3章 空虚


セレーネ会議へと向かうべくキリンの船は順調に進んでいたが、突然大きなヤドカリといった感じの形体をした魔物が甲板に飛び出してきた。
「ハヤト!ヘイナ!そっちにまわった、片付けてくれ!」
「了解ですキリン様!」
キリンの指示に返事をし、魔物をハヤトとヘイナの剣術で攻撃する。
「かってー!」
「見た目以上に殻が固いようだな・・・下がっていろ・・・ここは俺の魔法で・・・」
ヘイナがハヤトにそう言うと詠唱の準備にとりかかった。
「風よ・・・我が前の敵を吹き飛ばせ・・・『疾風の刃』!」
ヘイナの魔法が炸裂する。魔物に大ダメージを与えた様子で、金切り声のような魔物の悲鳴が耳を劈くように響いた。
「・・・!!ハヤト!」
魔物はまだ体力があったようでハヤトの方へと飛び掛るように大ジャンプをした。
「くっ!!」
「燃え尽きろ!『業火の舞』!!」
ハヤトが防御の体制に入ると背後から凛とよくとおる声がし、魔物は真っ赤な炎に包まれ灰となった。
「さすがはユウギリ殿だ」
ヘイナが感心しながら剣を鞘に収めた。ハヤトはユウギリを、目をパチパチさせながら見ていた。
「・・・なに?」
「え?い、いや・・・強いんだなぁって・・・」
「やはり炎属性の魔法が得意なのだな」
キリンが強い風で乱れる銀の髪をおさえながらユウギリにそう話しかけた。
「うん」
「・・・アサヒと似ているな」
キリンがしみじみとユウギリを見ながらそう言うと彼女の部下と共にシオンが甲板へとやってきた。
「中に進入した魔物たちについては排除しました」
「そうか、ご苦労」
「ユウギリ殿、俺から勝手に離れられては困るんですがね?」
「外の方が僕にとっては戦いやすいんだよ。魔法使ったら船が燃えちゃうだろ?」
「ほうきで戦えばよろしいではありませんか?」
「だって!シオンがいっしょだと・・・おまえがかばってばっかで戦いにくい・・・」
シオンは相変わらずニコニコしながらユウギリの様子を見守っていた。ハヤトはなんか気に入らない感じがした。
「さて、この先も魔物がいつ出てくるかわからん。見張りは気を抜かないように。戦闘員もだよ」

キリンの言葉に一同がはっきりと返事をした。ユウギリは海賊というより騎士団に近いなと思った。

ヘリオス神聖国の騎士団の兵舎。頑丈な石造りのその要塞の頂には騎士団の旗と、ヘリオス神聖国の紋章の旗が靡いていた。
「なあなあ、ルリ、ホノカ、最近頻繁な軍事会議のこと気にならないか?」
「ナツキ、いきなりどうしたというのですか?」
拳法着を着た茶髪の気の強そうな少女ナツキの言葉に耳のとんがったエルフ族の少女ホノカが聞き返す。
「ほら、最近訓練の時もトワ様があんまり来ないし、その割りに最近アスカ陛下がみえるだろ?これってさ・・・」
「大きな戦争の予感・・・ってわけね」
「お、おいルリ・・・それ今俺が言おうとしたのに・・・」
ナツキの脱力した反論に冷ややかな瑠璃色の宝石のような瞳が向く。
「ナツキは浮かれすぎ。いい?陛下まで出てくる戦争の会議ってことは国単位のものよ?私的意見だけど今のヘリオスに戦争する理由なんてないはず。経済的にも満足するに値する国と思える。それなのに戦争するということはどういうことかわかる?」
「・・・何の利もないってことか」
「それもだけどもっと悪いね・・・」
ルリが一呼吸おいた。
「・・・待つものは多くの無駄な死・・・」
ルリは遠い目をしてそう言った。ホノカもその意見に同感といった表情をしていた。ナツキも納得していたが複雑そうな表情を浮かべた。
「でも・・・確実に戦争になるぞ」
「・・・かもね」
「俺たちは騎士だ」
「そうだね」
「・・・戦わないといけないんじゃないのか?」
「だろうね」
「おまえは無駄だとわかっていることにも命を懸けられるのか?」
「それが騎士のつとめ」
ナツキはルリの淡々とした答えに大きな溜め息をついた。
「そうだけどさ・・・騎士だって意味の無い死はごめんだろう?」
「必ず意味のある死を遂げられるとは限らないでしょ?・・・ダラダラしながら天寿を全うする人もいるけどそれは意味ある死でもないということと同じようね」
「それは・・・そうだけど・・・でも」
「あ・・・そろそろ後輩の魔法の訓練・・・見てやらないと・・・じゃあまた後でね」
「ルリ!!」

ナツキが話の途中だと呼び止めたがルリはそのまま魔法訓練所へと向かった。
「・・・まだどこか傷がありそうですね、彼女は」
ホノカがナツキに声をかけるとナツキはまた溜め息をつきながら振り向いた。
「・・・だいぶ心を開いてくれたとは思うんだけどな・・・」
「彼女は強がっているんだと思います」
「え?」
「私の見解です。ナツキにもナツキなりの見解を見出すことがあるでしょう」
「ん・・・そういうの苦手だ」
「それもナツキのいいところですからね」
困った口調のナツキにそう優しげにホノカが言うと2人も武術訓練所へと向かった。


「・・・ということで、ヘリオス側に不穏な動きがあることはかたいです」
セレーネ諸国連合の会議ではヘイナがキリンから頼まれて潜入した先での出来事やレイから貰った情報を伝えていた。
「そうか・・・ではこちらも対抗できるよう準備をする必要があるということか」
ヘイナの報告を真剣に聞いていたラリファ王国国王のシエが威厳に満ちた声でそう言った。
「それは戦争っていうことかい?」
リズ王国の女王ビレイがふんぞり返りながらシエに言う。
「ああ」
「そんな・・・うちの領内にはそんな準備をすることなんて・・・」
ビレイとシエのやりとりにコロン領主トウヤが困り果てた情けないような声をあげた。
「トウヤ・・・情けない声をあげるな・・・意見を言わせていただくと、国によっては軍事の準備は不可能です。その場合は援護という形でよろしいでしょうか?」
トウヤと同じくらいの年頃のローブを纏った少年マーラがそう言うとキリンとシエが頷きながら声を発そうとした。
「何を言うか、そんなもの準備したい奴だけ準備すればよい」
「コンギ殿!ここは連合なのです・・・そのような非協力的な発言はやめて頂きたい」
「エイオス騎士団はセレーネのための軍事力というものではないのですか!?」
キリンとシエが2人で騎士団長コンギを非難したが当の本人は知らん顔で帰ると言い席をたった。
「僕もそれに賛成・・・どうせ人間同士の馬鹿げた争いでしょ?巻き込まないで欲しいな」
「それならば我がドワーフも巻き込まれるのは御免ですじゃ、人間は人間とでのみやりあえ」
エルフの長代理を務めるランも、ドワーフ長老ロキもそう言うと席をたちだした。
「おい!おまえら!協調性とかねえのか!?何のための連合だよ!!」
ハヤトはその様子に唖然としながら礼儀も忘れ口走った。
「キリン殿」
「何か?サトシ殿」
キリンの横には、聖獣を肩にのせたルーンの長サトシがいた。
「この状況だけでセレーネに属する者が動くとは思えぬ。いましばし、行動をおこすまで待たねば無理だと思う」
「それは非常に同感だ。しかし・・・」
「わかっている。ことが起きてからではおそい・・・よりにもよってヘリオス側に面しているのはラリファだ。セレーネでも協力的な国だから、攻め込まれるといたいな・・・」
サトシは若干11歳の少年だったがその口調や適切な意見はハヤトから見てもキリンと同等だった。召喚士としても非常に優秀で以前海賊にラリファが攻め込まれ、共に戦場に立った時は立派に活躍した。
「万が一の時は・・・サトシ殿」
「共に戦場に立つ。ルーンの民はセレーネのために戦うことに何の異論もない」
「感謝する」
「礼には及ばぬ」
サトシはそう言うと蒼色のマントを翻してトウヤたちと話をしに行った。

「まったく、呆れてモノも言えません」
ヘイナが大きく息を吐きながらそう言った。
「仕方ない・・・私はシエ殿と話をしてくる。おまえたちも船に戻ってよいぞ」
「はい・・・」


「どう思う?ハヤト」
「どう思うもこう思うも・・・みんな自分のことしか考えられないんだなって・・・」
ハヤトは青い空を見上げながらぼんやりとした声で答えた。
「それは仕方ないことなのかもしれない・・・しかしこの腐敗といってよいものなのか・・・ヘリオスとあまり変わらないのかもしれない・・・いっそ2つとも滅びるべきか・・・」
「お、おいおい、ヘイナ!物騒なこと言うなよ」
ハヤトは俯きながら低い声でそう言ったヘイナに動揺して言った。クールだが素直で純粋という彼の言葉とは思えなかった。
「冗談だ」
ヘイナは笑顔でそう言ったがどこか遠い目をしていた。
「だが、どうなるのだろうな・・・俺たちは自分で道を見つけられるだろうか」
「ヘイナ?」

 

「皆!静まれ!!」
ヘリオス神聖国の騎士団の要塞に凛と張った勇ましい声が響いた。
「これより我らヘリオス騎士団はセレーネ領へと向かう!以前起きたヘリオス辺境の地での無差別殺人の真相がわかったとのことだ!編成表に載った皆は私と共にアスカ陛下の正式な要請を受け、出兵する!」
鮮やかな黒髪の見目も良く、腕の良い騎士であるためヘリオスで女性ファンも多いヘリオス騎士団長トワの宣言によって出兵することが決まっていたメンバーは威勢のいい声をあげた。
「あれが・・・理由・・・ですか・・・。それなら納得のいく気もしますが・・・」
幸か不幸かメンバーに組み込まれていたホノカが弓矢を握り締めながらそう言った。
「考えるのはあちらの仕事。俺はそれに従って暴れさせてもらうよ」
同じくメンバーに組み込まれたナツキが前向きに発言する。
「そうだね・・・これがあたしたちの仕事・・・ね」
2
人にも誰にも聞き取れないような小さな声でメンバー入りをしたルリがロッドを握り締めながら呟いた。
「いざ!ヘリオスのために!!」
トワの声が遠くで響いた気がルリの中でした。


 激動の時代が迫り来る・・・。