1章 はじまりの任務


 青い空に蒼い海。雲はそれなりにあるが気温もほどよく非常に気持ちの良い日。時刻も昼に近づいたころ。ヘリオス神聖国側のガイア海に1隻の船が航海をしていた。
「ふあ〜!いい天気だな〜」
「今頃出てきたのか・・・・・・いくら見張りじゃないからといってたるんでないか?」
「かてぇこと言うなって。昨日はあの汚ねえ悪さばっかりしてた海賊の相手してたせいで疲れてたんだしさ」
茶髪の見目はいいがどことなく軽い印象の青年がそう言ってのけると彼に話しかけていた銀の髪の美青年といった言葉で形容される外見をした青年がふう、と溜め息をついた。
「大海賊キリン様の片腕と言われているおまえがそんなことでいいのか? ハヤト」
「う!まったくおまえ素直なわりに痛いとこつくよな・・・・・・さすが元騎士団だけありますなヘイナ」
ハヤトはヘイナに頭を掻きながらそう言うと、穏やかな海を見た。
「でも今日はほんっとうに温和な海に天気だし、あの海賊もやっつけたしのんびり過ごせそうだからさ、こういう時ぐらい呑気でいようって」
「・・・・・・まあ、そうだな」
ハヤトの言葉にヘイナはクスッと笑うとそれに同意した。
「お〜い! ハヤトの兄貴! ヘイナの兄貴! キリン様が呼んでるぞ〜!」
弟分にあたる海賊にそう言われ、ハヤトとヘイナは甲板から船室へと入りキリンのもとへと向かった。
「お呼びですかキリン様」
「ハヤトたちか、入っていいぞ」
ドアの向こう側からキリンの凛々しく落ち着きの感じられる声が聞こえた。2人は中へと入るとペコッとやや軽めに頭を下げて挨拶をした。
「何かあったんですか?」
「ああ、おまえたち2人に仕事をしてもらいたい」
キリンがそう言うと2人は真剣な顔つきになった。
「で、仕事とは?」
「ヘリオス神聖国天照神官長ユウギリのことは知っているか?」
「え・・・・・・と・・・・・・」
キリンの問いかけにハヤトは困った表情でヘイナを見た。ヘイナは溜め息をつきながらもハヤトに説明するべく口を開いた。

「ヘリオスは最近はいい加減なものだが太陽神を祭った王国だ。天照とは女神でヘリオスでの太陽神を表している。天照神官長とはヘリオスでの巫女の最高位、つまり形式上ではヘリオス王である神王の次に高い地位の者だ。俺もユウギリ殿のことはよく知らない・・・・・・騎士団にいたころもちらりと姿を見ただけだからな」
「ってことは女か・・・・・・どうだ? 美人か?」
「美人・・・・・・いやユウギリ殿はまだ幼い・・・・・・ああ、でももう17,8にはなっているころか。顔はあまり覚えていないがたしか絹のような美しい黒髪の持ち主だ」
「ふーん」
ハヤトは何だか神秘的そうな少女の姿を思い浮かべ、興味を示したように目を輝かせた。
「しかしキリン様、ユウギリ殿がなにか・・・・・・?」
「ああ、ハヤト、ヘイナ。今ちょうど仕事でヘリオスの港に来ているユウギリを誘拐してこい」
「誘拐!?」
ハヤトとヘイナがキリンの言葉に同時に大きな声をあげた。
「ゆ、誘拐って! キリン様! いくら相手が高位の者だからって俺たちは普通に暮らしている人に迷惑はかけない主義なのではないのですか?」
「そうですよ! ユウギリ殿は女でしかもまだ子供ですよ? 誘拐なんてかわいそうなのでは・・・・・・?」
ヘイナの言葉にややキリンが笑ったが2人にはその変化の意味はわからなかった。
「そういう依頼がさる筋からあったのだ。案ずるな、ユウギリに危害を加えるわけではないし誰かを陥れるためでもない。ユウギリが不安にならないためにもおまえたちに頼んでいるのではないか」
「え?」
「なんといっても我が一味の美青年コンビだろう?」
キリンはいたずらっぽくそう答えた。2人は呆気にとられたように顔を見合わせた。
「ま・・・・・・まあわかりました。準備していってきます」
「頼んだぞ。そうそう・・・・・・一筋縄ではいかぬやもしれんからな気を抜かぬように」
キリンの言葉に首を傾げながらも2人は任務遂行のため準備にとりかかった。

 

ハヤトとヘイナはヘリオス近海まで海賊船で移動すると小舟に乗り換えヘリオスの港へと向かった。海は相変わらず穏やかでこの辺りは海での魔物も出ず、楽に港へと着いた。2人はしょっちゅう使っている偽者のヨツンヘイム大陸の小国の身分証明書を提示し中へと入っていった。幸いこの辺りだとヘイナの顔を知る者もいないようですんなり通してもらえた。何しに来たという質問に旅ですと答えると男2人でとは寂しいもんだねぇと言われたのにはやや困ったが。ヘリオスの港町は政治的に中心とはいえないが商業で栄えており、人々の暮らしには豊かさがあった。一応信仰を重んじた国の街ということもあって立派なつくりの神殿が目に入った。2人はその神殿を訪れさりげなく情報を収集することにした。
「はあ、立派なもんだな。ステンドグラスとか壁画とか・・・・・・綺麗だな」
「それはそうですよ、ここはどちらかといえば新しい建物ですからね」
ハヤトは背後の気配に驚いたように振り向いた。そこには白い法衣を纏った長身だが細身の鮮やかで長い黒髪を揺らした真面目そうでなおかつ優しそうな青年が立っていた。
「旅の方ですか?」
「ええ、まあ」
「それはお疲れ様です。歴史はそんなに無くともここも立派な神殿ですからね。旅の無事を太陽神に祈るのもよろしいかと」
「あなたはここの神官なのですか?」
「いいえ、私は今こちらに滞在している天照神官長ユウギリ様にお仕えしている者です・・・・・・一応ヘリオスの中央神殿の神官ですが・・・・・・ようはユウギリ様の幼少時からの世話係です」
ハヤトとヘイナは思わぬ偶然に目を合わせ、合図をおくった。
「もしかして滞在場所はあの奥の宿屋ですか?」
「ええ、そうですよ。もしかしてごいっしょでしたか?」
「はい、じゃあ荷物のこととかあるので参拝はまた今度またあとでお会いできたら・・・・・・いいですね」
ヘイナの入れた探りで早くも充分すぎる情報が手に入り2人は安堵した。しかし先ほどの優しそうな神官に申し訳ない気がした。彼はユウギリを大事に世話しているのだろう、誘拐されたらさぞ悲しむだろうということが想像できたからだ。
「悪いな」
ハヤトはそうつぶやくと宿屋へと入っていった。

 

「・・・・・・宿帳の記載だとこの部屋だな」
「ああ」
ハヤトがヘイナに確認を取ると、ピンを取り出し、鍵を開けた。
「失礼、ユウギリさん・・・・・・だな?」
ハヤトが中に入ると寝台に腰掛けて本を読んでいた黒髪の赤い和服に蒼紫色の袴のようなスカートを穿いた少女と目があった。美少女とはいい難いが黒い瞳には不思議な光が宿っており、その身分に相応しい神秘的な雰囲気を纏った少女だった。ハヤトはその神聖さに見惚れてしまった。
「わりぃな、ちょっと俺たちといっしょに来てもらえるか? 手荒な真似はしねえって約束するから・・・・・・」
ユウギリはあきらめたのか目を伏せた。ハヤトはその様子に罪悪感を感じた。
「・・・・・・僕が簡単にあんたたちなんかに捕まると思う?」
ハヤトとヘイナは ”え?” という表情になった。ユウギリが発した言葉はまるで少年のようでしかも見知らぬ男が2人で自分を連れて行こうとしているという場面に遭遇した女の子が言う内容では無かった。2人が呆然としているとユウギリは素早く寝台の横にたて掛けていたほうきを取り出し、身構えた。
「お、おいおいやる気か? いっとくけど魔法なんかこんな室内では使えねえぜ?」
「実力行使なら文句ないだろ?」
ユウギリはそう言うとハヤトにほうきで殴りかかった。ハヤトは素早く剣を抜きそれを受け止めた。ほうきではあるがどうやらそれは棍のように丈夫につくられたもののようでかなりの打撃力があった。
「ヘイナ! こいつ巫女じゃねえのかよ!?」
「いや、巫女は巫女だが・・・・・・」
「何だよ、巫女だとかよわくないと駄目なわけ?」
ハヤトは応戦しながらも目の前の少女を好ましく思った。可愛げがないといえば可愛げはないが、この状況になっても怯まずむしろこんなに強気でいられるたくましさが気に入ったのだ。
「なんだよ男のくせにたいして力ないな」
「おまえのこと傷つけねえように気つかってやってんだろうが!」
「同じく」
ハヤトとヘイナはそう言いながらも少女相手に2人がかりで動きが封じられないのに内心焦っていた。
「ふうん・・・・・・まあこっちはいいけど・・・・・・『樹木の鎖』!!」
ユウギリがそう唱えるとヘイナの周りに樹でできた鎖が現れ、体を一瞬にして縛られてしまった。
「ヘイナ!!」

苦しそうなヘイナの様子に注意がそちらへと向いてしまったハヤトの隙を見逃さずユウギリが飛び掛り動きを封じた。
「何が目的だったわけ?」
ユウギリはほうきをハヤトの首にあて、自分を誘拐しようとした理由を犯人を見下ろしながら尋ねた。
「言わなくていいの? この首へし折るよ?」
ハヤトは無言のまま自分の上に乗っている少女を睨んだ。
「それにあそこの銀の髪のおにいちゃんがどうなっちゃってもいいの?」
「それは・・・・・・」
「大事な友達・・・・・・かな? じゃあ白状してくれる? 僕も狙われてるんだったら警戒しときたいし」
「・・・・・・俺たちの頭の命だ。誰かから依頼があったらしい」
「依頼・・・・・・?」
「俺が頼みました」
「え?」
ドアが開きそこにいた黒髪の背の高い端整な顔立ちをした青年が答え、ユウギリとハヤトがそちらを驚いた表情で見た。ユウギリの集中力がなくなったようでヘイナを縛り上げていた樹の鎖も解かれていた。
「あんたが依頼者・・・・・・わっ!!」
ハヤトがそう口にすると上に乗っていたユウギリがバッと飛び退き、ドアにいる青年のほうに歩み寄った。
「誘拐を頼んだって・・・・・・シオン! おまえどういうつもりだ!? おまえは僕の護衛だろ!?」
「話せば長くなりますが・・・・・・」
「お嬢様、すぐ怒るのはレディとしてよろしくないですよ」
ユウギリがシオンという青年につかみかかっていると、神殿にいた神官の青年が優しく諭すように言った。
「レイ・・・・・・」
「正確にいえば私とシオンさんでキリンさんに頼みました。お嬢様を誘拐してくれるよう」
「どういうことだ? あんたもその娘の世話係って・・・」
ハヤトが不思議そうにそう尋ねるとレイは苦笑しながら頷いた。
「ええ、本来ならお嬢様を海賊なんかに誘拐されるわけにはいきません。しかしキリンさんには頼む必要がありました。あなたたちも最近のヘリオスの動向ぐらいは多少耳にしているでしょう?」
「ああ、どうやら最近戦争でもおこすような雰囲気になっているようだな」

「ええ。正直にいえばこの国は腐敗を極めています。この戦争はセレーネをつぶそうというものです。ヘリオスが本気になればたしかに今のセレーネはひとたまりもないでしょう。ガイアを統一した後は他の大陸にまで手をのばすようです。そうなればどれだけの命がうしなわれることか・・・・・・今皆にできることはヘリオスの脅威を退けること・・・・・・こういう緊急事態が国で起きた時、私はお嬢様の亡きお母様、アサヒ様にお嬢様をキリンさんに託すよう言われました。つまりアサヒ様の遺言です。そのためにお願いしたのですよ」
「母さんが・・・・・・」
ユウギリは少し寂しそうな顔をしながらつぶやいた。
「私はヘリオスの中央神殿の神官です。これから内部の情報を探ることになります。あなたたちにお願いします。お嬢様をキリンさんのもとへ。そしてセレーネをまとめてくれることをキリンさんに。戦争をとめることは難しいでしょう・・・・・・セレーネが蹂躙されることを防ぐにはセレーネに属する者たちが1つになる必要があります。それからこちらのシオンさんも連れていってください。お嬢様1人ではさすがに心細いでしょうから」
レイの表情は厳しく真剣そのものだった。ことが大きいだけにハヤトもヘイナも真剣に彼の言葉を聞いていた。レイの願いを聞き入れたとばかりに2人は頷いた。
「え!? レイがいっしょじゃないのか?」
「私には私の仕事があります。シオンさんにならあなたをまかせても大丈夫です。いいですね?あまりまわりを困らせてはなりませんよ?」
「レイ・・・・・・もう会えないとか・・・・・・そんなんじゃないよね?」
「ええ、情報を仕入れたら私もそちらに合流します。シオンさん、お嬢様をお願いします」
「わかった、まかせてくれ」
シオンはユウギリの肩に手をおき、そう言った。
「では皆さん、今のうちにここをたってください」
「え? 今は明るいぞ? 暗くなってからの方がいいんじゃねえのか?」

「暗くとも海からこっそり出るのは難しいです・・・・・・今ならシオンさんがいっしょにいるということで船着場の番の人間もお嬢様が観光のため小舟に乗るのだろうと思うでしょうし言いくるめやすいはず」
「なるほど、わかった。そうと決まりゃあ港へレッツゴーだ」
「レイ・・・・・・アスカのこと・・・・・・止めてね」
ハヤトとヘイナが部屋を出て行くとユウギリは立ち止まりレイの方に振り返り声をかけた。
「・・・・・・できるかぎりのことはします。キリンさんはアサヒ様のご友人。勇敢かつ聡明な女性だと聞いています。お嬢様もアスカ様をとめられるよう、キリンさんのお手伝いをお願いします・・・・・・どうぞご無事で」
「わかった」
ユウギリは頷くとシオンを連れ2人の後を追った。
「・・・・・・すみませんお嬢様・・・・・・アスカ様を止めるということは・・・・・・死しかありえないと思います・・・・・・」
レイは沈痛な面持ちでそう誰にも聞き取れない程の小さな声で呟き、上を向いた。


 荘厳なつくりのヘリオス神聖国の神王の間に1人の栗色の長い髪をゆったりと結った若い青年が外を遠い目をしながら見ていた。
「アスカ様・・・・・・」
「タマか・・・・・・」
黒い腰に届くほどの長い髪を揺らしながら桃色の白い肌によく合った和服を纏った少女がアスカに声をかけた。
「戦は・・・・・・本当にはじめるのですか?」
「ああ・・・・・・カオルを奪った奴等だ・・・・・・灰にしてくれる」
「お姉さまは・・・・・・」
「どうした? まさか戦に反対か?」
「・・・・・・」
「何も考えるなタマ。おまえは戦に出る必要もない。ここで箏を弾いていてくれればいいんだ」
「アスカ様・・・・・・わたしは・・・・・・」
「なんだ?」
アスカの表情は優しかったが声は冷ややかでタマは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「アスカ様・・・・・・なんでもございません・・・・・・」
タマは悲しそうな目をアスカに向けた。
「愛しているよタマ」
アスカはタマを抱き寄せカオルによく似たしっとりとした髪を撫で、冷たい声で囁いた。紫の瞳に狂気の色を浮かべながら・・・・・・。


 運命の歯車が動き出した・・・・・・