第2章 始動の気配
太陽も傾き、ハヤトとヘイナは任務を終了させるべく勝気な少女ユウギリと紳士の青年シオンを小舟に乗せ、自分たちの船へと向かっていた。ハヤトはオールを漕ぎながらユウギリの様子を伺った。ユウギリは小舟にちょこんと体育座りのように足を抱えこんでいた。その姿がハヤトには可愛らしかった。
船に着くと、仲間の海賊が珍しそうに客人の二人を見ていた。さすがにキリンにしつけられているだけあって、その視線はクラスのメンバーが転校生を見るようなものでケンカをふっかけてくるような輩は一人もいなかった。ハヤトたちは二人をキリンの部屋へと案内した。
「ご苦労だったな、ハヤト、ヘイナ。・・・おまえがユウギリだな」
キリンはハヤトとヘイナに労いの言葉をかけるとハヤトの横にいた黒髪の少女に優しげな表情で声をかけた。
「そうだよ。あなたがキリン殿?」
ユウギリは背の高い革の黒い服を纏った銀の髪の女性を見上げながら応対した。
「ああ・・・それからそっちはシオンだな、依頼者の」
「ええ。キリン殿のもとでは安全だとは思いますがユウギリ殿の護衛として同行させていただきました」
「心配性だなぁ、俺たちでユウギリのことは守ってやるってのに」
「いいえ、俺の可愛いユウギリ殿に手を出そうと思う奴がいてはならないのでね」
ハヤトが頭の後ろで腕を組みながらそう言うとシオンがニコニコと屈託の無い笑顔を向けながらそう言った。
「シオン!ふざけるな!誰がおまえのものなんだ!?」
シオンのセリフに顔を真っ赤にしてユウギリが反論する。
「ふふ、とにかくそういうことでしばらく厄介になります。よろしくお願いしますキリン殿、ハヤト殿、ヘイナ殿」
「こちらこそよろしく、シオン、ユウギリ・・・ハヤト、ヘイナ。2人を部屋に案内してやんな。ユウギリには客室を用意してある。それから・・・シオンにはとりあえず開いてる部屋を」
「わかりましたキリン様」
そう言うとハヤトたちはユウギリを客室にとおし、シオンの部屋を探した・・・が。
「あちゃー・・・ないな部屋。最近仲間とか増えてたからなぁ・・・」
ハヤトは頭を掻きながら辺りを見回した。
「仕方も無いことかもな。最近ヘリオス内がおかしいからキリン様のもとに来る若い者が多い・・・空き部屋はもう倉庫みたいなところしかない・・・」
ヘイナは背の高いシオンを見上げ、すまなさそうな表情をした。
「俺はべつにかまいませんよ」
「あ・・・俺たちの部屋にするか?幹部だからってわりと広い部屋もらってんだ。寝床を運びゃなんとかなるだろ」
「え・・・いや、それでは2人に申し訳も・・・」
「その方がいい。ユウギリ殿の部屋なら俺たちの部屋からも近いし、彼女の護衛ならその方がいいだろう?」
「・・・ではお言葉に甘えてそうさせて頂きます」
シオンは2人に紳士らしい笑顔を向けてそう言った。部屋も整い、夜がおとずれ、それぞれが眠りについた。
昨日と同じように清々しい朝を迎えた。いつもより、他の仲間より早起きしたハヤトはう〜ん、と伸びをしながら部屋を出た。すると、耳慣れない音楽が聴こえてきた。
「なんだ?この音色・・・甲板からか?」
ハヤトは耳をすませた。それはしっとりとしておりそれでもどこか力強い不思議な音色だった。ハヤトは自然とその音色のする方へと歩いていった。
「おはよ」
ハヤトは甲板に出て、視界に入った少女に声をかけた。
「・・・おはよう」
少女・・・ユウギリは愛想のなさそうな表情で答えた。
「いい音色だな」
ハヤトはユウギリの前にしゃがみこんで彼女が弾いてた樹でできた楽器を見た。わりと大きい楽器で横に寝かせて弾いているがその楽器を立てればハヤトの身長より高そうだった。絃が13本あり、変わった形の小さな柱とでもいうようなもので弦をピンと張らせてあった。ユウギリの右手の親指、人差し指、中指には先っぽの丸い象牙でできた爪のようなものがつけられており、ハヤトはそれでこの絃を弾くのかなと考えていた。
「箏が珍しい?」
ユウギリはじっと自分の楽器を見ているハヤトに声をかけた。
「箏?」
「この楽器のことだけど・・・」
「へぇ・・・そんな名前なんだ・・・ってかおまえこんな大きい楽器持って来てたっけ?」
「キリン殿がくれた・・・母さんの形見だって・・・でも自分は弾けないから僕が弾きなって」
ハヤトはいつもキリンの部屋においてあった布がかけられた謎の物体を思い出していた。キリンがそれを取り出しているところは1度も見たことがなかったが、埃がかぶることは無く手入れされているようだった。それがこの箏なのかもしれないと思った。手入れがされているのが友の形見なら頷ける。
「おまえ綺麗な歌声なんだな」
ハヤトが笑顔でそう言うとユウギリは顔を赤くした。真っ赤というわけでなくちょっと照れくさそうな表情だった。手をもじもじさせてそれは10代の女の子らしく可愛い感じだった。
「そう・・・かな。カオルやタマと比べたら相当下手だけどね」
「そうなの?俺そいつら知らねえからわかんねえや。でも綺麗な歌だと思うぜ?その曲なんてえの?」
「曲名は知らない・・・小さい頃母さんが歌ってた曲だけど・・・子守唄せがむとレイも歌ってくれたけどやっぱり曲名は知らないって」
「ふうん・・・」
ハヤトは箏から目をはなしてユウギリの様子を観察していた。どうも自分はこの少女が気になっていた。別に美少女というわけでもないし、女の子が珍しいといえば珍しいが・・・。
「ユウギリ、お願いが2こあるんだけど?」
「なんだ?」
「俺のこと名前で呼んでくれる?」
「え?」
「ほら」
「・・・ハヤト?」
「うん」
ハヤトはユウギリにただ名前を呼んでもらっただけだったが嬉しそうにした。
「変な奴・・・もう1こは?」
「もう1回その曲弾いて、歌ってくれる?」
「・・・わかった」ハヤトはみんなの起床時間までユウギリの箏と歌を聴いていた。辺りの明るさが増し、ハヤトはユウギリの部屋に箏を運んでやった。ユウギリは丁寧に箏をキリンからもらった布で包んだ。
「ハヤト・・・ここにいたか」
ユウギリの部屋の前に立ていたハヤトにヘイナが声をかけた。
「どした?」
「キリン様からの伝言で・・・っておまえなんでユウギリ殿の部屋の前にいるんだ?・・・まさか手出したりしてないよな?」
「してないしてない。俺は甲板からユウギリの荷物運んでやっただけ。いくら女の子が珍しいからっていきなり手出したりしませんよ、俺は。・・・まあ向こうがその気なら・・・」
ハヤトは言いかけてやめた。何を考えているんだか・・・と思った。
「そう・・・まあとにかく伝言。キリン様はセレーネ連合の会議に出られるそうだ。俺たちも準備だ」
「了解、っていってもまた会議っていうより・・・」
「言うな。今はヘリオスのこともある。幾分かは会議にも緊張がはしるだろう。それにユウギリ殿の付き人の神官が言っていたことを忘れたわけではないだろう?」
ハヤトは真剣な表情で頷いた。たしかにあの神官・・・レイが言っていたことが本当なのだとしたら自分たちは責任重大である。
「じゃあ準備だな」
ヘリオス神王の部屋・・・きらびやかな城のわりに暗い内装が目立つその部屋でも綺麗な音楽が流れていた。
「アスカ様。ご満足ですか?それとも他の曲をお弾きしましょうか?」
「いや・・・その曲を弾き続けてくれ」
「六段ですか?」
「ああ」
「わかりました」
タマはきちんと座りなおすとまた先ほどと同じ曲を演奏し始めた。六段・・・六段の調べは古典の基礎でタマが生まれ育ったワオンの村で演奏できない者はいないような曲だった。最近では古典曲より現代曲の方が人気があるようでワオンの吟遊詩人を目指す者の中でもほとんどが現代曲をやる中タマは姉と同じく古典曲を好んで弾いていた。その音色は姉カオルとそっくりでアスカはタマを通して亡き最愛の人へ想いを寄せていた。タマは六段を奏でながらうっとりとした表情のアスカを見やり哀しい気持ちになった。
『アスカ様は・・・お姉さまの死で・・・』
タマは演奏に集中しようとしたがどうも頭の中が上手く働いてくれなかった。
『とても悲しいということは痛いほどわかります・・・でも戦争なんて・・・』
演奏の途中だったが、部屋をノックする音が聞こえ、タマは手を止めた。
「陛下、軍務大臣様がいらっしゃいました。会議の準備をお願いいたします」
城の上級兵がそう言うとアスカはイスにかけてあった華やかな色彩の上着を纏った。
「じゃあ私は会議に出てくる。またあとで」
アスカはタマの額に口付けると部屋を後にした。
「アスカ様・・・」
徐々に人々の思いが動き出す・・・。