第11章         「役割と絆」

 

 

 ルーンでの攻防戦を何とか勝利という結果にし、生き残ったセレーネ側の人々はルーンに入り、身体を休めていた。

「よ、お疲れさん、ユウギリ」

ハヤトはお茶を差し出しながらぐったりとルーン長、サトシの屋敷の一室にて、ソファーに腰掛けているユウギリに声をかけた。

「・・・ありがとう」

「それにしても演説はかっこよかったな!しびれた!」

「そう・・・ありがとう・・・」

ユウギリはかなりボーっとした様子だった。魔法も連発したからかなとハヤトは思った。

「大丈夫か?目線があさっての方向なんだけど・・・」

「さっき弔いはしたんだけど・・・」

「ああ」

「何人か・・・知り合いがいたから・・・」

ハヤトは黙るしかできなかった。ユウギリは積極的にセレーネに味方している人物だが、ヘリオスで育ったヘリオス人には変わりが無い。ヘリオス騎士団は16歳以上の騎士は軍隊に編成されていると聞いた。ユウギリの友達がいてもおかしくないのだ。

「ユウギリ・・・」

「悲しむ資格なんて僕にはないと思うけどね・・・」

ユウギリは自嘲的な、いつもより更に皮肉な、それでいて寂しそうな笑みを浮かべながらそう言った。

「そんなことねえよ・・・おまえは自分の信念を貫いて戦った。騎士は騎士で自分の信念を持って戦った・・・どちらが生き残っても・・・恨みっこ無し・・・そんなもんじゃないのか?」

「でもね、僕わからないんだ。みんなセレーネのために戦ってるだろ?僕は・・・セレーネのためじゃない気がする・・・」

ユウギリは天井を見上げた。

「ただアスカに元に戻って欲しい・・・戦争なんてやめてほしい・・・それだけ。そのためにはもうヘリオスにいても何もできないから・・・だからセレーネで戦ってる・・・そんな僕はセレーネ側とも言えるのかな・・・」

「根本は違えど、目指すものがいっしょならあなたはセレーネ軍の一員ですよ」

そう言いながら優しそうな笑顔を向けてキタリスが2人のもとにやって来た。

「私たちはセレーネを守るために戦うことにしています。つまり、ヘリオスの侵攻を止める・・・あなたの考えは私達の利害と一致しています。あなたも、今回新たにヘリオス軍から私達の味方になった方々もみな、セレーネ軍の一員ですよ」

キタリスはユウギリの隣にゆっくりと腰掛けた。

「まあ、もっとも新セレーネ軍といいましょうか。混合軍ですからね」

「先生、兵力を何とかするのって・・・ヘリオスをこっちにとりこんじまおうってことだったのか?」

「ええ、ユウギリ様といい、ヘイナ君といい・・・ヘリオスの姿に疑問をもつ内部の人間は多いことでしょう。その方々を味方にする。ヘリオス軍の兵力は減り私達の兵力は増える。単純にそういう考えですね」

「あ・・・そうだ、先生。俺に任務って?」

ハヤトが思い出したかのようにキタリスに尋ねた。

「ええ・・・応接室に2人とも来てください。軍の編成に関していろいろ説明をしておきたいのでね」

キタリスがそう言うと、2人は素直に従い、応接室へと向かった。

 

 

 応接室には、各リーダーたちが集っていた。

「さて、今回の戦いに何とか勝利した我ら新セレーネ軍ですが・・・これから軍の編成を言い渡します。その部隊の頭領になった方は訓練など責任を持っていただきたいと思います」

キタリスはそう言うと丸められた羊皮紙を広げた。

「まず海上戦士団、これは引き続きキリン様にお願いいたします。また今後は海上での戦闘も起こりえるかもしれません。そちらの訓練もお願いいたします」

「わかった」

キリンが真剣な表情で深々と頷いた。

「ワオン部隊、ルーン部隊も引き続き、ショウ様、サトシ様にお願いいたします。今までどおりの訓練などを続けておいてください」

「わかりました」

ワオン族長のわりとすっきりした外見の男性ショウと、相変わらず年齢不詳にさえ見える威厳を湛えたサトシも緊張した面持ちで答えた。

「ラリファ生き残り部隊・・・これはカイン君にお願いしようと思います」

「え!?俺??」

突然指名され、ユキの隣でカインが慌てた。

「ええ、大丈夫君ならできますよ」

「あ、うん、わかった」

やや心配そうではあったが、カインも納得した。

「コロンの・・・魔法学院や神官学校などの即席部隊。これはマーラ君にお願いします」

「・・・わかった」

マーラもトウヤの横でかなり緊張した様子だったが真剣な響きのこもった声で返事した。

「コロンの神官学校の一部の生徒さん、医療チームなどの回復担当部隊・・・こちらはレイ君に責任者をお願いいたします」

「私ですか・・・わかりました」

レイは思いがけない指名にやや驚いた顔をしたが、すぐに気をとりなおして了解した。

「それから元ヘリオス部隊・・・最高責任者はヘイナ君にお願いします」

「・・・俺?」

ヘイナはてっきりユウギリになるだろうと思っていたようだったので驚いた様子だった。

「ええ、あなたは元騎士団員。訓練をまかせるにも安心です。それにあなたは前騎士団長カズナ殿の息子。不足ない人物だと思いますよ」

「は・・・はあ」

ヘイナは困った顔をしたが、周りのしっかりとした視線に深く頷いて了承した。

「さて・・・今のままの兵力では相変わらずヘリオスには到底敵いません。そこで、ユウギリ様、ユキ様、トウヤ様・・・あなたたちには他のセレーネ連合所属の方々とわたりあっていただくという重要任務を与えます・・・そしてその最高責任者はハヤト君にお願いいたします」

「え!?」

ユウギリたちも少し驚いていたようだったが一番驚いたのはやはりハヤトだった。

「何で!?俺リーダーでもないし!!」

「ええ、この役割には今まで連合で発言の多かった方には外れていただきました。そのため若干頼りない気はいたしますが・・・」

キタリスがそう苦笑すると、ユキやトウヤも恥ずかしそうに笑った。

「ユウギリ様に加わっていただいたのはヘリオスの混合軍でもあるということを示すため・・・そしてハヤト君については少し調べさせていただきました・・・君は孤児だったおかげで国籍がありませんね」

「え・・・あ、そうだな」

「それに、君にはどこか人の心を動かす感じがします。そこを見込んでこの役割を君にお願いしようと思ったのですよ」

「それは・・・心理学的に?」

「いえ、私の直感です」

キタリスは苦笑気味に微笑んだ。

「ハヤト君たちは交渉隊として動いてもらいます。もちろん私も同行します。道中危険だと思いますからね・・・シオン君、アルト君も護衛として共に行動してください」

「はい、もとよりそのつもりです」

「ユキが行くなら私も行きます!」

「・・・以上です。編成の責任者となった方はその部下となる方々に説明をお願いします。とりあえず今は身体を休めるよう言うのも忘れずに」

キタリスがそう言うとその場は解散ということになった。

 

 

夜になり、月が昇った・・・ルーンの月夜は蒼い森や湖の不思議な光の効果でより一層神秘的な雰囲気を増していた。

「ユウギリ様・・・」

湖の側に腰掛けているユウギリに一人の少女が声をかけた。

「ルリ・・・様はいいよ」

「いえ、あなたはまだ私より上の存在ですから・・・」

「そう・・・立ってないで隣にでも座れば?」

ユウギリにそう言われ、やや戸惑った様子を見せたが、ルリは一礼すると隣に腰掛けた。

「手紙読んだんだね」

「やはりあなたが出させましたか」

「うん・・・あ、ちなみに字はレイのものだよ。僕字下手だからさ」

ユウギリは苦笑すると湖に手をつっこんで水で円を描いてごまかすようにした。

「最後の言葉は・・・効きました」

「でしょ、たぶんルリのことだからあの魔術書は読んでたと思うんだよね」

「ええ・・・しかも私の中では感銘を与えている書物ですね」

「やっぱり」

ユウギリは予想的中で安心したのか普通に笑顔を浮かべていた。

「−魔術師として戦う者、迷いあってはならぬ・・・」

「・・・自分の信じるように戦わねば真の実力は発揮できぬ、汝魔術師たるものならば迷うな、信念を貫ける側にて戦うのみ―」

2人の魔術師は手紙に書かれてもいたガイア大陸では有名な一説を詠唱すると、笑いあった。

「魔術戦士論、大抵の魔術師なら読んでるはずだし・・・ましてあんたはヘリオス騎士団の魔術師、読んでないはずがないと思ってね」

ユウギリは星空を見上げながら、何かを思い出すようにそう言った。

「ヘリオスに疑問を感じてたみたいだったしね」

「いつ・・・そう思ったんですか?」

「ナツキがレイ連れてきた時」

「・・・私が下にいたと知ってたんですか?」

「うん、だってさ、いくらナツキでもレイかついできたら手いっぱいでしょ?ナツキは肉弾戦専門だし・・・他に戦える奴の同行が無いと来れなかったと思ったから・・・たぶん下にはあんたとあのホノカって子がいたんだろうなって思って・・・」

「あなたには・・・敵いませんね・・・」

「僕天照神官長だったんだよ?そう簡単に勝たれたら困るって」

「神官長だった・・・過去形ですか・・・」

「ルリもでしょ?」

「そうですね・・・」

笑顔を浮かべていたユウギリだったが星空を見上げている目は潤んでいた。

「ああ・・・本当に僕、故郷を捨てたんだね・・・」

「ユウギリ様?」

「わかってたけど、これで僕アスカからしたら敵なんだなあって・・・」

ユウギリの目からは涙がこぼれ、ルリは声もなく驚いていた。

「そんなの覚悟できてたのに・・・なんで悲しくなるんだよ・・・僕・・・!!」

「ユウギリ様・・・それは・・・」

「人間そんなに器用じゃないんですよ、きっと」

突然かかった声に驚いて2人は後ろを向いた。そこにはちょっと寂しそうな笑顔を浮かべたユキが立っていた。

「僕も両親の命は無事ではすまないってわかってましたけど・・・それでも何ともいえないほど両親の死を知った時は悲しくて・・・身を斬られたような苦しい気持ちになりました・・・」

ユキはそう言いながらハンカチを取り出してユウギリに渡した。

「シオンさんが僕に・・・大切な人の死を嘆かない人はこの世にいないから好きなだけ泣きなさいって言ってくれたから・・・僕は遠慮なしに泣きました・・・ユウギリさん、親友と敵対して辛くならない人もこの世にはいないと僕は思います・・・僕もカインやアルトと敵対したらきっと死んでしまいたくなるほど辛いから・・・」

ユキはかがんで、ユウギリと視線を合わせるようにした。

「辛かったら弱音を吐いてもいいと思いますし、泣いても・・・悲しんでもそれは全く恥ずかしいことではないと思います。僕、何にもしてあげられないけど・・・これからいっしょにセレーネをまとめあげるための仕事をする仲間ですし、弱音聞くくらいならいつでもできますから」

「ありがとう・・・」

ユキの優しい笑顔に、ユウギリもハンカチで涙を拭いて笑顔を見せた。その笑顔は今までないくらい素直なもので、月や星の光をあびて輝いている湖のように綺麗だった。その姿にユキは思わず見惚れてしまった。

 

「あ〜!!ユキ!!何赤くなってんのよ〜!!」

そう言いながらユキにタックルをかましたのはアルトだった。ユキは驚きながらもその場に倒れてしまった。

「おやおや、ユキ王子もなかなかやりますね・・・抜け駆けとは・・・」

「へぇ・・・可愛い顔してやってくれるじゃん?」

「え?ええ!?そんなつもりじゃ!!2人とも怖いですよ!!」

極上の笑顔で武器をとっているシオンとハヤトにユキは真っ青で弁解をした。

「ま、まあみなさん・・・仲間内で争うのはやめましょうよ・・・」

遠慮がちに出てきたのはトウヤだった。

「交渉隊のメンバーでカードゲームでもして打ち解けよう!ってハヤトさんが言いだしたのに・・・物騒なことを・・・」

「ああ、そうだな・・・わりぃわりぃ、つうか冗談だからさ」

トウヤの指摘を受け、ハヤトは剣をしまった。

「わかってますよ、ただユウギリ殿にちょっかい出す者は許しませんよという警告ですから」

シオンもどこか含みのある笑顔を浮かべながらもナイフをしまった。

「ユキ〜!!ユウギリさんがいいの!?」

危機は脱したようだったユキだが、まだアルトがおさまっていないようだった。

「アルト!べ!別にそんなんじゃないよ!ただユウギリさんが辛いなら手をさしのべるのが仲間ってものじゃないか!」

「でれ〜っとしてたじゃない!!」

「それは・・・ユウギリさん笑うと可愛いなって・・・思って・・・」

「浮気者〜!!」

「浮気って・・・ぐ!ぐるじいよ!!」

首を思いっきり絞められ、大ピンチに陥っているユキを見、悪いなと思いながらもユウギリは噴出してしまった。

「いい仲間が多いですね・・・羨ましいです・・・」

ルリがユウギリの隣で少し寂しそうに呟いた。

「え?何言ってんの?ルリも仲間じゃない?」

屈託の無い笑顔でそう返したユウギリにルリは呆気にとられたようにポカンとした。

「そ、そうですね・・・」

ルリは少し照れたように、飾り気のない笑顔を返した。

 

 

かけがえのない絆がここからはじまる・・・