それより前はよくもルリをふっとばしてくれたな?あいつおまえと違って生粋の魔術師なんだから大怪我しちまうだろうが」

ナツキが笑顔ながらも拳を振り落とす。かなりの衝撃だがほうきでそれを受け止めた。

「僕と戦いたくなかったみたいだったんだけど?気変わった?」

「さあ・・・?」

「だって明らかに僕のこと攻撃してるよね?」

ユウギリとナツキが交互に攻撃を仕掛けては受け止め、という行動を繰り返した。

「ん〜?やつあたり?」

「そんな理由で夜襲仕掛けてこないでくれる!?」

ユウギリが勢いよくほうきを振り回した。その行動でナツキが飛び上がりながら後退した。

「こっちだっていろいろ葛藤してるんだよ!っておまえは遠慮無しに攻撃かよ!!」

ユウギリが更にほうきを振り下ろしナツキを後退させる。当てる気はあまりなかったようでおかしいなとナツキは思ったがユウギリの次の行動で理解した。

「レイ・・・レイ・・・」

ユウギリはレイのもとに駆け寄り男性にしては細い身体を抱き起こした。身体はあたたかく息もしておりユウギリはほっと安堵の溜め息を漏らした。

「殺したとでも思ったか?ったく、俺を誰だと思ってるんだよ?」

「でも・・・」

「・・・1つ教えてやる。5日後、ルーンにうちの軍が襲撃を仕掛ける。一気に叩く気だ」

「え?」

ナツキの声には嘘は感じられなかった。ただでさえ嘘が苦手で幼いころから彼女を知っているユウギリには嘘か本当かはすぐわかる。しかし彼女はヘリオス騎士団員で何故そんな情報を自分に与えるのかはわからなかった。

「感謝しろよ。そいついくら細いからって連れてくるの大変だったんだからな、それと窓の鍵くらい閉めとけ!無用心なお嬢様が!・・・じゃあな!!」

ナツキはそう言うと忍者のような軽やかさで窓から飛び降りた。ユウギリはナツキがレイを許可なくこちらに連れて来てくれたことがわかり、感謝の気持ちがこみあげた。

「あれ・・・ここは・・・?お嬢様・・・?」

「レイ・・・よかった・・・」

不思議そうにぼんやりとした様子でまわりを伺っているレイをユウギリは抱きしめた。レイもとまどっていたが、ユウギリにいつものとおり優しい笑顔を浮かべ、背をぽんぽんと叩いてやった。

 

 

「っと、任務完了。これでよかったんだろ?ルリ」

ロッドを持ったまま腕を組んで機嫌悪そうにしているルリにナツキが声をかけた。

「私が命令したみたいに言わないでよ・・・」

「でもさ、偵察任務を自ら請け負ってきてレイをユウギリたちんとこに連れて行こうって言ったのおまえじゃんか」

ルリが言葉に詰まる。ホノカがその様子に笑っていた。

「優しいことで」

「知らない!!・・・だってあの神官、ユウギリ様がほんとの家族みたいに大事にしてるって聞いたから・・・ユウギリ様は小さいころから家族がいないって聞いたし・・・」

「ルリはユウギリ様に寂しい思いはさせたくなかったんですよね」

ホノカの言葉にさらにルリは表情を照れくさそうに歪めた。

「・・・家族がいないのは寂しいからね」

兄がいなくなり1人になってしまったルリにはそれがよくわかっていた。ラリファの王たちはさすがに助けられなかった。残された王子がどんなに嘆くだろうと思ったころ、レイの手紙の秘密を知った。バレないうちにユウギリたちと合流させた方がいいという判断で事を運んだ。少しでも悲しい思いをする人を増やしたくなかったのだ。

「・・・戻るよ。偵察なんて適当でいいんだから」

ルリがそう言い、城を後にした。

 

 

 皆が同じ思いを抱えていることに早く気付けばいい・・・誰かの言葉が月夜に響いた・・・