9章 「コロンでの意思表明」

 

 

 ユウギリがナツキから仕入れた情報によりコロン城での中央メンバーは騒然とした。ルーンが落とされればもうセレーネに勝ち目はない。しかし反撃できるほどの兵力も今はない。と、緊迫してる中、ドタドタと騒々しい誰かが階段を駆け下りる音がした。

「髪なんかに気つかってられないって!これでいいの!!」

「お嬢様!年頃の女の子が何言ってるんですか!!また適当に洗っていい加減に乾かしてたんでしょう!私が目をはなすといつもいい加減に処理なさるんだから!!」

「状況が状況だろ!!」

「でも髪がぐちゃぐちゃになっているのはお嬢様だけですよ!キリンさんやアルトさんを見習ってください!!ついでに言うと男の子であるヘイナさんやサトシさんよりも髪乱れてますよ!!」

廊下でユウギリとレイの攻防がはじまっていた。まさしく状況からかけ離れた2人のごく普通の親子といった感じのやりとりにキリンやサトシも思わず笑ってしまった。

「まあまあ、レイ。とりあえず今は話し合いにしましょう。ユウギリ殿も座って。レイは後ろで髪を梳かしてはいかがですか?」

「そうですね、そうしましょう」

シオンの言葉にレイが頷く。ユウギリはげんなりとした表情を浮かべながらも母親代わりのレイには敵わないらしくおとなしく席についた。

「さて、ルーンへのヘリオス軍侵攻について・・・だが。正直これはかなり厳しい戦いとなる。勝ちの見込みは残念ながら薄すぎる。しかし・・・」

「降伏なんて駄目だよ・・・キリン殿たちがたすかるはずがな・・・いたっ!!レイ!もっと優しくやってよ!!」

「お嬢様が毎日ちゃんと梳かさないからです」

キリンの言葉に意見したユウギリだったがもつれた髪をレイにくしで引っ張られ痛みに半泣き状態になった。

「そうだな・・・民の命を守るため・・・私だけでも降伏しようか・・・私がセレーネを率いていたことにすれば死罪に処されるのは私だけで済むかもしれない・・・」

「駄目だよ!サトシさん一人で背負い込む気!?」

サトシが悲観的な提案をするとトウヤがすぐさまに否定した。

「では・・・どうしろと。負ければここにいるメンバーは処刑が待っているぞ」

「そ・・・それは・・・勝てばいいんだよ!!」

「それは・・・8割がた無理な話だ」

サトシの言葉にトウヤをはじめ一同が黙り込む。民の命を考えれば無謀な戦いを挑むより降伏した方がましな結果になることはわかっている。しかしどちらにしろ長のメンバーの処刑は避けられないということもわかっている。

「キリン様、ちょっと俺出てきます・・・」

「あ、ああ」

ハヤトはキリンにそう言うと部屋を出て、城を出た。

 

 

「レイがいなくなった?見張っておけと言ったのでは?」

ヘリオス騎士団の砦では軍事会議の後、会議室で団長トワがリンと話をしていた。

「監視が緩かった・・・ようで・・・」

トワの言葉にリンが濁した返事をした。

「こちらの情報をあの神官が流しているのではという疑いが濃厚になった。だから監視をつけて確たる証拠が得られた場合は処刑しろと言っておいたのだが・・・」

「しかしながら今の情報が流れたとしても損害にはならないと思う。ここは・・・」

「まあ、そうだな。わかった、今更誰を責めてもいたしかたあるまい。退出していいぞリン。手間をとらせた」

「いえ・・・では私はこれで」

一礼するとリンは踵をかえし、部屋を出た。すると扉のすぐ側にはタマが立っていた。

「リンさん、アスカ様がお呼びです」

「タマ、こんなところまで・・・」

「少し・・・外に出たかったものですから・・・」

タマは相変わらず寂しげな笑みを浮かべた。面影はカオルを強く残しているが全体的にタマは悲しい印象を持っていた。それでいてどこかカオルより強い印象を湛えていた。

「レイさんは・・・逃がしたのでしょう?密かにあの騎士の女の子たちに協力して・・・」

「レイはユウギリにとっては大切な人だ。本当の親のように幼いころから慕っていて・・・そのレイが処刑されたらユウギリは悲しむ。それは嫌だったから」

リンは幼いころよくアスカとユウギリと3人で遊んでいた光景を思い出した。夕方になりレイが迎えにくるとパアっと顔を明るめて彼に駆け寄っていたユウギリの姿が脳裏に焼きついていた。

「アスカにはバレたか?俺は処刑かな?」

「そんなことはないでしょう・・・アスカ様はあなたを信頼していますから」

「そうか・・・でも神王さまから呼び出しだからな。早く行かないと。タマ、いっしょに戻るか?」

「そうですね。連れて来てと言われてますから」

タマは優しげに微笑むとリンと共にヘリオス城へと向かった。

 

 

「はい?どうぞ・・・あなたはたしか・・・」

研究塔の演習室の中にいたのはキタリス、入ってきたのはハヤトだった。本を整理しながらキタリスがにこやかに挨拶した。

「ごきげんよう・・・ハヤト君でしたね」

「覚えてたのか?」

「一応これでも先生ですからね。それなりに人の顔と名前を覚えるのは早いですよ」

キタリスはそう笑顔のまま言いながらハヤトにイスをすすめた。

「ご用件は?」

「キタリス先生。本当にもう俺たちにはあとがないんだ!・・・助けてくれないか?」

「と、言いますと?」

ハヤトはキタリスにユウギリの手に入れた情報、現在の兵力、長たちの言葉を詳しく伝えた。キタリスも真剣な顔つきで聞いていた。

「そうですか・・・」

「頼む。せめてキリン様やサトシ殿たちリーダーが助かる方法でもないか?このままだと負けるのは皆わかってる・・・でも降伏してもキリン様たちは助からない・・・すでにラリファの国王と王妃は処刑された・・・俺はみんなに死んでほしくなんかない!!」

ハヤトは悲痛な声で訴えた。今の状況を救えるのはキタリスぐらいしか思いつかなかった。ラリファ国王たちが処刑された事実はユキにはもちろんだったがハヤトにもかなりの衝撃を与えた。ヘリオスはリーダーへの責任を、死罪をもって要求することがわかったからだ。ヘリオス兵と幾戦か交えたキリン、サトシは助かる可能性はまず低いと思った。

「つまり・・・ハヤト君はセレーネの各リーダーたちを救いたいのですね?」

「ああ」

「それには・・・今のヘリオスの状態を見る限り勝つ他ありません・・・」

「じゃあ・・・勝つには・・・どうすれば・・・」

「・・・勝つのは難しいですね・・・とりあえず私は民を優先させるか、リーダーたちを優先させるかは判断できません。ここは民たちと話し合うべきでしょう」

「え・・・」

「セレーネ連合はリーダーだけで決めてしまってますね・・・でも民の意見を聞いている長と聞いていない長がいるように見受けられています。今協力体制をとっている長の方は人望からしても耳を傾ける方でしょう。ルーン、ワオン、ラリファの生き残り、コロンの民の意見をまとめる必要があります」

ハヤトは声も出さずただ頷いた。

「長を守りたいか、保身のために長を差し出すか・・・」

「そんな!」

「差し出す民は酷いと思いますか?でもね、ハヤト君、長はそれをもとより覚悟しているものですよ。民に守られているようで民の盾となる存在、それがリーダーというものです」

キタリスは真剣な響きのこもった声で言った。ハヤトは呆然としてしまったが、キリンやサトシの言動を思い出し、納得した。

「もし、民のみなさんが長を守りたいという意思表示をしたのでしたら・・・この私、キタリスが策を提供いたしましょう。勝つ自信はありませんがね」

「ほ、本当か!?」

「ええ、私はあの子・・・トウヤ君を死なせてしまうのはどうも嫌でね・・・あの子は一生懸命で何だか息子のようにさえ思ってしまうので」

「わかった。じゃあ俺、戻るよ」

「私も行きましょう。城に人を集めるようトウヤ君に伝えねばなりませんしね」

 

 

「ユキ・・・大丈夫?」

コロン城の会議室から離れ、応接室で休憩をしていたユキにアルトが尋ねた。

「うん・・・平気だよ、アルト。心配しないで」

「無理しちゃだめだよ。あんなことがあったんだもん・・・いくら今ユキがリーダーだからって・・・弱音、私でよければ聞くから」

アルトがユキの白い手をとって慰めるようにさすってやった。

「アルト・・・抜け駆け?」

「べっつに〜」

カインの怪しげな笑顔に同じく含みのある笑顔を返すアルト。ユキは状況がわからず首を傾げた。

「ねえ、ユキ。もし降伏しなきゃいけないことになっても・・・負けても私最後の最後までユキのこと守るからね」

「俺もだ。もし・・・最悪の場合はいっしょに逝く」

アルトの手の上からカインが手を重ね、2人とも真剣な表情でまっすぐユキの目を見て言った。ユキは言われている内容は何気に絶望的なものの気もしたが心があたたまるのをたしかに感じた。

「ありがとう・・・アルト、ありがとう・・・カイン。僕も2人のことは守るよ・・・これでもラリファのリーダーだから・・・」

 

 

夕方になり、準備も整い、トウヤはコロン城にコロンの民を集めた。緊張しているようだったが皆が励ますように方をぽんぽんと叩いてやった。

「コロンのみなさん!集っていただきありがとうございます!みなさんに集っていただいたのはご存知だと思いますがセレーネの危機においてコロンがどうするか、です!」

トウヤが声を張り上げてそう言うとコロンの人々はざわめいた。

「僕はコロンの領主です!決定権は持っていますがこういう状況です!みなさんに決めてもらおうと思います!・・・2択です!戦うか、降伏するか・・・」

トウヤは少し気落ちしたのか声量が落ちたようだった。マーラが彼の横に立ち、フォローするように進み出た。

「みなさん知っているとおり勝ち目はあまりありません。降伏する方がいいという考えもできます・・・その代わり領主は責任をつきつけられるでしょう」

マーラの言葉にざわめきがいっそう激しくなった。

「それはトウヤ様が助からないということですか?」

「そういうことになります」

住民達の質問にマーラが答える。トウヤは頭を落としていたがパッと真剣な顔を上げた。

「みなさんにお任せします!もとより僕は覚悟を決めています!」

トウヤのしっかりとした声に普段の彼を知っているマーラは驚いたようだった。

「戦おう!」

「そうだ!トウヤ様を犠牲にするわけにはいかない!」

「コロンは協力を!!」

「トウヤ様がいなくなってヘリオスから横暴な領主が派遣されたらたまったもんじゃない!戦いましょう!!」

住民の言葉にトウヤが呆気にとられたような表情になったが、涙がこぼれた。

「みんな・・・」

「おまえが普段からがんばったからさ。みんなおまえがいいんだと」

マーラがトウヤの頭をがしがしと撫でた。トウヤは声もなくコクコクと何度も頷いた。

「みんな!ありがとう!!僕!戦います!!」

トウヤが晴れやかな泣き顔といった表情を住民たちに向けながらそう言うと、熱気につつまれたような歓声があがった。

「キタリス先生、予想通り?」

トウヤの様子を見守っていたハヤトはキタリスにそう言った。

「そうですね、トウヤ君は頼りないかもしれませんが人望はあついですから。あとはワオン、ルーン、ラリファのご意見ですね・・・海上戦士団の方は聞くまでもなさそうですし」

「ああ!キリン様のために俺らは集ってるんだからな!」

キタリスはハヤトに微笑みを返すとこちらに手を振っているトウヤに気付き手を振り替えした。

「私も、出来る限りのことはしますよ、トウヤ君、いえ、トウヤ様・・・」

 

 

人々の決意が徐々に1つにかたまっていく・・・。